第11話 10
接近しては剣をぶつけ合い、そして離脱を繰り返す。
――クソっ!
<王騎>と合一してる事で飛び方は理解できているのに、まだ空中戦そのものに慣れない。
『――フハハ! どうした? 私をぶっ潰すのではなかったのか?』
ヤツの哄笑が癪に触る。
天使の翼から出てる白い燐光。
アレが厄介なんだ。
燐光に触れると、魔法が解けて消えてしまう。
一瞬とはいえ身体強化が解除されてしまって、決定打を放てないんだよ。
<
ラインドルフの野郎、剣の腕は並のようだが……<天使>の扱い――特に空中戦は熟れてやがる。
身体痛えからか、耳鳴りも止まらねえし。
どう攻めたものか、俺は頭を悩ませながら<王騎>を飛ばす。
『――腰抜けが! 逃げるのか!?』
言ってろ、クソが!
と、そこでふと気づく。
王都のあちこちで……これは精霊光なのか?
色とりどりの燐光が輝いて、舞い踊るように揺れ動いている。
『――オレアくん、お待たせ!』
空を駆ける<王騎>の前に、並走するように映像板が開いて、ユメが映し出される。
「――ユメ!?」
『ホントは星船が暴走した時用の仕込みでねぇ、<兵騎>同士の戦いなら使うつもりはなかったんだけどさ』
ユメは後ろを追ってくる<天使>に視線を向ける。
『……アレはダメだね。アウトだよ。
魔物をベースにバイオアーマーの技術が使われてる。
この世界にあっちゃいけないものだよ』
「――バイオアーマーって、確かキムジュンの野郎の……」
『<叡智の蛇>だっけ?
ちょーっと興味が出てきたかな。
だから、まずは――っ!』
ユメが手を振り上げて、後ろを振り返る。
そこにはリリーシャ殿下が立っていて。
瞬間、王都の空に巨大な映像板が出現し、リリーシャ殿下が映し出される。
『――ホルテッサ王都の皆様。
わたくしはミルドニア皇国第二皇女、リリーシャ・エル・ミルドニアです』
彼女は真っ直ぐに正面を見つめ。
『この度は我が国の第一皇子が、皆様にご迷惑をおかけしている事を深く謝罪致します』
深々と頭を下げた。
『――リリーシャぁ……なにをするつもりだ』
<天使>が俺を追うのをやめて映像板を見据え、ラインドルフの声で呻く。
『そのうえで皆様にお願い致します。
わたくしが言えた立場ではないのは承知です。
ですが、どうかっ!
どうか、皆様の為に戦っておられるオレア殿下の勝利を願ってください!
皆様の声が、願いが殿下の力となります!
どうか――』
『……俺を売るのか、売女ぁ!』
やべえ!
<天使>が星船の方へと加速を始める。
「――おまえの相手は俺だろうがっ!」
ただまっすぐ飛ぶだけなら、速度は<王騎>の方が上だ。
俺は<天使>の進路に強引に割り込んだのだが――
『――邪魔だぁッ‼』
――かわせねえッ!
奥歯を噛んで痛みを堪える。
目の奥で火花が飛んで、視界の隅で右腕が飛ばされたのがわかった。
紅剣が右腕をぶら下げたままアパートの屋根を崩して突き刺さる。
「――ッ!
ってええぇ……」
右腕を断たれたのは<王騎>だけれど、合一している今は痛みがそのまま俺に伝わる。
目尻に勝手に涙が浮かぶし、うめき声が喉の奥から溢れ出る。
<王騎>の腕から白い血液が噴き出し、ボタボタと王都の家々の屋根を染め上げていく。
『ハハハ! 私に逆らうからそうなるのだ、このぼんくらが!』
その時だ。
『――なんだ!?』
周囲を色とりどりに舞い踊っていた精霊光が一斉に赤に染まって<王騎>の周囲を取り巻く。
ラインドルフの<天使>の動きが止まり、戸惑ったように周囲を見回した。
精霊光はまるで俺をかばうように取り巻き、渦を巻いて<天使>と俺を隔てる。
『<王騎>が傷つけられて、王都のみんなが怒ってるんだね……
オレアくん、愛されてるね』
ユメがウィンクしながらそう告げて。
『――さあ、準備は完全カンペキに整ったよ!
