第6話 6

 話を聞き終えて、俺はため息を吐き、フランはお茶を飲んだ。


「なんだよ。散々、人にへたれって言っておいてさぁ……」


「うっ……うるさいわね。あの頃はまだわたしも初心うぶだったのよ」


 フランは目線を反らして、言い訳する。


「で、その後調べなかったのか?

 というか四貴公子って、俺らの世代だと噂すら残ってなかったから、詳しく知らないんだけど。

 今聞いた限りじゃ、国の重要ポストの嫡男が手球に取られてるじゃん」


「わたしも学園を卒業してから、その事に気づいたのね。

 だから、調べてみたんだけど、二年も経ってたから断片的にしか情報が残ってなくて」


「そもそもロイドは今も独身だしさ、あいつが女に入れあげるって、あんまり想像がつかないんだよなぁ」


 あいつ、王城でも侍女達にきゃーきゃー言われてるんだぜ?


 でも、見向きもしないんだ。


「正確には、対立してたのはリオルグ様とトレイル様だったみたいなの。それで、二人を諌めようとロイド様はリオルグ様を、トレイル様をクレス様――オルター辺境伯が説得していたそうよ。

 そして面倒なのが、入れあげてた女というのが、四貴公子すべてにすり寄ってたという点ね。

 説得しようとする二人も巻き込まれて、状況は混沌の坩堝と化したわ。

 しかもオルター辺境伯には当時、ルクレツィア様という婚約者が――今は奥様になられているけど――いらっしゃって、彼女がその女――クレアを諌めようとしたものだから、ますます大混乱よ」


 もらい事故がひどいな。


 そのクレアという女はなにを考えてるんだ?


「卒業パーティの夜、クレアはルクレツィア様にいじめられたと断罪しようとして、ルクレツィア様はリオルグとトレイルに詰られたそうよ。

 幸い、オルター辺境伯はクレアに目を曇らせていなかったから、事なきを得たんだけれど、他貴族の令息令嬢の目のある所での大騒ぎだったから……」


 あー、そりゃ後継者の資質問題になるわな。


「どちらの父親も厳しい人だから、廃嫡して家から放逐したそうよ」


「そのクレアって女は?」


「――それがね。彼女は自分は関係ない、ふたりに付きまとわれて迷惑していたって言いはったみたいね」


 胸糞悪い女だな。


 前世の俺の死因になったあの女を思い出す。


「彼女の家も、形だけ反省させる事にはしたみたいだけど、傍から見たら、リオルグとトレイルが入れ込んだのが原因だからね」


 フランはため息をついて、頬に手を当てる。


「そんな事もあって、ロイド様は女性が苦手なのに拍車がかかり、今に至るの。

 わたしはそれを知ったから王城で見かけても、なるべく自分からは関わらないようにしてたんだけど……」


 そこでフランはため息。


「彼がカイくんの専属になって、仕事で話す事が多くなって……

 ――もう隠しても仕方ないわね。そうよ。自覚しちゃったの!

 好きなんだって!

 これだけ時間が経っても、変わらなかったんだもの。

 これはきっと、真実の愛なのよ!」


 メイドエプロンを握りしめ、吐き出すようにフランは告げる。


「ちなみにロイドって、フランが後輩だったって事は?」


「――気づいてないんじゃないかしら。一度も名乗らなかったし。

 あの頃のわたしの格好、カイくんだって知ってるでしょう?」


 ああ。正直、別人にしか思えない。


 俺はうなずき、フランを見た。


「で、おまえとしては、ロイドとどうなりたいんだ? 嫁に行きたいってことでいいのか?」


「すぐにというわけには行かないけど、あと二年経てば、それが可能になるの」


「どういうことだ?」


 するとフランは目を閉じて周囲の気配を伺い、それから俺に顔を寄せた。


「実は五歳になる弟がいるの。父上は跡継ぎにするつもりよ」


「ああ、今はまだ小さいから隠してるのか。七つになったら訓練を始める、と」


 暗部の家の男子だからこそ、幼い内に狙われる可能性が高い。


 だからこそ、その存在を隠すだけでなく、フランが次期当主という事にしているというわけか。


「つまりおまえが嫁に行っても、家は問題なしって事か。

 そうなるとロイドの気持ち次第かぁ」


 俺が頭の後ろで腕を組んで呟くと、フランは唇を噛んでエプロンを握りしめる。


「正直なところね、この前までは、今みたいな仲の良い友達関係でも良いかなって思ってたんだ。

 でもね……パーティーのパートナーになんて言われたら、期待しちゃうじゃない?

 もう、さ……気持ちがっ……抑えられないっ――んだよ……」


 と、フランの目から、綺麗な雫がこぼれ落ちた。


「ちょっ!? おい、バカ。泣くなよ!

 あー、もうどうしたらいいんだ?」


 俺はハンカチを取り出して、フランに押し付ける。


「ねえ、カイくん。こんなわたしでも選んでもらえるかな?

 期待していいのかな?

 ロイド様はわたしを……選んでくれるのかな?」


 目元をハンカチで抑え、涙声で言い募るフラン姉に、俺は……


「正直、俺は経験がないから断言はできんが、パーティーのパートナーに誘うって事は、少なくとも嫌ってはいないって事だろ。

 フ、フラン姉はさ、き、綺麗なんだからもうちょっと自信持っていいんじゃないか?」


 腕組みして顔を反らし、そう告げた。


「……なにそれ。へたくそ」


 涙声に笑いが混じる。


「フフ。そんなだから、カイくんはいつまでもへたれなんだよ」


 目元を隠したまま、フランは笑う。


 大事な姉貴分が泣き止むなら。


 今くらいはへたれと呼ばれるのも悪くない。


 けどさ、フラン。


 俺はただのへたれで終わるつもりはないぞ。

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