第45話 Nice to meat you
「チ~ン。到着でーす」
楽しそうにシュガーは言った。
時間にすれば一分ほどだろうが、クリスタには物凄く長く感じられた。
腰砕けになりながら、ふらふらとエレベーターから這い出す。
「こ、怖かったぁ……」
「二度と乗らねぇからな!」
「またのご利用をお待ちしてま~す♪ 具体的には最上階とか帰りとか」
「階段でいいよ!」
涙目になってクリスタは叫んだ。
そして、廊下の異変に気付いて喉を引き攣らせた。
「ひぃっ!?」
外壁に張り付いていた不気味な植物が、七階の壁や天井にも張り付いていたのだ。
「近くで見ると余計に気色悪りぃな……」
ヘルメットの中でウルフが顔をしかめる。
謎の植物は、間近で見るとどこか肉のような印象をクリスタに与えた。色こそ緑色をしているが、柔らかそうな表皮はむっちりとして、太った人の腿のようだ。表面には、太い血管のようなものが沢山浮かんでいる。
「確かに妙な植物ですねぇ。って言うか、本当に植物なんでしょうか? サーモグラフィで見た感じ、恒温動物チックな温度なんですけど」
「動物!?」
ギョッとして、クリスタが叫んだ。
「だとしたら、魔物の類か? こんな魔物は噂だって聞いた事はねぇが、魔物ってのはなんでもありのバケモノだからな……」
「調べてみてくださいよ」
ビビり散らかす二人に、シュガーは言った。
「やだよ! こんな気色悪いの!」
「俺もパスだ。見てるだけで鳥肌が立つぜ」
「でもでもぉ、合成肉の材料に出来るかもしれないじゃないですかぁ? なんか沢山生えてるみたいですし、植物みたいなお肉だったら、安定して収穫できるかもですよぉ?」
「これ食べる気なの!?」
「嫌ならマスターの分は別で用意しますけど。ノーマン用にはいいんじゃないですか?」
「おまえなぁ!」
ウルフは聞き咎めるが。
「なんですか? 文句あるんですか? お腹いっぱい食べられるんならいいじゃないですか。ちょっと見た目がキモイくらいでブーブー言っちゃって! どうせ分解して合成肉にしちゃうんですから、元がなにかなんて関係ないと思いますけど。ていうか、他の魔族さんだって結構エグイ見た目の材料持ち込んでるんですからね!」
「ま、マジで?」
「マジです。知りたいなら具体的に教えてあげますけど」
「いや、知りたくない……」
「大ミミズ、大ナメクジ、大ゴキブリ」
「いいって言ってんだろ!?」
「な、ナメクジ……う、うぇええ……」
想像して、クリスタは吐き気がしてきた。
「だーかーらー、一度分解してるから関係ないんですってば。そんな事言ったら、アジトの飲み水だって、ろ過システムでリサイクルしたおしっこなんですからね!」
「もういい。頼むからこれ以上知りたくもない現実を突きつけないでくれ……」
「もう僕、お水飲めないよ……」
「大丈夫ですよ? マスターの飲み水はちゃんと私の――」
「知りたくない! 本当に知りたくないから!」
「これが本当の聖水です。なんちって♪」
冗談のつもりだろうが、全く笑えなかった。
「でも、実際問題食べられるんなら見た目を気にしてる場合じゃないと思いますけど? イブリスさんももっと人口を増やしたいような事言ってましたし」
それはクリスタも聞いていた。イブリスの目的はノーマンズランドを名実ともに一つの国として人間達に認めさせることである。その為には、たった二百人そこいらでは少なすぎる。人口を増やすには、それを養う為の食料がいる。悪魔の呪いが濃い場所で育つ、肉のような植物があるのなら、使わない手はない。
「……ちぃ。魔王様の名前を出されたら、嫌とは言えねぇよな」
どうやら、ウルフは決心したらしい。
「だったら、僕がやりますよ」
すかさず、クリスタも言った。ここで黙っていては、嫌な事を押し付けたみたいになってしまう。そんなのは卑怯だし、男らしくない。ウルフも同じ事を思っているようだったが。
「いや俺が」
「僕が」
「俺が」
「僕が」
「どっちでもいいんで早くしてくれませんか?」
欠伸をしながら、呆れた様子でシュガーは言った。
男には、複雑な見栄とプライドがあるのである。
「しかたねぇ。ジャンケンでもするか――ん?」
言いかけて、不意にウルフは背後を向いた。
「どうかしました?」
「……なにか、妙な物音がするな」
「えぇ!?」
驚いた口を、クリスタは慌てて押さえた。
「魔物ですか?」
押し殺した声で尋ねる。
「多分な。メットのせいでよく聞こえねぇが、何か食ってるような音だ」
「じゃあ、狩っちゃいましょうか」
忍び足で通路を進む。
何度か曲がった先に、それはいた。
「……こいつは食い物には出来ねぇな」
皮肉るように、ウルフは言った。
「グールだ!」
クリスタが叫んだ。
悪魔の力で動き出した人間の死体である。時折、近くで野たれ死んだ冒険者かなにかが、グールになって村を襲う事があったので知っていた。
盗掘にやってきた冒険者だったのだろう。武装した三人組の男である。全員深手を負って、衣服や装備は二種類の血で汚れていた。一つは赤黒く固まった古い血。もう一つは眩しい程に鮮やかな鮮血である。
三匹のグールは、その場にしゃがみ込んで例の不気味な蔓を貪っていた。破けた表皮の中には赤々とした肉があり、大量の血を流している。
「ほらぁ! やっぱりお肉じゃないですか! 確かめる手間が省けてよかったですねぇ」
緊迫した空気の中、場違いに明るい天使の声が響いた。
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