反撃と行こうか、オレアくん!』
「だが、俺にはもう武器が……」
『大丈夫!
……わたしの唄を君に貸すよ!』
そうして。
映像板の中でユメが左手を掲げる。
その手の甲にはいつか見た、あの青い輝きがあって。
その清浄な輝きが、一条の光芒となって星船から<王騎>の胸へと一直線に王都の空を駆け抜けた。
『――それはね、君だからこそ信じて預けられる魔法。
さあ、聞こえるでしょう?』
胸の奥から詞が湧き上がる。
――それは助けを求められる誰か……
どこからともなく唄が響いて。
『なんだ? この唄は……』
俺を取り巻く精霊光が、白に染まって広がっていく。
――それは報われることのない願い……
これは以前……ユメが唄っていた唄だ。
城と闘技場と大劇場、そして王都の中心の大聖堂から――精霊光がまるで光の柱のように噴き上がる。
――それは嘆きを越えて差し伸べられる、ただひとつの想い……
ああ、そうか。これは……
『――この後に及んで、なんの虚仮威しだ! オレアぁッ!』
<天使>が剣を掲げて突っ込んでくる。
『――唄って! オレアくん!』
迫る切っ先を見据えながら。
俺は残った左手を胸の前で握る。
『……目覚めてもたらせ。<
――瞬間。
『――ッ!?』
ラインドルフが息を呑んで制止して。
凛と鈴を転がすような音が響いて。
精霊光が白く渦巻いて<王騎>の胸へと収束する。
<王騎>の翼が虹色の燐光を周囲に振りまいて……
まるで幕開くように――世界がめくれあがる。
『……これが――こんなところが君の心象風景なんだね……』
寂しげなユメの声がやたら耳に響いて。
『――なんだ!? なにが起きている!?』
ラインドルフが耳障りな声をあげた。
気づけば。
景色が一変していて。
――夜空にか細い月を浮かべた、どこまでも続く赤茶けた荒野。
そんな寂しい夜空に、俺と<天使>が放り出されていた。
『……使い方はわかるよね?』
ユメの泣き出しそうな声に、俺は歯をむき出して笑う。
「ああ……」
身体中が痛む。
右腕を断たれた幻痛に、脂汗が浮かぶくらいだ。
けれど。
できるはずだ。
やれると思う。
「――みんなが応援してくれてるらしいからな!」
周囲を取り巻く精霊光が跳ねて、花道を開けた。
<天使>と<王騎>が一直線に結ばれる。
「オ――」
古式魔法で使われるという、原初の唄が自然と喉から溢れた。
それは<天使>の燐光を流しさり。
『――こんな奇術でこの私がぁ――っ‼』
俺は左腕を拳に握り、花道を駆け抜ける。
精霊光が集まって拳を白に輝かせた。
その拳ごと貫こうと、<天使>の長剣が突き出される。
「オオオォォォォォ――ッ‼」
純白の輝きは長剣の切っ先を打ち砕き。
俺は左拳を力の限り振り抜く!
「――
喚起の唄に応えて。
捉えた<天使>の顔面で純白の輝きが爆発した。
「ダアアアァァァァ――っ!」
そのまま加速して、赤茶けた大地へと<天使>を叩きつける。
『ガァ――ッ!?』
ラインドルフの悲鳴がこだまし、閃光が光の柱となって立ちのぼった。
そして、静寂。
まるで魔物の死のように。
<天使>が黒い粘液となって崩れ落ちて行く。
残されたのは、完全にノビたラインドルフ。
硝子が割れるような音が響いて。
荒野の景色が幕を閉じていく。
「……あー、もうダメだ」
もうさ、目の前がくらくらしてんだ。
気を抜いたら一気に来た。
「――ユメ、ラインドルフの捕縛指示を……頼む、わ……」
それだけをなんとか呟き、俺は襲いかかってくる脱力感に身を任せる。
『――もう、締まらないなぁ。
……まあ、そこが君らしいといえばらしいけど』
うるせえ、バカ野郎。
今回は俺、働きすぎだろう?
もう……限……界……
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