第12話 8
魔獣は魔猪の群れのようで~。
畑に残された足跡の数から、五頭以上はいるんじゃないかって、受付のお姉さんは言ってた。
私達はギルドを出ると、雑貨屋さんに向かって、必要な道具を買い集めた。
「――パーラちゃん、この後、酒屋さんに寄っても良~い?」
「良いけど、お酒なんてなんに使うのよ?」
パーラちゃんは新型の照明魔道器を物珍しそうに眺めながら、そう尋ねてきた。
「んとね~、フランさんに教わったんだけど、傷口の消毒に強いお酒が良いんだって。
病院なんかだと、専用のものがあるみたいなんだけどね~」
普通のお店では売ってないから、お酒で代用するんだって教わったんだ。
雑貨屋さんで私は包帯と傷薬を買って腰のポーチに入れておく。
ここならすぐに出せるもんね。
パーラちゃんはオリーさんの指示に従って、必要なものを買い揃えていく。
軍資金は殿下がたくさんくれたから心配ないんだ。
ライルくんもパーラちゃんに急かされながら、買ったものを鞄の中に詰め込んでた。
「またアンタはトロトロ!
もっとテキパキやんなさいよ!」
パーラちゃんはライルくんに厳しすぎると思うよ。
「う、うん。ごめん。
――あぃたっ!」
すぐ叩くし。
怒られると思うと、いつもできてる事ができなくなっちゃう事ってあるよね。
ライルくんはそういう感じなんじゃないかなぁ。
準備を終えた私達は、市門へと向かった。
今日は殿下が一緒じゃないから、一般用の門なんだよね。
でも、殿下が一筆、勅書をくれたから、列には並ばなくていいんだ。
門の衛士詰め所で殿下の印入りの勅書を見せて、私達はそのまま市壁の外に出る。
途端、市壁の中とは打って変わって、景色はのどかな田園風景となった。
「確か魔獣は街道の東の山から来るのよね?」
パーラちゃんが自問するように呟いて、地図を開いた。
私もパーラちゃんの肩越しに地図を覗き込んで、実際の景色と見比べる。
「――アレじゃないかな~?」
東にある森が、周囲の森よりこんもり盛り上がってる。
地図には森しか書かれてないけど、きっと地元の人はあれを山って呼んで区別してるんだね。
「そうそう。地元の民が勝手に呼んでる地名って結構あるんだ。
リュクス大河の支流なんかも、それを生活用水にしてる村や街ごとに呼び方が違っててな。
だから、冒険者は新しい街に着いたら、地名の確認から始めるんだ」
私達は山に向かって農道を歩き始め。
歩きながら、オリーさんが肩を竦めて説明してくれる。
「そもそも地図自体も、土地や製作者ごとに基準が曖昧で正確なものが少ないんだよな」
「――そういうのって、国の仕事じゃないんですか?」
ライルくんがオリーさんに尋ねると。
「国土地理院ってのがあって、測距して地図制作なんかもしてるはずなんだがなぁ……」
困ったような表情を浮かべるオリーさん。
「まあ、正確な地図を流通させられないっていう事情があるんだろうな」
「なんでですか?
正確な地図があったら、みんなが助かると思うんですけど」
「――バカね、ちょっとは考えなさいよ!
正確な地図を外国が入手したらどうなるのよ?」
パーラちゃんに言われて、ライルくんは手を打つ。
「ああ、そっか。
攻め込む時に街道や山河の位置がわかったら、戦略を立てやすくなっちゃうのか」
「そうだ。
だから、正確な地図は平民には出回らないんだ。
商人なんかは、独自の地図を作って家宝にしてるって聞くな」
オリーさんは男臭く笑って、ライルくんの肩を褒めるように叩いた。
あ、ライルくん、ちょっと嬉しそう。
「でもさ、やっぱり地図が流通した方が、民も楽になると思うんだよ。
なにか方法が……あっ!」
と、ライルくんは突然叫んで、肩掛け鞄から財布を取り出した。
紙幣が出回りはじめて、最近、流行ってる薄い折り畳みのできる革のお財布。
そこから紙幣を取り出して、ライルくんは目を細めてその表面を見つめる。
「――やっぱりそうだ。偽造防止の為にインク固着、防水、汚損防止、真贋認証の刻印がされてる!
これなら……」
「なによ、お札がどうしたっていうのよ?
――説明しなさいよ!」
「う、うん。
紙に刻印で複数の効果を付与できるって事はさ、地図にも条件づけした付与を施せるんじゃないかって思ってさ。
例えば……国境を跨いで外国に持ち出そうとしたら、真っ白になっちゃうものも作れるんじゃないかって思ったんだよ」
「……ほう」
オリーさんが興味深げに顎を擦る。
「面白いな。
それがモノになるなら、俺達、冒険者も助かる」
「ライルくん、帰ったら殿下に相談してみたら~?」
「で、でも、僕なんかが思いついたくらいの事、偉い人ならとっくに考えてるんじゃ……」
私の言葉に、ライルくんは肩を落としてしまう。
そんな彼のお尻を、パーラちゃんが容赦なく蹴った。
「また、ウジウジ!
言うだけならタダなんだから、言ってみなさいよ!
――殿下だって、ダメならダメって言うでしょ!」
「ご、ごめん。
そうだね。戻ったら相談してみるよ」
ライルくんはすっかり蹴られ慣れちゃったみたいで。
蹴られた側なのに、なぜか謝ってそう言った。
「――ライル、おまえさんはもうちょっと、自分に自信を持った方が良いな」
オリーさんが慰めるようにライルくんの肩を叩く。
「無駄ですよ、オリーさん。
そいつ、すっかりウジウジ虫なんですから!」
「も~、パーラちゃん、ライルくんにキツく当たりすぎ~!
もっと優しくしなきゃ~」
「メノア、あんたが甘やかし過ぎなのよ!」
そんな話をしながら私達は農道を進み、やがて魔獣が出てくるのだという山の端へと辿り着いた。
苔とか枯れ葉、あと湿った土なんかの強い香り。
ここまで歩いて来た農道とは明らかに違う、人の手の入ってない領域の匂いだ。
うぅ……いまさらだけど、ちょっと緊張してきたよ~。
だって、まだ昼前なのに、森の中は薄暗いんだもの。
見れば、パーラちゃんやライルくんも緊張した顔になってる。
そんな私達の内心を見透かしたように、オリーさんは笑って。
「今からそんな顔してどうする?
よし、じゃあ学生諸君に俺が少し講義してやろう」
緊張をほぐす為なのか、あえて軽い口調で告げるオリーさん。
こういうところは、やっぱり大人でベテランの冒険者~って感じがするよ~。
「――いいか? 魔獣についておさらいだ」
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