第11話 11

 ――夢を見ていた。


 人が集まって話していて。


 それが楽しげで、俺も混ぜて欲しくて。


 けれど、駆け寄って声を駆けると、彼ら彼女らは顔を引きつらせてその場を離れていく。


 本当に参っている時に見てしまう、いつもの悪夢だ。


 気づけば周囲は見知らぬ荒野で。


 真っ暗な夜空にか細い月がほのかに輝いている――そんな風景。


 夢の中の俺は、誰かを求めて荒野をあてどなく歩き続け……いつもならそこで目が覚める。


 ――けれど。


 今日はいつもと違うようだ。


 まるで月明かりに照らされるように、荒野の赤茶けた地面に……


「……花?」


 それは光曜樹のように、虹色に輝く八枚の花びらを持った花で。


 なぜだろう。


 それを見ていたら、俺、すごく泣けてきたんだ。


 と、突風が吹いて、砂埃が巻き上げられて。


 花がなぶられるのが見ていられず、俺は覆いかぶさった。


 ――これだけは、この花だけは守らなきゃいけない。


 風はどんどん強くなり、吹きすさぶ砂に目も開けていられない。


 小石までもが飛ばれてきて、身体を傷つけていくのがわかった。


 俺は身体を丸めたまま腕の中に頭を隠して。


 目を開くと、虹色の花は変わらずそこにあって。


「……へへ」


 これを守れているのが誇らしい。


 たまらず涙がこぼれ落ちた。


 突風はますます勢いを増しているようだけど。


 この花を守れるなら、きっといつまでだって耐えられる。


 そんな気さえしてくる。


『……そんなに頑張らなくても、大丈夫だよ』


 そんな声が不意に聞こえて。


 俺は目を覚ました。


 私室の、いつものベッドだ。


 寝ながら夢の中のように泣いていたのか、頬と枕が濡れていた。


 身体を起こせば、まだ夜のようで。


 ふと気配を感じて視線をバルコニーに通じる大窓に巡らせると。


「――や、オレアくん。起きたみたいだね」


 白の月ディオラに照らし出されて、ユメが振り返って片手を挙げる。


「……ユメ?

 あれからどうなった? 今は?」


「安心して。まだ当日の夜だよ。

 君の身体は神器の二重稼働に慣れてきたみたいだね」


 そう言って、ユメはベッドのそばまでやってくる。


 てっきり数日は寝込むと思っていたから、その言葉に安堵する。


「ラインドルフくんやその側近くん達、愛人さん達も捕縛済み。

 王都には多少の被害は出ちゃったけど、死傷者は無し!

 ――誇っていいよ……」


「……そっか」


 俺は身体の力が抜けて、起こした身体をベッドに落とす。


 そう言えば、ユメには聞かなきゃいけない事があったんだったな。


「……なあ、なんで精霊光があんなに湧いてたんだ?」


 こいつがなにかやった確信はあるんだが、理屈がわからん。


「<王騎>を改造する時に、翼にちょっとね」


 と、ユメはベッドに腰を降ろして微笑む。


「魔道儀式の起点となるよう、コラちゃんと刻印を刻んだの。

 まさかあそこまで大規模になるとは思わなかったけどね……てへへ」


「……それだけじゃないだろう?」


「やっぱしわかっちゃうか。

 そうだよ。<王騎>が<伝承宝珠>の力を受けられるようにもしちゃった」


 頭を掻いて、ユメは苦笑する。


「でもね、アレを使えたのは、君が王都のみんなに好かれてたからだよ?

 ――『わたし達の魔法』は、ひとりじゃ絶対に使えないんだから」


「……そう、思って良いのかな?」


 ユメが手を伸ばしてきて、俺の髪を撫でる。


「――君は本当に怖がりさんだね。

 ……もっと誇っていいのに……」


「そうは言うが俺はさ……」


 髪を撫でられる感触が心地よくて。


 再び眠気がやってくる。


「いいよ。今はおやすみなさい。

 明日からまた、忙しくなるんだから」


 こんな風に頭を撫でられて眠るのは、いつ以来だろうか。


「……本当にお疲れ様。オレアくん」


 ユメの声が心地よく響いて。


 俺は今度は夢さえ見ない深い眠りに落ちていった。






 翌日、俺は騎士達に命じて王城前の大橋に、即興の舞台を造らせた。


 午後になって、王都の民達が詰めかける中、俺は舞台の上に設けられた席に腰をおろす。


 左隣にはいつものようにソフィアが立ち、反対側には護衛のロイドが立っている。


 そこに引き出されてくるのは、縄を打たれたラインドルフ達だ。


 王都の空に映像板が開いて、この様子がリアルタイム中継される。


 ……星船そのものはやべえけど、あの機能は便利なんだよなぁ。


 遠視の魔道器の強化版だもんな。


 今もリュクス大河のすぐ上に浮かんだままになっている星船を見つめ、そんな事を思う。


「――んん!」


 ソフィアが咳払いして、俺は正面に目を向ける。


 準備が整ったようだ。


 あれ? ラインドルフ達の他に、ウチの貴族も縄打たれて座らされてるのはなんでだ?


