第7話 4

 宴が始まり、俺に挨拶を終えた貴族達が次々とカリスト叔父上に集まっていく。


 単純に過去を懐かしむ者もいれば、下心を隠して近づく者も居て、その挨拶の仕方もまちまちだ。


「ガル――じゃなかった。お父様、色んな人にご挨拶してて大変そうだねぇ」


 俺の膝の上で、カレー皿とスプーンを握りしめて、サラが呟く。


 カレーは今日も布教に勤しんでいるユメが置いていったものだ。


 なんでもユメもサラくらいの時に、カレーに目覚めたのだとか。


 幼いうちに英才教育を施すのだと、彼女は良い笑顔で言っていた。


「まあ、それだけ叔父上が人気者って事だ。

 サラは叔父上をとられて寂しいか?」


 するとサラは笑顔で首を振り。


「オレア兄様とソフィア姉様が一緒だから、寂しくはないよ!」


 そう言って、カレーライスを頬張る。


 ――オレア兄様。


 なんて良い言葉だ。


 一人っ子だった俺は弟妹という存在に憧れていた。


 妹バカと呼ばれようと。俺は可能な限り、サラを全力で可愛がろうと思う。


 その気持ちはソフィアも一緒のようで、ソフィア姉様と呼ばれたあいつは、黒くてふさふさしたいつもの扇で口元を隠しつつも、隠れていない目元が、これでもかというくらい垂れ下がっている。


 身内の贔屓目かもしれないが、サラは恐ろしく賢い子供に思えた。


 すでに自分を取り巻く状況をおぼろげながら理解し、言葉遣いを直そうと努力までしている。


 これなら来年、義務教育の幼年学校が始まっても、すぐに対応できる事だろう。


「――ご無沙汰しております。オレア殿下」


 と、続いて挨拶しに来たのは、ミルドニア皇国皇女のリリーシャ皇女だった。


「ああ、久方ぶりだ。その後、学園では不自由ないか?」


「お陰様で。

 ――それよりガル様はこの国の王弟殿下であらせられたのですね」


 皇女は白い扇で口元を隠しながら、ホールで人垣に囲まれる叔父上を見た。


「ん? 叔父上をご存知なので?」


「ええ。我が国からパルドス王国まで、護衛任務を引き受けてくださいました。

 我が国で勇者認定しようとしたのですが、ご本人が頑なに断られて……不思議に思っていたのですが、王族だったのですから仕方ない事でしたね」


 微笑むリリーシャ皇女に、俺は苦笑を漏らす。


 さすが叔父上だ。


 ミルドニアでも勇者認定されようとしていたとは。


「さすがは騎士と武勇の国、ホルテッサという事でしょうか?

 人材が豊富で、羨ましいことです」


 ――騎士と武勇の国。


 国内に多くの魔境を抱えるホルテッサは、他国からそう呼ばれている。


 五十年前の<中原大戦>において、勇者パーティに人材を送り出せこそしなかったものの、戦争そのものにあっては、ホルテッサ軍は他国を圧倒する活躍を見せたのだ。


「皇国は経済において他国を圧倒しているではありませんか」


 俺がそう言うと、リリーシャ皇女はわずかに眉根を寄せる。


 現在、中原の基軸通貨となっているのがミルドニア皇国の貨幣だ。


 商人の間でも、ミルドニアの証文は無条件で信頼の証となるはずなのだが……


「そこに胡座を掻いて、腐り落ちる者が後を断たないのですよ」


 国の上層部の腐敗は、どこの国の為政者にとっても悩みの種らしい。


「それもあって、紙幣という新概念を打ち出したホルテッサに、わたしは学びに来ているのですけどね」


 と、リリーシャ皇女は微笑む。


「そうそう、殿下。機会があればでよろしいのですが……」


 彼女は扇を閉じて、俺を見つめる。


「せっかく騎士と武勇の国に参りましたので、一度、魔境というものを拝見したく存じ上げておりますの。

 叶えて頂けますでしょうか?」


「――場所にもよりますが……どちらをご希望で?」


「できましたら、古代遺跡がそのまま魔境になっているという<深階>を。

 我が国には帝国期以前の遺跡は存在致しませんので……」


 オルター領か。


 今の時期なら、侵災も起きていないし、第三騎士団の訓練にもちょうど良いかもしれない。


「この場では即答できかねますが、善処したいと思います。

 調整ができ次第、ご連絡を差し上げるという事で如何でしょう?」


「ご配慮、感謝致します。

 ――それでは御前、失礼致します」


「ああ。宴を楽しんでいってくれ」


 そうしてリリーシャ皇女は去っていく。


「ソフィア。第三の調整を頼む」


「ええ。ミルドニアとは今後も良好な関係を保ちたいものね。

 ――それにしても、どこの国でも、悩みの種は同じようねぇ」


 先程、俺が抱いたのと同じ感想を呟き、ソフィアは頬に手を当ててため息をつく。


 現在、官僚は基本的に貴族の令息が担っている。


 そうなるとどうしてもついて回るのが、御家の事情というもので、彼らはなんとか御家の利益に繋がらないかと試行錯誤して回るのだ。


「民の教育が行き届くまでの我慢だ。性急すぎても、世を乱すだけだしな……」


 忸怩たる思いで呟けば、ソフィアは俺を気遣うように肩に手を乗せた。


 そんな俺達をサラが見上げ、スプーンの先で、カリスト叔父上を指し示す。


「ねえ、オレアお兄様、お父様が女の人に抱きつかれてるよ?

 モテモテ? モテモテなの?」


 んん?


 サラに言われて叔父上の方に視線を向けると、確かに彼は妙齢の女性に抱きつかれていて。


「……おい、ソフィア。なにがどうなってああなった?」


「……ごめん。わたしも見てなかったわ」


 確かにカリスト叔父上はイケオジだが、どこかの将軍のように女誑しではなかったはずなのだが……


 俺は慌てて席を立って、そちらを目指すのだった。

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