第47話 ソイレントグリーン

「結局これってなんなんでしょうね」


 壁に張り付いた肉の蔓をぼんやり眺めて、クリスタは言った。


 調理施設の解析と材料調達を終え、シュガーの案内スキルに従って最上階を目指している。シュガーのなんちゃってエレベーターには懲りたので、階段だ。今は十階で、食料合成機のある最上階は十五階だそうだ。


「知らねぇし、知りたくもねぇな。確かなのは、今日からこいつがテーブルに並ぶって事だけだ」


 陰鬱そうにウルフが告げる。グールのお陰で肉だという事が判明したので、とりあえず数十キロ程収納した。数日後にまた来て、切り取った部分が再生しているか確かめる予定である。シュガーの鑑定によれば、食用肉として作られたとしか思えない程良質な肉らしい。


「……なんか、上に行く程増えてますよね」

「……そうだな」

「……もしかして、最上階に本体みたいなのがあるのかも」

「……言うなよ。考えないようにしてんだ」

「……すみません」

「ちょっと妙ですねぇ」


 しばらく黙っていたシュガーが、いきなり言った。


「なにが妙なの?」

「合成食材とか料理のレパートリーを増やしたくて、生きてる端末に片っ端からアクセスして情報を攫ってたんですけど。なんかここ、最終的に菜食主義者の過激派カルトに乗っ取られてるっぽいんですよね」

「えーっと、どういう事かな?」

「元々はお肉屋さんだったんですけど、お肉は絶対食べないし食べる人も許さない! って宗教の人達に乗っ取られたって事です」

「言ってる事は分かるが、意味が分かんねぇな。それって、神に滅ぼされたって古代人の話だよな?」

「ですよぉ」

「教会ではそんな風に言われた事なかったけど。昔は違ったのかな?」


 宗教と言うからには、教会の話なのだろう。今の教会の教えはシンプルである。神を崇め、恵みに感謝せよ。悪魔は敵であり、魔族や魔物はその眷属である。成り損ないは神に見放された存在で、人ではない。裁かれた古代人のように悪魔に唆される事のないように正しく生きよ。このくらいだ。


 その他の細かいルールは全部国が決めている。神様の御意思に反していないか、教会のチェックが入るそうだが、特にあれが駄目とかこれが駄目という事はないらしい。だから、国によってルールが全然違うのだとか。クリスタにとってはあの小さな村が世界の全てだったので、詳しい事は知らなかったが。


「今がどうかは知りませんけど、昔は色んな考えの教会があったんですよ。で、それぞれが自分だけが正しいって思ってたんです。俺の考えた最強の教会バトルです」

「そりゃ、神も怒って世界を滅ぼすな」


 皮肉っぽく、ウルフが鼻で笑った。


 そんな世界は、クリスタには想像も出来なかった。教会は一つだけで、絶対に正しいのだ。別の教会など騙ったら、天罰が下る。シュガーやイブリスと出会ってからは、教会は間違っているかもしれないと疑うようになったが、それでも、いまだに恐れ多い気持ちはある。


「まぁ、その辺の事情はどうでもいいんです。大事なのは、なんで菜食主義者の過激派カルトがここを乗っ取ったのかって事ですよ」

「よくわかんないけど、お肉の事を悪魔みたいに思ってる人達って事でしょ? じゃあ、お肉を作らせない為じゃないかな?」

「だったら二度と使えないように壊されてるはずじゃないですか?」

「それは……確かにな」

「それに、データによれば、神の裁きがあった直前まで、この施設は稼働してるんです。つまり、お肉を作ってたって事ですよ。それって、おかしくないですか?」

「おかしいっちゃおかしいが、それこそ神に滅ぼされるような連中だろ? ただたんにおかしかったって事なんじゃねぇか?」

「私もなにがあったかは知らないですけど、神の裁きってもっとこう、無差別でヤケクソチックな感じだったと思うんですよね」

「だとしたら、神ってのは本当にろくでもねぇ野郎だな……」


 呆れたようにウルフは言う。


「……もしかして、このお肉の蔓、その人達が作ったんじゃないかな?」


 思いついて、クリスタは言った。


「肉が嫌いな連中なのにか?」

「嫌いだから、植物にしちゃったんじゃないですか? そしたら、その人達もお肉を食べれるわけですし。嫌いだけど、本当はお肉を食べたかったんですよ」

「んなアホな……」

「いえ! マスターの言う通りかもしれないですよ! だってこの植物、明らかに人工チックな雰囲気がありますし! その手のカルトって、元々は人間が生きる為に他の生き物の命を奪うなって思想から始まってるので、植物にしちゃえばセーフ! って事で、この施設を乗っ取って研究してたのかもしれないです! って言うか、マスターがそう言うんだから間違いないです! あー、スッキリしたぁ♪」

