第41話 ちんちん!

 そういうわけで、クリスタは地上の遺跡を探索する事になった。


 一人だと心細いし、古代人の都市遺跡は物凄く広大なので、案内役も兼ねて、ウルフが同行している。


「別に、ワンちゃんがいなくったって、私の方でナビゲート出来るので、帰り道に迷う事はないですけどね!」


 張り合うようにシュガーが言った。アジトの方で作業を行っているのだが、遠話スキルと音響スキルを組み合わせて肉声を届けている。


 案内スキルという物があるらしく、シュガーにお願いすれば、一度通った道を光る目印で示す事が出来た。それだけでなく、シュガーが把握している範囲であれば、行きたい場所を告げるだけで、最短ルートを教えてくれるらしい。どういうわけか光る目印はクリスタの目にしか見えないが、そういうスキルなのだそうだ。


「まぁそう言うなよ。遺跡には魔物や神の使いもいるし、いくらクリスタが救世主様だって、全部任せっきりってのはよくねぇだろ。俺も遺跡の奥には興味があるしな」


 ウキウキした様子でウルフが言った。シュガーが心の声を実際の音に変えているのは、彼に聞かせる為だった。


 遺跡は悪魔の呪いが濃いので、二人とも天使の鎧を着ていた。クリスタの鎧は変身で作った特別製で、ウルフの鎧は生産で作った物だ。ウルフの鎧はクリスタのそれよりも不格好で、動きにくそうに見える。


 シュガーの話では、クリスタの着ている天使の鎧は変身スキルのないウルフには扱えないのだそうだ。それでも、ウルフは悪魔の呪いを恐れずに済むというだけで喜んでいた。


「魔物なんかマスター一人で倒せますし、神の使いだってマスターが一声かければ言いなりですよ」

「そう言わないでよ。僕も、ウルフさんが一緒だと心強いし」

「むー! 私だってマスターと一緒におでかけしたいのにいいい!」

「また今度ね。景色の良い所とか、なにか楽しそうな場所を探しておくから。高い塔が沢山あるし、てっぺんでピクニックとかしたら、楽しいんじゃないかな?」

「はぅん♪ 素敵です! ロマンチックですぅ♪」

「呪われた遺跡でピクニックとは、恐れ入るねぇ」


 ヘルメットの中でウルフが苦笑した。


「僕もシュガーも、悪魔の呪いには耐性があるみたいなので」


 というか、シュガーの天使の力でクリスタも守られているわけだが。


「それに、シュガーの力で、悪魔の呪いの濃さも分かりますしね」


 天使の目というスキルらしい。それを使う事で、クリスタは悪魔の呪いの濃さを色で視る事が出来た。青ければ安全で、赤くなる程危険らしい。クリスタは天使の鎧と加護で二重に守られており、悪魔の呪いを心配する必要はなかったが、それでも悪魔の呪いの濃さを知る事には意味があった。


 安全な場所が分かれば魔族達の行動範囲も増えるので、案内スキルと組み合わせて、後で地図にするらしい。それはイブリスのアイディアだった。シュガーの凄さに気後れしていたが、イブリスは色々とアイディアを出して、しっかりと仕事をしているようにクリスタには思えた。


 他にも天使の目は、温度を色で視たり、暗闇の中でも明るく見る力があるらしい。

 あとは、呪いの濃い場所は盗掘されている可能性が低いので、狙い目なのだそうだ。もっとも、クリスタの目にはほとんどの場所が橙色か赤色に見えていて、呪いの薄い場所の方が少ないくらいだったが。


 瓦礫だらけの遺跡の奥は、晴れる事のない薄霧にぼんやりと包まれていた。シュガーが言うには、悪魔の呪いの濃い場所では、色々と不思議な事が起きるのだそうだ。


 暫く歩いていると、不意に霧の向こうに奇妙なシルエットが浮かび上がった。


 それは四本足のタコに似ていた。人の頭くらいの大きさの球体から、大蛇みたいな触手が四本垂れさがって、何をするでもなくぼんやりと立ち尽くしている。触手の長さは三、四メートル程はあるだろうか。


「魔物ですか?」

「いや、神の使いだ。俺達は一つ目オバケゲイザーって呼んでる。触手の先に鉤爪がついてて、捕まったら八つ裂きにされちまうんだ」

蛸型無人機オクトパスドローンですね。走破性に優れた低コストの殺人兵器です」


 話し声に反応したのか、ゲイザーが動き出した。霧の中で、赤く光る瞳がこちらを向いた。四本の触手を狂ったように振り回し、凄まじい速度でこちらに駆けよって来る。


「っ!?」


 生理的な嫌悪感を催す見た目と動きに、クリスタはたじろいだ。実際の恐ろしさを知っているからだろう、隣のウルフは腰が引けている。


「本当に大丈夫なんだよな!?」

「……はい!」


 多分と答えそうになるのを堪えて、クリスタは力強く断言した。

 救世主の自分が怯えたら、ウルフを不安にさせてしまう。

 自分に与えられた力を信じて、クリスタはゲイザーの巨大な瞳を睨みつけた。

 お前なんか怖くないぞ! 僕は、神様に選ばれた救世主なんだ!

