第46話 僕はもう、無能の役立たずじゃ駄目なんだ。

 騒ぎに気付いて、三匹のグールが顔を上げた。

 グルルルル……と、呻るように威嚇してくる。


「ウルフさんは下がっててください!」


 クリスタは叫ぶと、変身を使った。天使の鎧の籠手の部分から、生えるように長剣が飛び出す。愛着があったので、これまでクリスタはシュガーから貰った剣を使っていたが、シュガーから、あれは急場を凌ぐ為に適当に作った物なので、これからは変身を使って戦って下さいと言われていた。


「そうはいくか! 俺も戦うぜ!」

「ワンちゃんの天使の鎧はそんなに丈夫じゃないですし、ちょっとでも壊れたら悪魔の呪い直撃ですよ~」

「ぐっ……けどよぉ!」

「平気ですから! 僕は……みんなの救世主になるって決めたんです! だから、もっと強くなって、みんなを守れるようになりたいんです!」


 クリスタは、シュガーのように上手く力を使ってみんなの生活を良くする事は出来ない。

 イブリスのように、頭がいいわけでもない。むしろ、世間知らずで馬鹿な方だろう。

 そんな自分に出来る事と言えば、戦う事くらいだ。


 得意ではないし、好きでもないが、それでも自分は戦士の子なのだ。

 だから、クリスタは戦う事にした。それくらいしか、みんなの役に立てそうもないと思ったのだ。

 クリスタの小さな背中に、ウルフは男の決意を見た。


「……わかったよ。けど、無理すんなよ!」

「平気ですよ。私のマスターは、最強なんですから」


 何を根拠にそんな事を言うのか分からない。きっと、根拠などないのだろう。だが、シュガーの信じる気持ちは、いつだってクリスタに力を与えてくれた。彼女の向ける期待なら、クリスタも重荷には感じなかった。


「グルルルルルルァァァ!」


 土気色の亡者達が一斉に駆けだした。手足を振り乱し、めちゃくちゃなフォームだが、並の戦士では出せないような速度で走って来る。


「気をつけろクリスタ! グールの強さは元の人間の強さに比例する! こんな遺跡の奥までやってくるような冒険者だ! 相当強いぞ!」

「はい!」


 背中で答える。クリスタも既に駆けだしていた。これはウルフを守る戦いだ。出来るだけ、グールを近づかせたくない。


 先頭のグールが跳躍した。魔物になった事で変異したのだろう、広げた両手には鋭い爪が生えている。大きく開いた口も、全ての歯がワニような牙に変っていた。


 そんな姿に、クリスタは同情した。死んでからも魔物になって彷徨うなんて、可哀想だ。死んだ人は、ちゃんと死なせてあげないと!


 迷いのない一撃が、跳んできたグールを両断した。

 ほとんど同時に、後ろに控えていた二体目が抜き手を放ってくる。あっさり避けて、横薙ぎの一撃で胴体を切り離す。


「グルルルルァ――ギャッ」


 床に転がった上半身が腕を伸ばしてくるが、クリスタは即座に脳天に剣を突き刺して止めを刺した。

 三体目は四つ足で壁を走り、クリスタの脇をすり抜けてウルフへと向かって行った。


「伏せて下さい!」


 ファイティングポーズを取るウルフに叫ぶと、クリスタは手の中の長剣を槍に変え、力いっぱい投擲した。


 ウルフに飛び掛かったグールは空中で頭を貫かれ、そのまま壁まで飛んでいって磔になった。だらりと垂れ下がった手足がビクビクと痙攣して、だらりと垂れ下がる。


「すみません……一体行かせちゃいました……」


 しょんぼりして、クリスタは謝った。

 本当は三体とも止めるつもりだったのだ。

 ヘルメットの中で、ウルフは大口を開けていた。


「……いや、上出来だろ。強いとは思ってたが、ここまでとは……」

「そんな事ないですよ。動きは早かったですけど、それだけですし」

「はぁ? こいつら、鉄みたいに硬かっただろ?」

「ぇ?」


 意味が分からず、クリスタは困惑した。斬った手応えはほとんどなかった。むしろ、柔らかいくらいに感じていた。


「高強度の変異体は、大なり小なり豚ちゃんみたいな頑丈スキルを持ってるんですよ。それで見かけ上は硬くなるわけですけど、マスターの場合は……なんて説明したらいいんですかね。M粒子による運動エネルギーの偏向分散現象を攻撃に利用して、相手の防御を相殺したり破壊力を上げてるわけで……攻撃強化スキルとでも名付けておきましょうか」

