閑話

閑話

 あの処刑の日から一週間ほど経って。


 ソフィアお嬢様がようやくお時間が取れたので、淑女同盟のお嬢様方がいつものようにお嬢様の執務室に集まった。


 シンシア様の隣にエリス様が座り。


 その後ろには保護者と称して魔王陛下が、楽しげに顔をにやけさせている。


 お二人をホツマから連れてきたのだから、まあ陛下の参加はわかる。


 その向かいのソファには、リリーシャ様とアリーシャ様が座る。


 下手のひとり席にジュリア様が座り。


 それでソファは満杯の為、ソフィアお嬢様は執務机の椅子だ。


 ……そして、そんな皆様を見下ろし、鼻息荒く両腕を組んで仁王立ちのユメさん。


 彼女がこの場にいるのが、わたしには理解できない。


 皆様も同じ思いなのか、顔を引きつらせてユメ様を見上げ。


 魔王陛下は相変わらずニヤニヤ。


 そう。本日の淑女同盟会合は、ユメ様によって開かれている。


 わたしは人数分のお茶――魔王陛下だけはカフェオレだ――を用意して、テーブルに並べる。


「――あ、ありがとう。フラン」


 お嬢様の礼の言葉にお辞儀を返して、わたしは壁の一部となった。


 今は下手に口を開かない方がいい。


 巻き込まれたくない。


 わたしは壁だ。


「――さて、全員揃ったのかな? 違うよね?

 ひとり足りないよね?」


 怒ったようなユメさんの口調。


「……サヨちゃん、お願い」


「――そなたはもうちょっと我を敬って良いと思うのだがのぅ……」


 愚痴りながら、魔王陛下は指を鳴らす。


 途端、陛下のすぐ隣にセリス様が現れて。


「――え? こ、ここは!?」


 突然転移させられて戸惑うセリス様。


 そりゃそうでしょう。


「……セリス様、お久しぶりです」


 そう告げてソフィアお嬢様はセリス様に歩み寄り、この場の趣旨を説明した。


「……殿下をお支えする為の乙女の集い――そんな場所、わたしにはふさわしくありません」


 セリス様は跪いて、深々と頭を垂れる。


 そんな彼女に。


「……いやあ、先日、民を導き、我と共にオレア殿の勝利を願ったそなたには、十分その資格はありだと思うがのう」


 魔王陛下が優しげに声をかける。


「そんな……恐れ多いです」


 なおも言い募るセリス様に、ユメさんは歩み寄って肩を掴み。強引に顔を上げさせた。


「資格があるとかないとか、どーでも良いんだよ。

 君、オレアくんの役に立ちたくないの?」


 いつもにこにこしているユメさんらしくない、ひどく怒った表情。


 その勢いに気圧されて。


「そ、そう問われるならば、その……お役に立ちたい気持ちです……」


 セリス様は観念したように、そう答える。


「――ならばヨシ!」


 ユメさんは皆様を見回す。


「さて……」


 皆様、一斉に彼女を見上げた。


「先日の魔道儀式の時に広がった景色。

 ……みんなも見たよね?」


 ――か細い月に照らされた、どこまでも続く寒々しい赤茶けた荒野。


 あれは場所なんて関係なく、王都中の人々すべてが見せつけられた風景だ。


「魔道儀式による大規模ステージの展開と聞きましたが……あの光景はなんだったのです?」


 物怖じしないシンシア様が代表して。


 ユメさんにそう尋ねる。


「ちなみにステージというのは、古式魔法における、魔法作用空間の事だの」


 魔王陛下が、古式魔法に疎い方々の為に補足説明を入れた。


「そう。そして、ステージっていうのはね、濃くなればなるほど……開いた人の心象風景が反映されるものなんだよ」


 ユメさんのその言葉に、皆様一斉に息を呑んだ。


「……気づいたみたいだね。

 オレアくんはね、あんな寂しい風景を心に抱いて……それでもみんなの為にって、ずっと一生懸命に頑張ってきて――きっとこれからも頑張っちゃう子なんだよ……」


 ユメさんの言葉に、わたしもまた、ハッとさせられた。


 カイくんは、いつもどこか人と一線を引いているような感覚があったけれど。


 それとあの風景は関係しているのだろうか。


 うつむいて垂れた髪を掻き上げて、ユメさんは再度、皆様を見回す。


「わたしはね、怒ってるんだよ。

 みんなさ、オレアくんを支える、なんて言って集まっていながらさ!

 ――なんであんな心のままにさせてるんだっ!?」


 ユメさんが皆様を一喝して。


 ソフィアお嬢様達は言葉を失って俯く。


 わたしもまた、言葉がなかった。


 そんな素振り、カイくんはみんなの前では一度も見せたことがなかったから。


 ちょっと女が苦手な――そんな子なんだと思い込んでいたんだ。


「『わたし達の魔法』で開かれるステージはさ、もっとその人の願望とか、夢とか、そういうものに満ち溢れた世界が開かれるものなんだ……

 あんな……なにもない寂しい世界なんて……わたし、見た事がないよ。

 君達を責めるのはお門違いかもしれないけどさ。

 きっとオレアくん自身にも問題があるのかもしれないけどさ……」


 洟をすすって涙を拭うユメさん。


「あの子を想うなら……お願いだよ。

 あんな心をいつまでも抱えさせてちゃいけないんだ。

 お願いだから、オレアくんに幸せを感じさせてあげてよ……」


 吐き出すように皆様に告げて。


 ユメさんは続ける。


「――それがムリっていうならさ。

 こんなお茶会なんてさっさとやめて、オレアくんを諦めたらいいよ。

 そうだね。

 わたしがオレアくんを幸せにしてみせるからさ」


 まるで挑むように。


 ユメさんは皆様を見回した。


「わたしはやり手だからね。

 今までも何人もの男の子を手玉に取ってきたんだから。

 きっとオレアくんだって、すぐにメロメロだよ?」


「……それ、そなたが持っとるゲームの話だろう?

 乙女ゲーとかいうやつ……」


 魔王陛下がソファに頬杖突いて、呆れたように呟くけれど、ユメさんは気にせずに皆様に問いかける。


「――さあ、みんなはどうするの?」


 皆様、一斉に息を呑んで。


 そして拳を握りしめた。


 カイくん……ごめん。


 なんか変な流れになってる。


 アンタには幸せにはなってもらいたいと思うからさ、これを止められないわたしを許してね。

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