「いや、俺は全然納得出来ねぇんが……」

「どうせ答えなんか分からないんですから、それっぽい説明がつけばそれでいいんですよ。あとはそうですねぇ。この植物が食料合成機の材料にする為の物で、それが溢れてここまで伸びてるんだとしたら、証明になるんじゃないですか?」

「じゃあ、最上階に行けば答えが分かるって事だね」

「ですです♪」


 そんな風に言われると、不気味な肉の植物に塗れた階段を歩くのも、少しはやる気が出た。


 邪魔くさかったが、生き物だと思うと切り払うのは躊躇われた。肉で出来たただの植物だと言うのなら、話は別だ。


 程なくして、進むのが困難な程肉の蔓が増えたので、クリスタは剣を振り回して道を拓いた。血が噴き出したが、植物だと思えば胸も痛まない。

 そして一行は、最上階にある、食料合成機があるという部屋にたどり着いた。


「……なに、これ」

「……クソッタレ! こいつは、魔族なのか!?」

「あー。これはちょっと、予想外でしたねぇ」


 クリスタは茫然とし、ウルフは吐き気を堪えるように呻いた。シュガーは苦笑いを噛み締めているのだろう。


 大掛かりな神具が並ぶ大部屋の天井近くに、肉の蔓を膨らませたような巨大な塊がぶら下がっていた。全ての肉の蔓は、その塊から伸びていたるようだった。塊の真ん中には、人間の顔がくっついていた。


「……シテ……コロ……シテ……」


 若い女の顔は、血の涙を流しながら、そんな言葉を呟いていた。こちらに気付いた様子はない。暗闇の中で助けを求めるように、ただその言葉だけを繰り返している。


「今肉の蔓を詳しく鑑定したんですけどぉ、成分的に、かなり人間のお肉に近いですねぇ。回復スキルを持ってる人間と植物を合成して、無限にお肉の獲れる蔓にしちゃったみたいです」

「なんて事を……」


 ウルフはそれ以上言葉が出ないようだった。


「うっ……」


 堪えきれず、クリスタは胃の中身をぶちまけた。間一髪、シュガーがヘルメットを開いてくれたようで、ゲロ塗れにならずに済んだ。


「これ、どうします? 一応、施設が動いてる限りは無限にお肉が獲れますけど」


 クリスタが落ち着くと、シュガーが聞いた。


「決まってるよ……こんなひどい事、許しておけないよ! 早く、楽にしてあげないと!」


 泣きながら、クリスタは叫んだ。


 教会の司祭は、古代人がどんな風に邪悪だったのか、具体的な事は教えてくれなかった。多分、彼も知らなかったのだろう。クリスタも、なんとなく邪悪なんだろうと思っていたが、ここまで酷いとは思っていなかった。思うわけがない。こんなおぞましい事、想像する事すらはばかられる。


「この大きさですし、再生能力もあるようなので、ちょっとやそっとじゃ死なないですよ?」

「シュガーのスキルでどうにかならない?」


 こんな状況である。クリスタは躊躇せず、天使の力を頼った。


「そーですねぇ。危ないのでもう少し後にしたかったんですけど、これはもう焼くくらいしかないので、炎スキルを解除しちゃいましょうか」

「……念じるだけでいいの?」

「そうですけど、その前に、食料合成機の解析をしないとですね」

「そうだね。急げる?」

「マスターのお願いなら幾らでも!」


 シュガーには悪いが、可能な限り急いで貰った。

 先程のグールたちの比ではない。

 もう一秒だって、この可哀想な誰かを生かしたままにしてはおけなかった。


「燃えろ……」


 用事が済むと、クリスタはシュガーのアドバイスに従って、肉塊に両手を向けた。掌から凄まじい量の炎が噴き出して、肉塊を包んだ。


 断末魔の叫びと共に、肉の焼ける美味しそうな音が部屋に響いた。きっと、良い匂いがしているのだろう。クリスタは、ヘルメットが匂いを遮断してくれる事に感謝した。


 部屋の熱さに耐えられないので、ウルフには先に建物の外に出て貰った。クリスタの天使の鎧は防火性能もあるので、全く平気だった。灼熱の炉のようになった部屋の中で、クリスタは炎を出し続けた。


 そして祈った。


 神様、お願いです。

 どうか、この可哀想な人の魂に安らぎを与えてください。


 やがて全てが燃え尽き、後には真っ白い灰だけが残された。

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