第4話 4

 背後に<伯騎>に乗ったグレシア将軍を控えさせ、俺は胸の前で拳を握る。


「目覚めてもたらせ、<継承インヘリタンス神器・レガリア>」


 途端、俺の背後で魔芒陣が開き、<王騎>がその姿を現す。


 胴が横に開いて俺を呑み込むと、四肢が固定されて、面が顔に着けられた。


 <王騎>の面に銀の文様が走って、かおを結ぶ。


 面の裏側に外の景色が映し出され、感覚が<王騎>と合一する。


 俺は<王騎>の肩鱗甲を両手に構えさせると、背後のグレシア将軍を振り返った。


「――方角は?」


『あちらです』


 指さされた方に騎体を向けて、<王騎>の両拳を打ち合わせる。


「行くぞ、侵源!

 ――吼えろ! <暴虐王騎アーク・タイラント>ッ!」


 俺の声に応じて、両拳の間の空間が揺らめき、紫電を放って球を形成する。


「ドラゴンブレス――ッ!」


 放たれた竜咆は紫電で周囲を染め上げて、黒森の木々を霧散させて直進する。


 膨大な土煙が上がって周囲を覆い尽くす。


 驚いた鳥が森から一斉に飛び上がり、わずかに遅れて獣声が響いた。


 今頃、森の中は大混乱だろう。


「――包囲陣は防衛用意!」


 グレシア将軍の指示が飛び、伝令の早馬が飛び出していく。


 土煙が晴れると、幅十メートルほどが抉れた土地になっていて。


「――調伏隊、突撃!」


 <狼騎>を含めた<騎兵騎>十騎と騎馬兵三十。馬に乗った冒険者達二十人が、グレシア将軍の声に応じて駆け出した。


 それを見届けた俺は、すでに鞍上で肩で息している。


 ――クソっ。


 <地獄の番犬>隊で鍛錬したっていうのに、まだこの有様か。


 以前のように筋肉痛まではいかないが、竜咆を撃った直後は疲労感が半端ない。


 俺は<王騎>の鞍上で、面を外して一時的に同調を解くと、腰につけた水筒から水を煽った。


 なんなんだろうな。この疲れ。


 父上が言うには、そもそも歴代<王騎>継承者の中でも、竜咆を撃てる者の方が稀なのだそうで。


 前例が少なすぎて、この虚脱感の理由は不明なんだとか。


 息を整えて、もう一度水を飲み、俺は面を着け直す。


 感覚が再び<王騎>と合一し、外の視界が戻ってきた。


『――殿下、お疲れさまです』


 <王騎>にかおが戻ったのを見たのだろう。グレシア将軍がそう声をかけてくる。


「いやあ、まだまだ本番はこれからだろ。

 一年モノの侵災だぞ? 絶対いるだろ?」


『……ヌシ、ですね。

 それも考慮して、調伏隊を結成したつもりですが……』


 俺は両手にはめた肩鱗甲を肩へと戻し、首を左右に振る。


「言ったろ、将軍。使えるものは使えって」


 俺がそう告げた時、竜咆によって開いた黒森の間隙を、冒険者が馬を駆って戻ってくる。


「――報告! ヌシです! 型は竜! 繰り返します! 型は竜です!」


 直後、森の奥から、鈍色の甲殻でその身を鎧った長い首が立ち上がる。


 口に咥えているのは<騎兵騎>で。


 ヌシはまるで弄ぶように首を巡らして、咥えた<騎兵騎>を放り投げた。


「……でけえなぁ、おい」


 呟いて、俺は地を蹴る。


『――あ、殿下っ!

 おまえ達は包囲陣を維持! 森を抜けてくる魔物や魔獣に対処だ!』


 騎士達に指示を飛ばして、グレシア将軍も俺に続く。


『殿下。勝機は?』


 バカヤロー、聞くんじゃねえよ。


「んなもん、あってもなくても、やるしかねえんだから!」


 俺は右拳を振りかぶる。


 目標は森の奥で首を振っているヌシの首。


 肩越しに引いた右拳が揺らめいて、紫電を放った。


「――やるだけだろうッ!」


 叫びと共に放たれる、小口径の竜咆。


 紫電をまとって直進した空間の歪みが、間の木々を霧散させ、ヌシの首を削り取る。


「効くじゃん!

 将軍、行けるぞ!」


 森の間隙を駆け抜けると、やがて辿り着くのは侵源地。


 まるで窓のひび割れのように、十メートルほどの景色が割れて、そこから漏れる赤黒い光が、ぐにゃぐにゃと不規則に渦巻いていて、ずっと見ていると吐き気をもよおしそうになる。


 そしてそのすぐそばで、調伏部隊がヌシに攻撃をしかけていた。


 ヌシは肩高十五メートルといったところか。


 四足で地に立ち、長い首を振るっているが、その身体の半分が、竜咆の直撃を受けたのか、大きく抉れていた。


 黒い粘液が周囲に飛び散り、森を瘴気で穢していく。


「あー、こりゃあとでサティリア教会呼んで、浄化してもらう必要があるな」


『――オレア様!?』


 俺に気づいたユリアンが、<狼騎>の中から声をかけてくる。


「ユリアン! そいつと侵源を一直線になるように誘導しろ!

 あとは俺がなんとかする」


『――殿下っ!?』


「グレシア将軍、多分、二発目撃ったら、俺は気絶する。

 ――あとは頼むぞ」


 俺は<王騎>の拳に肩鱗甲をはめて、侵源のすぐそばに立って構える。


 <騎兵騎>達がヌシの身体を攻撃し、ユリアンはまるで軽業のように、<狼騎>を連続で宙転させて、振り回される首へと攻撃した。


 ユリアン、すげえな。


 なんであんな風に騎体を操作できるんだ?


 冒険者達は周囲に湧き出す小型の魔物の相手をしている。トカゲみたいな形をしたやつだ。


 グレシア将軍も攻撃に加わり、<伯騎>が携えた大剣で、ヌシの前足を削っていく。


『――オレア様!』


 やがてユリアンが合図の声をあげて。


「――吼えろ! <暴虐王騎アーク・タイラント>ッ!

 吹き飛べ、化け物ォッ!!」


 放たれた全力の竜咆は、紫電で周囲を紫に染め上げ、目の前の侵源ごとヌシを包み込んで、一気に霧散させる。


 侵源は硝子が砕けるような音を立てて消え去り、わずかに竜咆から逃れていたヌシの頭が音を立てて地に落ちた。


 その頭部を念の為だろう、グレシア将軍が大剣で叩き斬ると、甲殻を残して黒い粘液はまるで蒸気のように空気に溶けて消えた。


 そこまで見届けるのが、限界だった。


 <王騎>が燐光となって解けていき、俺はゆっくりと地に降ろされる。


 虚脱感から目の前がぐるぐるしはじめ、やがて視界が白く染まっていく。

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