第2話 5

 一週間後、俺は懐かしの学園に、ソフィアと共に潜入していた。


 ソフィアは一年前、俺は半年前に、前倒し卒業済みとはいえ、顔を知っている生徒もいるため、リステロ魔道士長官に頼んで、姿変えの魔法をかけてもらっている。


 こういう時は、魔法を使えるヤツが羨ましいと思ってしまうな。


 今日はソフィアが言う「面白い話」の裏取りに来ている。


 間者を使う手もあったが、モノが感情ごとなのと、関わっている人物が人物なので、万が一探っているのがバレても、言い逃れできる俺達が直接動くことにした。


 俺は髪をくすんだ茶髪に変えられ、顔立ちも目立たない地味な顔立ちに変えられている。


 ソフィアはというと、せっかくだからと髪を金髪ドリルにして、青い目に彫りの深い顔立ちにしている。どこの悪役令嬢だというような顔だ。


「……なあ、この組み合わせって、逆に目立つんじゃないか?」


「そういうモノと平然としてれば、案外イケるものよ」


 確かに生徒達はぜんぜん見てこないんだけどさ……これって、生徒達がニブすぎるだけなんじゃね?


 俺は深く考えるのを止めて、ソフィアの後に続く。


「それにしても裏庭の光曜樹が、告白スポットになってるとはねぇ」


「あなたはセリス嬢がいたから、そういうところに呼び出されたりしなかったでしょう? 

 わたしなんて毎週よ。毎週」


 心底うんざりしたような顔で、ソフィアは告げる。


 そんな話をしながら校舎内を歩き、やがて辿り着く校舎裏。


 小さな林になったその中で、一本だけ生えた水晶のように輝く木は、その葉を七色に光らせて、周囲を美しく照らし出している。


「なるほど。これは確かに告白スポットになるわけだ」


 静けさの中、鳥のさえずりだけが辺りに響いて、校舎内の喧騒もここまでは届かない。


 緑の景色の中、七色に輝く光曜樹はひどく幻想的に見えた。


 そして、その光曜樹の下、もじもじとしてうつむく男女。今まさに、告白が繰り広げられようというタイミングのようだ。


 俺達は校舎に身を隠して、二人を覗き込む。


 女はエリスで、相手の方は、整った顔立ちの銀髪――グラート・アドミシア公爵令息だ。


「――エリス嬢。新入生歓迎パーティでのパートナーの件、考えてくれただろうか?」


 距離があるのと、木々が邪魔して、二人の表情までははっきりとはわからないが、声ははっきりと聞こえる。


「グラート様。お声掛けは嬉しいのですが……」


「ああ、シンシアの事を気にしているのか?

 ――君は本当に優しいな。

 あれだけシンシアにひどい目にあわされているのに……」


「――そんなっ! そんなこと……」


 シンシアというのは、グラートの婚約者の名前だ。


「君は僕が守る。それを周囲に知らしめる為にも、パーティには僕のパートナーとして出席して欲しい」


「ですが……やはりリステロ様に失礼では……」


「大丈夫。僕に考えがあるんだ。君はただ、僕と一緒に居てくれるだけでいい」


 と、その時、ふわりと柑橘系の香りがして、俺は後ろを振り返った。そこには金髪にややキツい印象を受ける顔立ちの女生徒がやってきていて。


「――失礼致しますわ」


 俺達の横を一礼して通り過ぎると、まっすぐ光曜樹の二人の元へと歩み寄っていく。


「あら、お二人でなにをなさってるのかしら?」


「――シ、シンシアっ!?」


「お――リステロ様! 違うのです!」


 驚くグラートと、声を震わせるエリス。


「――エリス様。わたくし、以前にも申し上げましたわよね? 淑女が男性と二人切りなどはしたないと」


「そ、それは……」


「ましてこの場は、男女が将来を誓い合うとされる場です。そんなところに婚約者のいる方と二人なんて、周囲にあらぬ噂を立てられても仕方がありませんわよ?」


 シンシアの圧に押されて、グラートとエリスが押し黙るが、やがてグラートはエリスの耳元に口を寄せ。


「――パーティの日に迎えに行くよ」


 俺の隣でソフィアが呟く。


 びっくりした。読唇術か? こいつ、本当にどんだけ特技を隠してるんだ?


「いつまでも、そんな態度が続けられると思わない事だ」


 そう言い残して、グラートはシンシアを睨んで去っていく。


「……貴女もお行きなさい」


「ですがリステロ様!」


「――お行きなさいと申し上げております!」


 声を荒げるシンシアに、エリスは目元を拭って一礼し、その場を去った。


 ひとり取り残されたシンシアは……肩を震わせて泣いていた。


 声を押し殺し、それでも毅然と胸を張って空を仰ぐその姿が、俺はひどく美しいと思えた。


「……ふーん。確かに面白い事になってんだな」


 俺が呟けば、顔を変えても変わらない、深い笑みを浮かべてソフィアが俺を見つめる。


「それで? それを知った暴君殿下はどうなさるおつもりで?」


「――決まってるだろう?」


 俺もまた、笑みを深くして応える。


「かしこまりました。それでは準備を進めさせて頂きます」


 ん? じゃなく、だって?


 こいつ、最初から俺がどうするか、予想してやがった。

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