第7話 あまねと司

 紅い太陽が西の山に姿を隠そうとしていた。

 夕方。三階堂あまねは飼い犬のパトリーを散歩させていた。パトリーはオスのゴールデンレトリバーだ。

 あまねはいつもの公園でパトリーに水道の水をあげようと立ち寄った。

 公園には木のベンチに座った老夫婦とスラリとした目元の涼しい少年がいた。

 あまねは公園に入り、水道の蛇口をひねりながら少年を見た。パトリーが荒い息をしながら水を飲んだ。

 少年は淡々とバットで素振りをしていた。野球少年かな?とあまねは思った。

 ふと少年があまねを見た。二人の視線が交わった。少年は素振りを止め、あまねを凝視した。その視線はまるで、あまねを観察しているみたいだった。あまねは水道を止めた。

 なんやあいつは…あまねは心のなかで「ジロジロ見とんちゃうぞ」と毒づいた。

 少年はなおもあまねを見続けた。あまねも少年を見た。

 どこかで見たような…

 あっ、せや、ウチのクラスのヤツや。ホームルーム終わった後に、山本美咲とイチャついとったやつや。

 「あんたっ!ウチのクラスのやつやろ?」

 あまねは大きな声で、少年に訊ねた。

 「……」

 少年はゆっくりと首肯した。少年の涼しい瞳も、そうだと、言っているような気がした。

 あまねは山本美咲について注意しておくことにした。

 「あんたっ、ホームルーム終わった後に山本美咲とイチャついとったやろ。悪いことは言わへん。山本美咲はやめといたほうがええ。これだけは言っておく。山本美咲はやめとけ」

 あまねは大きくしゃがれた声で、少年に警告を与えた。

 あまねは美咲のことが嫌いだった。

 「あいつは貧乏を武器にして、男を食いよるからな。健気なふりして、人に擦り寄るコバンザメや。あんたも気ぃ付けたほうがええで」

 あまねはそう吐き捨てると、パトリーと公園をあとにした。

 少年は表情一つ変えずあまねの言葉に耳を傾けていた。そして、何も言わず、素振りを再開した。

 あまねはアスファルトの道を歩きながら、自分の心がむしゃくしゃしているのを感じていた。

 どこかにこの怒りをぶつけたい。

 あまねは人に暴言を吐くことで得体のしれない怒りをコントロールしていた。

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