 俺がソフィアを見ると。


「彼らはログナー元外務副大臣同様、ラインドルフと通じていた者達です。

 彼らの場合は、ログナーのような亡命目的ではなく――ラインドルフが星船を確保した際にミルドニアに便宜を計ってもらおうとしていたようで。

 ――彼が星船を入手しやすいよう、根回ししていましたよ」


 よく見ると、前の方にいる二人は外務省で見たことがあるな。


 ……でも、なんで内股なんだ?


 まあいいか。


 今日は昨日の騒ぎを民に説明するのと、その顛末を報せるという二重の意味を持つ。


「さて、ラインドルフ。

 おまえは我が国で発見された星船を欲し、騒動を起こしただけではなく、我が国までも乗っ取ろうとして、見事に失敗したわけだが……」


 これは王都の民への説明のためのセリフだな。


 俺は顔を笑みにして、身を乗り出す。


「ねえ、今、どんな気持ち? ねえねえ?」


 途端、ラインドルフの顔が怒りで真っ赤に染まり。


「――黙れ! こんな仕打ちが赦されると思うなよ!?

 私を誰だと思っている!」


 お、まだそんな事言えちゃう元気があるのか。


「誰だっけ? 俺、ぼんくらだからわかんねーや」


 と、舞台の後ろに視線を向けると、遠視の魔道器を手に、リリーシャとアリーシャが舞台に上がってくる。


「――ミルドニア皇女の二人はわかるか?」


 俺の問いかけに、二人は首を振り。


「――ミルドニア第一皇子を名乗る……賊ですわね」


 リリーシャ殿下がそう告げて、魔道器を喚起する。


 途端、遠視板が開いて、ミルドニア皇王陛下の姿が映し出された。


「――ち、父上っ!?」


 ラインドルフが身を乗り出して、声をあげる。


 だが、陛下は取り合わずに。


『――オレア殿。この度はご迷惑をかけて申し訳ない』


 映像の向こうで、俺に深々と頭を下げた。


 それは打ち合わせ通りの事とはいえ――一国の王が、王太子の俺に頭を下げられるのだから、やはり陛下は尊敬すべきお方だと思う。


『その者は我が皇室とは、まったく関係のない者だ。

 正妃を母と騙ったようだが……私の正妃は、そこのリリーシャとアリーシャの母だ』


「――そんなっ!? 母上をどうしたっ!?

