第9話 9
赤い照明に照らされていた室内が、白の照明に切り替わり、フォルトの哄笑が響き渡る。
わたくしはイヤーカフから手を離して、隣に立つゴルダ先生を見上げる。
「……とんでもないものを動かしてしまったものですね」
わたくしの言葉に、ゴルダ先生は三つの目をつむって、首を振った。
「ひとつ言い訳させてもらうと、サティリア教会発生以前の――つまり数千年前の遺物だったから、あれほどの破壊力を持つエネルギーが残っているとは思っていなかったのだよ」
……先生にとっても誤算だったということね。
現在、部屋の前方にある壁には、<風切り>で見たものをそのまま大きくしたような、外の風景が映し出されている。
星船が空けた大穴は、その熱で溶け落ち、一部は硝子のようになっていた。
と、その時。
『――未登録者による兵装使用を確認。
権限者の同意の有無を確認を求めます』
外の景色を映していた映像の中央に、白い顔が表示され、女声でそう告げる。
「おお! この遺物は管理者まで生きているのか!」
興奮したように呻くゴルダ先生に、わたくしと――はからずもフォルトも――説明を求めて顔を向ける。
「大規模な古代の遺物には設備維持の為に、ああいった管理者が置かれていると、文献で読んだ事があるのである。
まさか現物を見られるとは思わなかったのである」
ゴルダ先生がそう告げる間にも、管理者だと先生がいう白い顔は、その顔を巡らせて、わたくしを見る。
『――未登録者による兵装使用を確認。
権限者の同意の有無の確認を求めます』
「……ひょっとして、わたくしに仰ってるの?」
「――殿下の血を用いて稼働させたからね。
恐らくは殿下を権限者として認識しているのだろう」
ゴルダ先生の言葉に、わたくしは必死に思考を巡らせる。
権限者という言葉。
それはあの首飾りより上位ということになるのではないのかしら。
なら、ここで同意はなかったと答えたら、どうなるのだろう。
同じ事にフォルトも思い至ったようで。
「ど、同意はあった! なあ、そうだろう!?
――そうだと言えぇッ!」
すごい剣幕でわたくしの方に向かってるくる。
「――いいえ。同意なんてなかったわ!
その者の独断です!」
『権限者――艇長の意思を受諾しました。
代理権限キー保有者を不穏分子と認定。
キーを無効化します』
瞬間、フォルトの首飾りが砂となって崩れ落ちる。
「ああ……ああっ!
――貴様ぁ、なんて事をしてくれたんだ!」
床に落ちた砂を必死にかき集めるフォルトがひどく滑稽に思えて。
「借り物の力を誇って、それがダメになってもなお縋るなんて可笑しいこと」
思わずそう呟いてしまう。
と、そこに。
『――艇長。本艇外部より攻撃意思反応あり。
迎撃致しますか?』
管理者の横に映像が映し出される。
<深階>のあるクレーターの縁に、大きな円を描くように<騎兵騎>が並び、その手に杖を手に魔道士が乗っている。
彼らが杖を掲げると、巨大な魔芒陣が描き出されて精霊光が舞い飛んだ。
その中心に。
胸の前で拳を握りしめたオレア殿下の姿。
『――リリーシャ殿下。
聞こえるか?
これからそこにとっておきをブチ込む。
――いつでも逃げられるようにしておいてくれ』
オレア殿下の声がイヤーカフから聞こえて。
「――かしこまりました。
反撃はさせません。どうぞご随意に……」
この遺物は、現代にはあってはいけない代物。
それはホルテッサにとっても、中原各国にとっても。
わたくしがこの遺物の権限者になったと知ったなら、兄達はこの遺物もホルテッサも放ってはおかないだろう。
最悪の場合は大戦の再来となってしまうかもしれない。
壊せるのならば壊してしまった方が良い。
――映像の中で、オレア殿下の背後に魔芒陣が浮かび、竜の冑をもった<兵騎>が出現する。
それはオレア殿下を飲み込むと、鉄色から美しい真紅へと色を変え、純白のたてがみが精霊光を受けてきらめいた。
「――おお、あれが<王騎>! なんと美しい!」
ゴルダ先生が興奮して呟く。
無貌の面に銀の貌が結ばれ、その眼がこちらを見据えた。
「――いかにホルテッサ伝来の<王騎>といえど、星船の装甲を砕けるものか!」
フォルトがうわずった声で叫ぶ。
「そもそもどうやってここまで来ようというのだ!
――オレア王子! おまえは学生時代から変わらず、愚かなままだ!」
「いいえ、愚かはあなたですわ。フォルト」
わたくしはフォルトを見据えて告げる。
「真実の愛を謳って国盗りを企みながら、あなたはこんな遺物の中で、あのお方を罵って。
情けなくはないのですか!」
「――お、王とは守られる為に存在するんだ!」
「ホルテッサに生まれながらその考え。
本当に愚かなのですね……」
民や騎士達を守り導くため、自ら前線に立つのがホルテッサ歴代の王なのだという。
「オレア殿下のあの姿を見て、あなたはなにも感じないというのですか?」
映像の中で、<王騎>の手に真紅の長剣が握られ、まばゆい輝きを放つ。
魔芒陣の中の精霊光が赤と緑の二色に染まり、踊るように舞い飛び跳ねる。
「――あ、あれは……父上の――まさかここまで<王騎>を飛ばそうというのか!?」
フォルトが驚愕したように叫んだ。
わたくしは告げる。
「――フォルト。
そこでご覧になってなさい」
わたくしの魔道を見通す眼が、<王騎>の背後に赤と緑に彩られた翼が生み出されるのを捉える。
「――あなたの真実の愛とやらが、あの方に打ち砕かれる様を!」
映像の中。
魔芒陣から放たれた<王騎>が真紅に輝きながら、ものすごい速度で突進してくる。
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