「ぁ、うん……」


 難しくて、クリスタにはよくわからなかった。とにかく、自分で思っているよりも凄い攻撃だったという事なのだろう。


「ちなみにですね、M粒子は精神に感応する性質があるので、マスターが殺る気満々だったからその分攻撃力が上がったって感じですね。逆に豚ちゃんと戦ってた時は殺る気ナッシングだったので発動しなかった感じです」

「だからよぉ天使様。天使語じゃなくて分かるように話してくれよ」

「神様の奇跡の力は使う人の気持ち次第って事です」

「そうなんだ……」


 自分の手をじっと見て、クリスタは呟いた。自分の勇気が力になって、鉄のように硬いグールを切り裂いた。そう思うと、なんだか誇らしい気持ちになってくる。


「ですです♪ それはそうと、変身で作った武器はあんまり投げないで欲しいですね。室内だからいいですけど、外で投げて失くしちゃったら、その分マスターの中の私が減っちゃいますからね!」

「うん。分かってたんだけど、他に思いつかなくて投げちゃった。ごめんね……」


 数日前にウルフとワニを狩った時の事を思い出して槍を投げたのだ。上手くいったが、シュガーには悪い事をしてしまった。


「はふはふ……反省するマスターもカワユスです……こういう時の為に、生産スキルを使う練習もしてもいいかもですね。飛び道具は生産で、使い分けです」

「だね。もっと上手く戦えるように鍛えないと。イブリスさんにお願いして、訓練の時間を作れないか聞いてみるよ」


 言いながら、クリスタは壁に刺さった槍を回収した。どさっと、磔になっていたグールの死体が床に落ちる。


「……ねぇシュガー。この人達、倉庫にしまってもいいかな?」

「勿論! 貴重なたんぱく源ですからねぇ」

「食べないよ!?」


 ギョッとして、クリスタは叫んだ。


「え? じゃあ、どうするんですか? あぁ、私の輝石用ですか? マスターってば優しいんだからぁ♪」

「そうじゃなくて! その、期待させちゃって悪いんだけど……知らない人達だけど、ちゃんと葬ってあげたくて……」


 わがままを言っているなと思いつつ、クリスタはウルフを振り返った。案の定、狼の顔は呆れていた。


「その……丁度いい場所があればですけど……」

「……アジトの外だが、ダンジョンに墓地として使ってる場所がある。目立つわけにはいかねぇから、埋めた上に適当な瓦礫をのせてるだけだけどよ」

「……そこに埋めさせてもらってもいいですか?」

「……いや。あそこはノーマンの場所だ。人間と一緒になるのは、死んだ連中も嫌だろうよ」

「……そうですよね」


 ウルフの気持ちは、クリスタにも理解出来た。お墓になっている場所に葬ってあげたかったが、無理ならば仕方ない。時間のある時に、遺跡の外に場所を見つけて埋めるしかないだろう。


「……そんな顔すんな。墓に出来そうな場所は他にもある。そいつを教えてやるよ」


 それを聞いて、クリスタは嬉しくて笑顔になった。


「ありがとうございます! ごめんなさい、わがまま言っちゃって」

「……俺だって、人間だった時はあるんだ。お前の気持ちは、分からないわけじゃねぇ。けど、他の連中にはバレないようにやった方がいいだろうな。連中はお前の事を、ノーマンの救世主だと思ってる。なにが言いたいのかは、分かるよな?」

「……はい」


 理解は出来る。

 だからと言って、同意できるわけではなかったが。

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