第43話 奇跡の石

 入口は分厚い金属の門で閉ざされていたが、クリスタがちょっと屈んだくらいの直径の大穴が開いていたので苦労せず入ることが出来た。穴の周りは溶けたようになっていて、どんな怪物がこんな事をしたんだろうと思うと、クリスタはまた怖くなった。


 窓はないが、中はぼんやりと明るかった。天井に、ダンジョンにあるような光る神具が沢山ついていて、それが白い光を放っている。壊れている物が多いが、暗くて見えないという程でもない。酷く荒らされたような跡はあったが、建物自体はさほど壊れてはいなかった。


「ふむふむ。建物は生きてるみたいですね」

「生きてるの!?」


 何気ないシュガーの一言に、クリスタは驚いて辺りを警戒した。どういう意味か分からないが、気持ち悪い植物を見た後なので、物凄く嫌な感じがした。

 それを見て、面白がるようにウルフは言った。


「本当に生きてるわけじゃねぇよ。この建物を動かしてる神の奇跡がまだ残ってるって意味だ。そうだよな?」

「そうですけど、解説役は私なので取らないで欲しいですね」

「なんだ。びっくりしちゃった」


 ホッとして、クリスタは言った。遺跡とかダンジョンがどういったものなのか、いまだによくわかっていないので、生きていて人を食べちゃう事もあるような気がしていたのだ。


「俺達がアジトにしてるダンジョンもそうだし、インベンターみたいな神具や神の使いなんかも、みんな奇跡の力で動いてるって聞くぜ。実際アジトの設備を維持するには、魔物が持ってる輝石って石ころが必要だしな」

「輝石が何かは知ってますよ。悪魔が神様から奪った奇跡の力が詰まってる石ですよね?」


 悪魔は神様から奪った奇跡の力を使って魔物を生み出す。だから、魔物の身体の中には奇跡の力の塊である輝石という光る石が入っているのだ。強い魔物程、持っている輝石は大きく、光も強いらしい。


 奇跡の力の結晶なので、神具を動かす力があり、教会も悪魔が奪った神の力を取り戻す為、率先して買い取っている。国や教会に払う税金も輝石で払う事が認められているので、魔物狩りは村の戦士達の重要な仕事でもあった。クリスタも、小さい魔物の死体を使って輝石を取り出す練習をした事があった。何に使う物なのかは、よくわかっていなかったが。戦士は戦う事が仕事なので、余計な事は考えなくていいと言われていた。


「生体濃縮によるM粒子の結晶化現象ですね。M粒子を使った機関は小型化可能な高性能動力炉として一般化されていたというデータがあります。かくいう私も有機燃料ごはんはおまけで、基本はM結晶で動いてますし」

「解説役を気取るなら、俺達にも分かるように喋って欲しいもんだぜ」

「私も輝石を食べて動いてるって事ですよ」


 拗ねたような口調でシュガーは返した。


「本当? そんな所、見た事ないけど……大丈夫? お腹空いてない?」

「大丈夫ですよ。マスターが狩ってくれた魔物から適当に抜き取ってもぐもぐしてるので」

「そっか。ならよかった」

「えへへへ……でもでもぉ、私は最上級の神の使いなのでぇ、輝石はいくらあっても大歓迎なんですけどね。女の子は光物が大好きなんですよぉ?」


 おねだりするように、シュガーは言った。

 それを聞いて、クリスタは決意した。


「そうなんだ……じゃあ僕、沢山魔物をやっつけて、沢山輝石プレゼントするね!」


 これまでシュガーには沢山助けてもらった。これからも、もっと沢山助けてもらうだろう。だからクリスタは、常々彼女になにか恩返しをしたいと思っていた。シュガーはクリスタとイチャイチャ出来るだけで満足だと言っているが、それではクリスタの気が済まない。欲しい物があるのなら、話は早い。魔物をやっつけて手に入ると言うのなら、クリスタにでも用意出来そうだった。


「マスター! はぁん♪ 好き過ぎて震えますぅ……ぇ? 魔族が狩りから戻ってきた? 空気読んでくださいよ! 今忙しいでしょう!? その辺に適当に積んどいてください! え? 怪我してるって? あぁもう! 分かりましたよ! マスター! ちょっと離席しますね!」


 遠話スキルを切ったのだろう。シュガーの声が聞こえなくなった。


「見せつけてくれるじゃねぇか。なぁ、救世主様?」


 その隙に、ニヤニヤしながらウルフが肘で小突いてくる。


「それくらいの事しか、僕には出来ませんから」

「そうかぁ? 天使様はお前にぞっこんらしいし、身体で払ってやりゃあいいじゃねぇか。そうすりゃ、便所でコソコソ自分を慰める必要もなくなるわけだしよぉ?」

「ウルフさん!?」


 真っ赤になってクリスタは叫んだ。


 シュガーは天使様である。神の使いで、神聖な存在なのだ。本来なら、こんな風に助けてもらっているだけでも恐れ多い。エッチな事をするなんて、とんでもない!


「はは、冗談だよ。お前らの事だ。俺が口出すのは野暮ってもんだ」

「うぅぅ……」

「戻りましたぁ! あれ、マスター? なんで涙目なんですか? ちょっとワンちゃん! 私が見てない間にマスターの事いじめたでしょ!? マスターをいじっていいのは私だけだって何度言ったら分かるんですか!」

「イジメてねぇよ。俺はただ――」

「わぁー! わぁー! なんでもないから! それより、探索しないと! ね!?」


 バタバタと手を振り回してクリスタは言った。ウルフの話を聞いたら、シュガーはきっと大喜びで乗って来る。クリスタだって男の子である。シュガーの事は大好きだし、いけない気持ちになってしまう事だってある。シュガーに本気で迫られたら、きっと断れないだろう。でもシュガーは、クリスタがマスターだから好いてくれているだけなのだ。それは仕方ない事かもしれないが、だからこそ、シュガーとそういう関係になるのは、胸を張って、自分は彼女のマスター以上の存在だと言えるようになってからにしたかった。


「むぅ。なにかとってもいじりがいのありそうな匂いを感じますが。ぐずぐずしてたらご飯の時間になっちゃいますしね。とりあえず設備は生きてるみたいなので、手っ取り早く端末から見取り図を貰っちゃいましょうか」


 案内スキルを使ったのだろう。クリスタの視界に光の矢印が生まれて、カウンターの辺りを指し示した。


「そこのカウンターに手をかざして貰っていいですか?」

「うん、わかった」


 言われた通りにすると、カウンターのひび割れたガラスの天板が発光し、謎の文書や絵が理解する間もない速さで次々表示された。


「オッケーでーす。冷蔵庫は一階、調理設備は七階、食料合成機は最上階にあるようなので、とりあえず下から攻めましょうか」


 そう言うと、クリスタの視界に、案内スキルの光の道が現れた。

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