 そ、そうだっ! こんなマネ、お祖父様が! ジョエル公爵が黙っていないぞ!?」


『そんな公爵、我がミルドニアには存在せんぞ?』


 心底、不思議そうに首を傾げる皇王陛下。


 そう。これが早朝から遠視の魔道器で行われた会談で決まった、ミルドニア側のけじめであり、この騒ぎの落とし処。


 ジョエル公爵家なんて存在しないし、当然、その家の出である正妃も存在しない。


 要するに秘密裏に隠されるという事だ。


 どういう形かは知らないが。


 ウチとしても、望んでミルドニアと揉めたいわけじゃなかったしな。


 陛下としても、ジョエル公爵なる老人の権勢を削ぐ機会を長年、ずっと伺っていたそうで。


 会談の時、向こうから切り出してきた時は、俺、マジ焦ったんだよなぁ。


 尊敬すべき皇王陛下ではあるけれど、そういう暗闘のような部分は俺には真似できそうにない。


「……つまり彼は皇族を騙った、ただの賊という事でよろしいか?」


 すでに決まっているセリフで問いかけ――それでもギリギリで親子の情を見せるかとも考えたのだが――


『ああ。その者に付き従っている者達の家もまた、そんな者は存在しないと言っている』


 冷たい視線をラインドルフに向けて、皇王陛下はそう断言した。


 けれど、巡らせた視線が、ふとひとりの令嬢で止まる。


『……いや、ミリシアーナ嬢だけは、事情が違ったな』


 そう言うと、皇王陛下は俺に視線を戻し。


『――ミリシアーナ嬢は家の事情を盾に、無理矢理、その者に従わされていたと調べがついている。

 ……オレア殿。彼女だけは容赦してやって欲しい』


 聞けば彼女は第二皇子のリーンハルト殿下の婚約者で。


 ラインドルフはそれを奪うことで優越感に浸ろうとしたのか、彼女の家を政治的に追い詰めて、愛人として捧げさせたのだという。


 この手のクズは、なんで人の女まで欲しがるのかね。


 俺には一生理解できそうにない感覚だ。


「わかりました。

 ――衛兵! 彼女の拘束を解け!」


 縄を解かれたミリシアーナと呼ばれた令嬢は。


「……皇王陛下とオレア王太子殿下の寛大なお心に感謝致します」


 そう告げてカーテシーして。


「――そして、少々お目汚しを失礼致します」


 そう告げるが早いか、彼女はカツカツとヒールを鳴らしてラインドルフに歩み寄り、右手を振り上げて、思い切り振り下ろした。


「やっと! やっとおまえから解放される! ざまあみろ! ざまあみろっ!

 ――死ね! おまえなんて死んでしまえ!」


「……ミリシアーナ様……」


 鬼気迫る勢いの彼女に、リリーシャが口元を押さえて呟いた。


「バ、バカな! ミリシアーナ……私達は愛し合って――うぶぅっ!?」


 もう一発。


 今度は拳が振り下ろされた。


「ふざけないで! すべては家の為よ!

 そうじゃなかったら……そうじゃなかったら、誰がおまえなんかにっ……」


 そのまま泣き崩れてしまうミリシアーナ嬢に、俺は舞台下の侍女に目配せした。


 それだけで察した侍女は、ミリシアーナ嬢の肩を抱いて舞台を降りていく。


 それを見送って。


 そういえばこんな光景、前にも見たなと思い出し。


「……他にも事情があって、従わされてた者はいるか?」


 俺は側近や愛人達を見回して、そう告げる。


 途端、側近や愛人達は先を争うように、口々に自分達の事情を挙げ連ねていく。


「そうかぁ」


 俺はにんまり。


 横でソフィアとロイドが首を振ってため息をつくが、やめたりはしない。


 ラインドルフの所為で、俺は本当に大変だったんだからな。


 俺は衛兵に目配せしながら。


「じゃあ、どうすれば良いのか、わかるよな?」


 念を押すように問いかければ、彼らは即座にうなずく。


 側近も愛人も、全員がだ。


 拘束を解かれると、彼ら彼女らはラインドルフを囲む。


「――な、なぜだ! おまえ達には良くしてやっただろう?

 な、なにをするつもり――ぐぉっ!?」


 側近のひとりがラインドルフの顔を蹴り上げた。


「おまえの所為で! 俺は! 俺は家から見捨てられたじゃないか!」


「これからどうやって生きていけばいいのよ!」


 おーおー、容赦ねえな。


 四方八方からフルボッコじゃねえか。


 くぐもった悲鳴と打撃音を聞きながら、俺はウチの貴族達に視線を移す。


「……さて、おまえ達の処遇だが――」


 言葉を切って、十人近くにも及ぶ連中を見渡した。


 はー、こんな事本当はやりたくないんだが。


 この機会を逃したら、今後もこの手のヤツは増え続けるのだろう。


 ここできっちり禍根を断つ必要がある。


「俺は何度も何度も何度も……売国や背任は赦さんと言って聞かせてきたはずだよな?

 それでも……俺は立ち直るチャンスだけは与えて来たつもりだ。

 それが悪かったのか?

 おまえ達にとっては、その程度の裁きという認識だったのか?」


 貴族達は顔を真っ青にして、ブルブルと震えだす。


「――ソフィア。

 この中に減刑できる者はいるか?」


 俺がなにをしようとしているのか――たぶん、俺の表情から察したんだろうな。


 彼女はいつもの扇を取り出して顔半分を隠し。


「……いいえ。

 集まった証拠だけで、売国と外患誘致。極刑相当です」


 沈痛な声でそう告げる。


 ばーか。


 おまえがそんな顔する必要はねえんだよ。


 俺は貴族達を再度見回し。


 ゆっくりと立ち上がると、腰の紅剣を引き抜いた。


 貴族達に歩み寄る。


「……罰するのはおまえだけだ。家族は罰しない。安心して逝け」


 震えるそいつの耳元で囁き。


 ――俺は紅剣を振り下ろした。


 舞台を見守っている民達が息を呑み、恐怖の表情を浮かべているのがわかる。


 これは俺が背負うべきものだ。


 そうやって、俺は次々と貴族達の首を跳ねていく。


 十近い遺体が転がり、舞台はすっかり血に染め上げられて。


 ふと見ると空に浮かぶ映像板に、血で紅く染まった俺が映し出されている。


 あー、情けねえ。


 いまにも泣きそうじゃねえか。


 だが、ここで終わりじゃない。


 まだラインドルフへの裁きが残っている。


 俺は震えだしそうな手に力を込めて。


 ラインドルフの方へと足を進めた。

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