王太子、古代の遺物と出会う

第9話 1

「――リリーシャ様、ごきげんよう」


 同級生の挨拶の声に、カフェテラスで本を読んでいたわたくしは、顔を上げて挨拶を返す。


 故郷のミルドニア皇国から留学してきて、はや三ヶ月。


 わたくしはこのホルテッサ王国の王立学院に、だいぶ馴染めてきていた。


 親友と言えるほどではないけれど、こうして挨拶を交わせる級友は多いし、なんなら休日を共に過ごす友人だっている。


 故郷では感じられなかった解放感。


 わたくしは充実した日々に感謝さえしている。


 もっとも、わたくしを送り出した兄上――第一皇子は、そんな風には思っていないだろうけど。


 目の上のたんこぶだったわたくしが居なくなって、清々しているはずだ。


 そう。わたくしはとある目的があって、兄上を追い込み、このホルテッサにわたくしを留学させるよう働きかけた。


 あの愚鈍な兄上は、そんな事すら気づかず、わたくしを国元から追い出せたと喜んでいるだろうけれど。


 わたくしは望んでこの国にやってきたのだ。


 目的の方の進捗は芳しくないけれど、ミルドニアでの兄弟姉妹同士での足の引っ張り合いの日々を思えば。


 さほど他者を気にせずに済む学生生活。


 毒を気にせず摂れる食事。


 寝込みを脅かされる事のない寮の私室。


 ここはまるで天国のよう。


 国元に居た頃より、若干太ってしまったのも仕方ないことだと思う。


 級友が去っていくのを見送り、わたくしは再び読んでいた本に目を落とす。


 本の内容は、中原を統一したルキウス帝国以前の文明――特にホルテッサ国内に残存する遺跡や魔境について記されもの。


 わたくしの目的を叶えるためには、それらに遺っているであろう遺物を入手する必要がある。


 本来ならばささやかなはずの願いなのだろうけれど……わたくしの立場や国という存在が、それをひどく難しくしている。


 先日、オレア殿下に願い出た<深階>への探索は、許可は降りたものの、護衛の第三騎士団の選抜を待って欲しいとの返事だった。


 わたくしとしても、実際に探索となった時は、囲い込んでいる学者の知恵を借りたかったので、時間がかかるのは問題なかった。


 むしろ、すぐにとならなくてほっとしているくらいだ。


 先日、探索許可が出た際に、学者へ手紙を魔法速達で送ったところ、すぐに出発すると返事があった。


 道程を考えれば、もう二、三日中には到着するだろう。


 統合学者を自称する、あの偏屈な巨属の家庭教師を思い出し、わたくしは頬を緩ませる。


 太古の遺物を現代に復活させようとしている彼ならば、わたくしの目的の為に大いに役立ってくれるはずだ。


 と、日差しが遮られたのを感じて、わくしは本から再び顔を上げる。


「――あら。フォルト先生。

 ごきげんよう」


 わたくしが会釈すると、彼――ヘリオルツ・フォルト教諭は。


「ああ」

 と応えて、わたくしに断りもなく、向かいの席に腰を下ろす。


 彼は子爵だったと記憶しているのだけれど……ホルテッサの一部の貴族は、本当に礼儀がなっていない。


 興国時に取り立てられた将兵の家柄が多いからかしら。


 けれど、それを言ったらホルテッサ王家だって、いち武人が初代だったはずだ。


 オレア殿下は――まだ数度の面識しかないけれど――そんな印象は感じられなかった。


 そもそもあの方は、庶民に混じって街歩きをして、わたくしを学園生と思い込んで、ナンパ男達から助けるようなお人好しだ。


 王族とそれに近しい貴族はともかく……いわゆる外様に類する貴族達の傲慢さ――ありていにいえば腐敗っぷりは、国としてどこかちぐはぐなものを感じてしまう。


 普通ならば外様こそ国に取り立てられようと、努力を積み上げるものなのだけれど。


 ミルドニアでは少なくともそうだった。


 そんな事を考えつつ、なにか言いたげにしているフォルト先生の言葉を待つ。


「……リリーシャ君は<深階>への探索許可をもらったと聞いたのだが」


 勝手に名前呼びした事には目をつむろう。


 ホルテッサ王国にそういう習慣があるとは聞いてはいないし、学園でそういうルールがあるとも聞いていない。


 けれど、確かにわたくしはここではいち学生で、彼は教師なのだ。


 多少の上から目線くらい、些事と許せなくては皇族は務まらない。


「ええ。わたくしの家庭教師が到着して、第三騎士団の護衛が決まりしだい、オルター領に向かうつもりですわ」


「――目的を聞いても?」


「家庭教師の影響でしょうか? わたくし、帝国期以前の遺跡に非常に興味がありますの。

 ――特に<深階>の深層には、太古の遺跡があると言われているのでしょう?」


「初代ホルテッサ王の探索記ではそう伝えられているな」


 それはちょうど、わたくしが読んでいた本の名前だ。


 天を突くほどの鉄巨人を何体も格納した浮島が、彼の魔境の地下深くには眠っているのだという。


 フォルト先生はわたくしを見つめ、気持ち程度だけれど頭を下げる。


「私も探索に同行させて欲しい。

 ――理由は君と一緒だ。いち学者として、あの地は興味深いのだが……」


 <深階>は現在、中層以降はホルテッサ王国の許可なくしては立ち入りできない。


 学者が興味だけで立ち入れる場所ではなくなっているのだ。


 彼にしてみたら、絶好の機会といったところなのだろう。


「構いませんよ。ただし、赴くのは魔境なのです。

 第三騎士団の方々の指示には従ってくださいね」


 彼の態度から、騎士を見下している可能性を見越しての釘刺しだ。


「わかっている。私も死にたくはないからな。軽率なマネは控える」


「それでしたら結構です。

 準備が整いましたら、お報せ致しますわ」


 わたくしがそう告げると、彼は喜色を浮かべてうなずき、席を立って去っていった。


 ――本当に、この国の貴族というのは、礼儀を知らない事。


 いえ、彼が特別失礼なのかしらね?

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