第44話 フリークライミング

 シュガーの案内スキルのお陰で、冷蔵庫までは迷わずに行けた。扉は閉まっていたが、クリスタが一言開けと言ったら開いた。


 冷蔵庫は巨大な大部屋で、中には空っぽの大きな鉄の箱が沢山転がっているだけだった。壁の向こうに部屋を冷やす為の神具があるそうなので、シュガーに言われた通り、あっちこっち手をかざして回った。クリスタはそんな風に感じなかったが、ウルフは寒いと言っていた。クリスタの天使の鎧は特別製で、中の温度を快適に保つ力があるらしい。


 それが終わると、奥の部屋に向かった。冷蔵庫に比べれば小さな部屋だったが、中には大きくてごちゃごちゃした四角い神具がぎっしり並んでいて、太い鉄の管があちこち這い廻っていた。それにも手をかざして、解析が終わったらどこでも倉庫に収納した。ついでに、鉄の箱もいくつか収納した。生産や複製を行う際の材料するらしい。


 シュガーとクリスタは一心同体なので、解析スキルはクリスタの身体を使ってシュガーが行った。だから、クリスタには何の実感もなかった。


「それって、僕にも出来るのかな?」

「出来ますよ? 解析作業は私の方でやるので、変身やどこでも倉庫みたいに念じるだけでオッケーです。解析した物は変身や生産で作れるので、作りたい時は同じように念じるだけで大丈夫ですよ」

「前から気になってたんだけど、変身と生産ってなにが違うの?」

「マスターと同化した私の一部を使うのが変身で、そうじゃないのが生産ですね。変身の方が優秀ですけど、使える量に限りがありますし、私はマスター以外の人に使われたくないので、家具みたいにずっと置いておく物とか、大量に作ったり誰かにあげたい時には向かないですね。その場で使ってすぐ消すのは変身で、それ以外は生産って感じでしょうか?」

「変身で作った物はシュガーの一部だから大事にしないとって事だね」


 よくわからなかったので、クリスタはそのように解釈した。


「ですです♪」


 シュガーもそれで納得したらしい。

 冷蔵庫での用事が済んだので、再びシュガーの案内スキルを頼りに、調理設備があるという七階を目指した。


「あれ? 上に行くんじゃないの?」


 戸惑って、クリスタは尋ねた。


「そうですよ?」

「でもここ、階段じゃないよ?」


 光の道は廊下の途中にある扉を示していた。


「エレベーターって奴だろ?」


 得意気にウルフが言った。


「遺跡やデカい街の建物には、部屋ごと動いて上まで運んでくれる便利な神具があるって聞いた事があるぜ」

「そうなんですか?」

「あぁ。ノーマンは街に入れねぇから、俺も実物を見たわけじゃねぇけどよ」

「なるほど……大きな街はエレベーターがあるくらいには栄えてるんですか。まぁ、どうせそっちは人力とかなんでしょうけど」


 ぶつぶつと、シュガーが呟いた。


「これ、どうしたらいいの? また何か命令すればいいのかな?」

「そうですね。ロックがかかってるみたいなので、動けって命令して、そこの上向きの矢印が描いてある出っ張りを押してください」


 クリスタは言われた通りの事をした。


「……なにも起きないよ?」

「えっとですね、この扉の向こうは縦穴になってて、その中を部屋が上下に移動するんですよ。落ちたら危ないので、部屋がこの階に下りて来るまで、扉は開かないようになってるんです」

「そうなんだ」


 凄い神具だと感心して、クリスタは待った。

 十秒が経ち、二十秒が経ち、三十秒が経った。


 この建物は物凄く大きいので、上の方から降りてくるなら、そのくらいはかかるのだろうと思ってクリスタは気にしなかった。

 四十秒が経ち、五十秒が経ち、一分が経過した。


「……ぁ」


 気まずそうにシュガーが呻いた。


「上の数字が動いてないので、多分これ、壊れてますね……」


 案内スキルの矢印が、扉の上の四角いガラス板を指した。光る文字で、12と書いてある。多分、これがゼロになると到着するのだろう。そんな風にクリスタは思った。


「マジかよ。エレベーターって奴、一回乗ってみたかったんだけどな」

「ですね」


 残念がるウルフに、クリスタも同意する。


「むぅ! ワンちゃんはともかく、マスターの希望なら叶えないわけにはいきませんね! 私がなんとかするので、とりあえずそのドア、開けちゃってください」

「うん――開け」


 命じると、エレベーターのドアが左右に開いた。中は真っ暗で、小さな物置くらいの大きさの縦穴が真っすぐ上下に続いている。


遠隔操作リモートモードでマスターの中の天使の力を使うので、びっくりしないで下さいね」


 告げると、クリスタの変身が勝手に発動し、縦穴と同じくらいのサイズの小部屋が出来上がった。


「こんな事も出来るんだ?」

「ですよぉ? なのでぇ、私がその気になればぁ、いつでもどこでもマスターを恥ずかしくて可愛い格好に着替えさせる事も出来ちゃうんです♪」

「そんな事したら怒るからね」


 断固として、クリスタは言った。ノーマン達にハンバーグを振る舞った時も、大変そうだから手伝うと言ったら、応援して下さい! とか言ってフリフリの恥ずかしいエプロンを着させられた。シュガーはとっても良い子なのだが、よくない趣味の持ち主なのだ。


「冗談ですってば! ささ、乗っちゃってくださいよぉ」

「本当かなぁ……」


 疑いつつ、とりあえずウルフと共に部屋に入った。


「それではぁ~、上に参りまーす♪」


 シュガーが声色を作って言った途端、部屋がガタガタ揺れ始め、奇妙な浮遊感でクリスタの男の子がひゅんひゅんした。


「わ、わわ、これ、こ、怖いよ!?」

「大丈夫なのかよ!?」


 二人して、壁に張り付いてシュガーに聞く。


「部屋に手足を生やして無理やり壁を登ってるので、多少の揺れは仕方ないですね」

「えぇ!?」

「俺も知らねぇけどよ、エレベーターって絶対そういうもんじゃねぇだろ!?」

「そんな事言われても、私だってエレベーターの仕組みなんか知らないですし。元の部屋がないから構造解析も出来ないので、これで我慢してくださいよぉ」


 言ってる途中で、突然部屋がガクンと落下した。


「わぁあああ!?」

「おいいいいいい!?」


 二人して悲鳴をあげる。幸い、落下は数メートルで止まった。


「エヘ、ちょっと手が滑っちゃいました♪」

「もういいよ! 満足したから! 階段で行こう!?」

「頼むから降ろしてくれ!」

「次は四階、四階、遺伝子操作ラボになりま~す♪」


 不格好な手足を必死に壁に押し付けて、即席のエレベーターが縦穴をよじ登った。

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