第9話 10

『――オレア殿下のあの姿を見て、あなたはなにも感じないというのですか?』


 イヤーカフから聞こえてきたリリーシャ殿下の言葉に、<王騎>の中で面を着けた俺は思わず苦笑する。


 あのお姫様、俺を買いかぶりすぎだ。


 俺だって、好き好んで先陣切ろうってわけじゃないんだ。


 誰か代わってくれるなら、代わってもらいたいというのが本心。


 きっと歴代の王達だって、そうだったと思うんだよな。


 やりたくない。


 怖い。


 面倒だ。


 どうして俺が。


 理由は様々だったろうが、きっと望んで先陣に立った方なんて、ひとりもいなかったに違いない。


「――けどさ、できる奴が他に居ねえんだから……やるしかねえだろう」


 呟き、<王騎>の両手を前に。


「――来たれ」


 それだけで腰元の写し身に喚ばれ、本体の紅剣が転移してきて<王騎>に握られる。


「目覚めてもたらせ。<継承インヘリタンス神器・レガリア>」


 紅剣の刀身が輝きを放って周囲を照らし出した。


 赤と緑の精霊光が渦を巻くように舞い飛び、魔法の完成を報せてくれる。


 クソ。


 ――自分で言い出しておいてなんだけど、すげえこええ。


 今でもやりたくねえよ。


 そんな内心を押し殺して、俺は魔道士達に合図するように、紅剣を構えて見せた。


 肩がけ切っ先を突き出す構え。


 準備が整った事を察した魔道士達の。


「――喚起!」


 の斉唱が辺りに響く。


 感覚が<王騎>と合一している俺には、周囲に風が逆巻くのがわかった。


 そして、背後で爆発するように火柱が噴き出し、<王騎>が前へと解き放たれる。


「アヅっ――おおおおおおぉぉぉぉぉ――っ!?」


 そのあまりの勢いに俺は後頭部を内壁に打ち付け、慌てて鞍にかじりついた。


 見る見る星船の漆黒の装甲が迫ってきて、視界が黒一色に染め上げられる。


 リリーシャ殿下のいる位置は記憶済みだ。


 そこからわずかに左にそれた位置を目標に定める。

 神器の並列喚起の詞が、自然に胸の内から湧き上がる。


「――唄え! <暴虐紅輝アーク・テンペスト>ッ!」


 真紅の輝きが<王騎>を包み、剣に紅光の刃を形作る。


 凛と鈴を転がすような音が響き渡って、光の円が周囲に解き放たれた。


 <王騎>がさらに加速し、光の嵐が漆黒の壁を抉り穿つ。


「おおおぉぉぉ――ッ‼」


 衝撃に身を固くしたけれど、そんなものはまったくなくて。


「――おおおぉぉ……あああぁぁ――っ!?」


 一瞬、リリーシャ皇女とゴルダ、フォルトの姿が横目に見えたけれど、<王騎>の勢いは止まらず。


 ものすごい勢いで壁を突き破り続け。


「や、やべえ! 止まらねえっ!」


 床に足を着けて勢いを殺そうとする。


 激しい火花が舞い散るが、勢いは一向に収まらず、やがて広い空間に飛び出した。


 その中央には光の文様が幾重にも円を形成して周囲を回る、<王騎>と同じくらいのサイズの漆黒の球体が浮かんでいて。


「――アレって、コラーボ婆が言ってた、この船の中枢なんじゃッ!?」


『――そうだよ! こんなモノはいらないって、世界が選択したんだ。

 オレア君、やっちゃえっ!』


 イヤーカフからユメの声が響いて、俺は紅剣を上段に掲げる。


 あー、クソっ!


 明日は絶対に筋肉痛だ!


 飛び込んだ勢いそのままに、俺は思い切り紅剣を振り下ろす。


「輝け! <紅輝宝剣アーク・スカーレット>ッ!」


 真紅の刃が閃光を放ち、漆黒の球体を叩き斬る。


 そこで勢いはようやく弱まって、<王騎>は床を鳴らして旋回するようにして止まる。


 突進の勢いの残滓の火花が、ひどく美しく舞い散って落ちた。


 俺は嘆息して、冷や汗に濡れた髪を掻き上げる。


「……あとは三人を確保して、か」


『――カイ坊、中枢を壊したんだから、星船は墜ちるよ。

 早く逃げな!」


 こんどはコラーボ婆の声だ。


「あーもう! 一息つく暇すらねえのかよ!」


 その時、<王騎>が空けてきた大穴から。


「――オレア殿下!」


 リリーシャ殿下とゴルダ殿がやってくる。


 ゴルダ殿の太い腕には、顔を青くしたフォルトが抱え込まれていて。


「……なぜだ。なぜ<爵騎>が喚べない」


「ああ、おまえの喚器なら、フォルト子爵が登録解除したぞ」


 貴族嫡子が<爵騎>召喚の為に用いる指輪。それが喚器だ。


 各家の<爵騎>倉庫の魔芒陣に登録されているそれは、当主の意向で任意に解除できる。


「そんな事より脱出だ!

 この遺物は墜ちるぞ!」


 俺はリリーシャ殿下達を<王騎>で抱え、空けてきた穴を転進する。


「こ、この高さから飛び降りるのですか?」


 気丈なリリーシャ殿下も、穴の縁まで来て、思わずそんな声をあげた。


「大丈夫。少し怖い思いはするかもしれないが、危険はない」


 ――なにせ俺はもう、魔法が使えるからな。


「怖い思いって……きゃ、きゃああああああ――ッ!」


 俺は彼女の言葉を待たずに宙に騎体を舞い踊らせた。


 恐ろしい事にあの遺物の外壁。


 徐々に塞がり始めていたからな。


 中枢を壊したっていうのに、どういう原理なのかはわからんが。


 内臓を押し上げられるいやな感覚を覚えながら、俺は魔法を解き放つ。


 結界展開して、それから風と炎の複合魔法。


 <王騎>に増幅されたそれは、落下の勢いを殺して、騎体をゆっくりと着地させた。


 頭上を見上げると、星船は風に流されるようにして、ゆっくりと西へ向かって墜ちていく。


 どういう仕組みなのか、その速度はひどく緩慢で、あれなら進路に街があったとしても退避は間に合うだろう。


 俺の脱出を確認したのか、クレーターの縁に待機していた騎士達や<騎兵騎>がこちらに向かってくるのが見えて。


 俺は安堵して、<王騎>を消失させる。


 すでに身体はバッキバキだ。


 燐光と共に地に降り立つと。


「――無事でなによりだ。さあ、立てるか?」


 俺はへたり込んだリリーシャ殿下に手を差し出す。


 途端、彼女は俺をキッと睨みあげて。


「無事って――あなたという人はっ!」


 その言葉と共にさっと立ち上がり、俺の頬を張った。


 あ、やべえ……


「もうちょっとやり方というものがあるでしょう!

 ――本当に! 本当に怖かったんですからっ!」


 目の前に白と黒の細かい点が増えていって、視界を埋め尽くしていく。


「――殿下、わりい。

 王都へ遺物の進路上への避難勧告を出すように指示を……」


「――オレア殿下っ!?

 そんなに強かったかしら? 殿下っ!?」


 取り乱して声をかけてくるリリーシャ殿下の声を聞きながら、俺の意識は遠のいていく。


 心配すんな。


 神器を使いすぎた影響だ。


 ……あれ? リリーシャ殿下。


 その手に握ってる、黒い珠はなんだ……?


 そこまで考えたところで、俺は完全に気絶した。

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