 そう思いながら、クリスタは叫んだ。


「お座り!」


 途端に、すぐそこまで迫っていたゲイザーが急停止し、触手を緩めてその場に座り込んだ。


「お手!」


 すかさずクリスタは右手を差し出した。即座にゲイザーは触手を一本持ち上げて、握り込んだ三本の鉤爪をちょこんとクリスタの掌に預ける。


「ちんちん!」

「ちんちん!?」


 びっくりして、シュガーが叫んだ。

 ゲイザーは後ろの二本の触手でM字開脚をすると、前の二本の触手を手元で九十度曲げて見せた。


「よし、偉いぞ!」


 言う事を聞いてくれたので、シュガーはゲイザーの剥き出しになった鋼鉄の目玉を撫でた。ゲイザーも嬉しいのか、ぐりぐりと目玉を擦りつけてくる。


「神の使いを手懐けやがった……」


 唖然として、ウルフは言った。前にムータンティガーに芸をさせた時は、ウルフは気絶していて見ていなかったのである。


「ゲイザー。これからは、僕が君のご主人様だ。僕の仲間を見つけても、もう攻撃しちゃダメだよ。わかった?」


 ゲイザーは瞳をピカピカ光らせると、頷くように目玉を上下させた。


「じゃあ、その事を君の仲間にも伝えて。それ以外は今まで通りに、侵入者から遺跡を守ってね」


 ゲイザーの目を見つめて、クリスタはお願いした。

 神の使いとの接触は、今回の遺跡探索の目的の一つだった。


 神の使いは遺跡を守る強力な番人であると同時に、ノーマンズランドの住人の命を脅かす脅威にもなっている。ノーマンの方でも神の使いと遭遇しにくいルートを見つけているが、それも確実ではない。近場で狩りをするようになって出入りの頻度が増えたので、早い内にクリスタのマスター権限神のご主人様の力で無力化しておきたかった。


 とは言え、口で言っただけでは神の使いも誰がクリスタの仲間なのか分からないので、シュガーが眷属スキルを応用して、ノーマンズランドの住人に仲間の印を与えていた。なんでも、ハンバーグの中に埃くらい小さな天使の欠片を混ぜたのだそうだ。微量なので眷属になるわけではないが、それで神の使いは彼らをクリスタの仲間だと識別できるらしい。


 それに加えて。


「蛸ちゃんの持ってる地図情報を貰ったので、遺跡の地理は大体把握しました」


 天使のシュガーは神の使いの仲間でもあるので、クリスタ達には分からない方法で、彼らの知っている情報を聞き出す事が出来るのだった。


「なぁ、クリスタ。こいつらを手懐けられるんなら、それを使って狩りの手伝いとかさせたらいいんじゃねぇか?」


 思いついて、ウルフが聞いた。


「そういう話も出たんですけど、あまり目立つ事をすると勇者隊にバレるかもしれないってイブリスさんが言ってました。僕やシュガーの事を知ったら、向こうも本気で潰しに来だろうから、色々準備が整うまでは慎重に動こうって事になったんです」


 これも会議で出た話である。イブリスとしても、こんなに早く生活水準が改善されるとは思っていなかったので、今後の方針を考える時間が欲しいらしい。


「あぁ、確かにな。こんな力があるなんて知られたら、戦争になっちまうぜ」

「勇者隊がどんなもんか知りませんけど、現在の文明レベルから推理して、私とマスターの力があれば戦争になったって楽勝だと思いますけどね」

「駄目だってば! 戦争になったら、沢山人が死んじゃうよ!」


 会議では、シュガーは戦争上等的な発言をしていた。イブリスも、いずれは武力衝突が起きるだろうと予想していたが、今はその時ではないし、避けられるなら避けたいと思っているようだった。クリスタは断固反対である。ノーマンズランドにはなんのスキルもない成り損ないが大勢いるのだ。戦争なんかになったら、犠牲者が出るだろう。そうでなくとも、相手を沢山殺すことになる。魔族も成り損ないも、本当は同じ人間なのだ。クリスタはそんな風に考えていたので、血みどろの殺し合いの為に神様から貰った力を使いたくはなかった。


「本当は、遺跡に来る他の人達だって殺さないで帰してあげたいくらいなんだから……」


 遺跡には、一獲千金を夢見て度々冒険者と呼ばれる者達が侵入していた。大半は、何も得られずに神の使いや魔物の餌食になる。クリスタとしては、そういった悲しい事は起きないようにしたかったが、イブリスに強く反対されて断念していた。


 神の使いが脅威でないと知れ渡れば、遺跡にやってくる冒険者の数が増え、それだけノーマンズランドの住人が危険に晒される事になる。実際、仕事に出かけた魔族が冒険者に殺された事があったらしい。人間達からすれば、魔族など魔物と変わりないし、成り損ないも人間以下の存在なので、見つかったら殺されたり奴隷にされてしまう。


 イブリスには、ノーマンズランドを統べる魔王として、人間の脅威から彼らを守る義務がある。それはクリスタも理解出来たから、悲しいが、無理強いは出来なかった。いつかは、そうでなくなればいいと思っているが。


「……クリスタ。お前は、優しすぎるぜ。そんなんだから、神はお前を救世主に選んだのかもしれねぇな……」


 盗掘に来た冒険者が勝手に死ぬのは自業自得なのに、クリスタはそれが自分のせいであるかのように悲しんでいた。


 そんなクリスタに複雑な表情を向けて、慰めるようにウルフは言ったのだった。

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