第42話 シペトテックプラン
「……ねぇシュガー。本当にここが目的の場所なの?」
間違いであって欲しいと願いながら、クリスタは尋ねた。
ゲイザーから地図情報を得た後、シュガーの案内スキルで浮かび上がった光の道を辿って、やってきたのがここだった。
「ですです。データによれば、食料生産センターって事になってますね」
「……悪魔の巣穴の間違いだろ」
呑気に告げるシュガーに、呻くようにしてウルフが言った。
遺跡探索は今後のノーマンズランドの発展に関わる事なので、イブリスとの会議でもまだ詳しい方針は決まっていない。が、それはそれとして、シュガーの要望もあり、一件だけ、早急い解決したい問題があった。
食糧問題である。
現状、ノーマンズランドの食料事情は百パーセントシュガーの料理スキルに依存している。彼女が本来食用に適さない食材を安全でクリーンな合成肉に作り変えているから、なんとか食べていけるのである。
とは言え、二百人以上の食料である。それも三食だ。これを毎日合成するのは、かなりの手間である。毎日せっせと魔族達が狩ってくる諸々の食材を亜空間倉庫に冷凍貯蔵するのもシュガーの仕事である。一度で済めばいいのだが、狩りなのでバラバラに持って来られて、物凄く手間である。クリスタとイチャイチャしていても、いちいち呼び出されて非常にストレスだった。
ノーマン達がアジトにしているダンジョンには大型の冷蔵庫が設置されていたが、前の持ち主が他のなにかを修理する為に使ったのか、所々パーツを抜かれていて、使い物にならなかった。また、シェルターとして機能していた際は、食料は保存食頼りだったらしく、食料合成機は勿論、ちゃんとした調理場も設置されていなかった。だから、まともな食事を作ろうとすると、調理もシュガーが行わなければいけない。これで、一日の大半が潰れてしまうのである。
クリスタの為ならともかく、その他の有象無象の為にそんなに時間を奪われるのは、シュガーとしては我慢ならなかった。イブリスとしても、シュガーは有能なので、他にやらせたい事が山ほどある。
シュガーの能力では、知っている物や構造解析した物は作れるし、知らない物でも、構造的に欠落のない破損であれば修理できるが、知らない物は作れないし、同じ理由で、パーツが欠落した装置の修理も出来なかった。
そういった事情があり、冷蔵庫、食料合成機、調理場の解析データと作成する為の材料を求めて、シュガーが目星をつけたのがこの食料生産センターだった。
見上げる程もある、巨大な正方形の建物である。元々は真っ白だったのだろう外壁は、ひび割れて汚れ、黒ずんでいた。見た所は窓がない。そんな建物は、遺跡には幾らでもあった。二人が怯えているのには、理由がある。
「ねぇシュガー……なんか、物凄く気持ち悪い動く蔓みたいなのが建物を覆ってるんだけど……」
泣きそうになりながら、クリスタは言った。
薄霧のせいではっきりとは見えないが、建物の上部が一部崩壊して、そこから伸びだした大量の蔓が壁面を覆っていた。あちこちコブのように肥大化した緑色の蔓は、人の腕くらいの太さがあり、びくん、びくんと不規則なリズムで蠢いている。
「マスターの視界を共有しているので見えてますよぉ。よくわかんないですけど、なんかの植物が悪魔の呪いで変異したんじゃないですかぁ?」
シュガーは特に気にならない様子だった。
「ぇ? 僕の見てるものが、シュガーにも見えてるって事?」
聞き咎めて、クリスタは言った。
「えへへへ。だって私とマスターは同化スキルで一心同体なんですもん♪ なのでぇ~、あんな事もそんな事もぜ~んぶお見通しなんです。マスターが夜中にこっそり私の事を想いながらおトイレでスッキリしてる事も――」
「わぁー! わぁー! 言わないでよ! ダメ! 見ないで! 覗き見禁止!」
「え~! いいじゃないですかぁ、減るもんじゃなしぃ」
「減るよ! 僕の尊厳とか、そういう目には見えない大事な物が!」
別の意味で、クリスタは泣いてしまいそうだった。恥ずかしくて、眩暈がした。そしてふと、隣のウルフの気の毒そうな視線に気づいた。
「ぁ、ぁぅぁ、ち、違うんです、ウルフさん!? シュガーは僕をからかってるだけで、僕はそんな事……」
恥ずかしさで死にたくなりながら、必死に弁解する。
そんなクリスタの肩を、ウルフは励ますようにポンと叩いた。
「皆まで言うな。俺も男だ。お前の気持ちはよくわかる。あんな綺麗な女に四六時中べたべたされたら、色々持て余すよな」
「違うんですってばぁ!?」
悟ったような顔で告げられて、クリスタは叫んだ。
なに一つ違う事はなかったのだが、クリスタにだって羞恥心はあるのである。本当、やめて欲しい。
「はぁん……恥ずかしがるマスター、ゼタカワユス……」
「やめてよシュガー! あんまりからかうと、僕だって怒るんだからね!?」
「はーい。小粋なエンジェルジョークで恐怖心も紛れた所で、ちゃちゃっと探索、行っちゃいましょう~!」
気のない返事をすると、無駄に明るくシュガーは言った。
確かにクリスタの言う通り、建物全体を覆う奇妙な変異体は、なにかしらの言い知れぬトラブルの気配をシュガーにも感じさせたが、さっさと食事係から解放されて以前のように四六時中クリスタとイチャイチャしたかったので目を瞑る事にしていた。
仮にトラブルが起きたとしても、シュガーと同化したクリスタなら大丈夫だろうし、イブリスの手伝いを続ければ、いずれは人類と戦争になるかもしれないので、今の内に適度に危険な目に合わせて、クリスタの戦闘能力を鍛えておこうという目論みもあったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。