第40話 ここまで凄いとは思ってなかった……
「計算外だわ……」
見違えるように綺麗になった魔王の私室で、イブリスが頭を抱えた。
綺麗なのは部屋だけではない。シュガーがろ過システムを復旧させた事で生活用水のリサイクルが可能になり、シャワーや洗濯機等大量に水を必要とする設備が使えるようになっていた。
なので、今までまともに身体を洗えなかったノーマンズランドの住人達も清潔になり、溜め込んだ垢を落としていた。
イブリスの金髪は本来の鮮やかさを取り戻し、きらきらと輝くような美少女っぷりを発散させている。
洗濯機が稼働して、服も洗えるようになっていたが、そちらの出番はあまりなかった。ノーマン達の着ている服はどれもぐずぐずのぼろぼろで、とてもではないが洗濯に耐えられそうもなかったからだ。
なので、水汲みのついでに、クリスタはシュガーに言われて、その辺に生えている植物を収納しまくった。それを原料にシュガーが植物繊維の簡素な衣類を生産し、全員に配布していた。
イブリスも、朽ちかけたドレスから、真っ白いシャツとスカートに着替えている。デザインが男用と女用の二種類しかなく、全員が同じような格好をしているのは、なにかちょっと不気味な感じはしたが、腐った雑巾のような布切れを仕方なく纏っていたノーマン達は、真っ当な服を与えられてまた嬉し泣きしていた。
「たった二日でここまで激的に生活が変わるなんて!」
そういう訳で、魔王が叫んだ。なぜか、ちょっと悲壮感がある。
ちなみに、食料問題についても、魔族達が手分けして、本来なら食用に向かない魔物や生き物を狩ってきて、それをシュガーが合成肉に加工する事で解決していた。とりあえず、最低限の衣食住は整った形である。
「シュガーが頑張ってくれたお陰だよ。本当に、ありがとね」
クリスタも、こんなに早く色々と改善されるとは思っていなかったので、感謝の気持ちでいっぱいだった。ノーマン達も大喜びで、シュガーの事を天使様と崇めている。
「えへへへ~。まぁ、私は天使ですしぃ? マスターが誇れる優秀な万能奴隷もといメイドですからぁ? ちょ~っとその気になればこのくらい楽勝ですけどぉ? ふひひひ」
褒められたのが嬉しいのか、シュガーはにへらぁ~っと頬を緩ませて、くねくねと身を捩った。そして、クリスタに頭を差し出した。
「どうしたの?」
「ご褒美に、マスターに頭を撫でて欲しいな~って……」
チラチラと、上目遣いを向けながらそんな事を言ってくる。可愛くて、クリスタは胸が苦しくなってしまった。
「そんなので良かったら、いつだってするよ。もっとちゃんとしたお礼がしたいな」
そう言って、クリスタはシュガーの頭を優しく撫でた。さらさらの白い髪が手に心地よい。こちらがご褒美をもらっているような気分である。
「いくら何でも凄過ぎよ! これじゃあ、魔王の威厳なんかあったもんじゃないわ!」
バン! と、テーブルを叩いてイブリスが立ち上がった。足でも折れたのか、ボロボロのテーブルがカクンと斜めに傾いだ。
「あぁ!? あたしのテーブルが!?」
「うぷぷ。テーブルぐらいで泣くなんて、やっぱりお子ちゃまですねぇ」
涙目になるイブリスを笑うと、シュガーはサッと右手をかざして壊れたテーブルを収納した。そして、亜空間倉庫の中で分解する。
「あ、なにすんのよ!」
「気分がいいから直してあげます」
そう言うと、新品に作り直されたテーブルが元の場所に出現した。
「あ、ありがとう……」
イブリスは案外素直に礼を言った。
「ここの暮らしが良くなるのは、良い事なんじゃないんですか?」
その前のイブリスの言葉が気になって、クリスタが聞く。
「勿論良い事よ! その事には物凄く感謝してるわ! でも、国を運営するっていうのは、そう単純な事じゃないの。王様っていうのは、一番偉いから王様なの。王様が一番偉いって思われなくなったら、王様じゃいられなくなるわ!」
「……よくわかんないですけど、威張りたいって事ですか?」
だとしたら、嫌だなぁとクリスタは思った。
そんなクリスタに、イブリスは呆れたように溜息をつく。
「そういう事じゃないのよ。国っていうのは、沢山の人が協力して出来てるの。みんながバラバラに動いたら協力なんか出来ないでしょ? だから、一番偉い人を決めて、舵取りを任せるのよ。それが王様よ。国民も、王様が一番偉いって思ってるから、舵取りを任せられるの。でも、シュガーがこんなに凄かったら、彼女を王様にしようって考える連中も出て来るでしょ? そうなったら、面倒なのよ。言っとくけど、あんたも無関係じゃないからね。神に選ばれた存在なんだから、救世主を王様にしようって派閥も出て来るかもしれないわ。そうなったら、内輪揉めになっちゃうでしょ?」
「僕はそんな気、全然ないですけど」
考えた事もなかった。
「え~、いいじゃないですか! マスターは神に選ばれた特別な存在なんですからぁ。王様になってぇ、世界を支配してぇ、あっちこっちに私と一緒の銅像を建ててぇ……うひひひ……それでそれでぇ! 私とマスターの出会った日を世界共通の祝日にしてお祭りをしちゃうんです! はぁん! 素敵ですぅ~!」
勝手に盛り上がってじたばたしながら、キャー! っと、シュガーは歓声をあげた。
「しゅ、シュガー?」
「ほらね。こういう奴が出てくるのよ。だから、あんた達が頑張ってくれるのは物凄くありがたいんだけど、それはそれとして、あたしがこの国の王様として威厳を保てるようにしないといけないのよ」
新品の机を嬉しそうに撫でながら、悩まし気にイブリスは言った。
「なんか大変ですね」
「大変よ! あたしはただでさえこんな見た目で、威厳を出すのに苦労してるんだから!」
「いーじゃないですか、マスターが王様になっちゃえば。こんな国、乗っ取っちゃいましょうよ!」
「……あんたねぇ」
「ごめんなさい! シュガーは僕の事になるとちょっとアレになっちゃうだけで、悪気はないんです!」
本気で睨むイブリスに、クリスタは言った。あんまり言い訳になってない気もしたが。
「……まぁいいわ。手を組んだ以上、そういうリスクもあるわけだから。でもシュガー、クリスタが王様になったら今以上に忙しくなって、ふたりっきりの時間なんか全然無くなっちゃうけど、それでもいいの?」
「王様なんかクソ食らえです! マスターは根っからのお人好しで善人の超絶甘ちゃん小市民なので王様になんかなったら絶対ろくなことにならない確率二百パーセントですから!」
「僕もそう思うけど……うーん……」
なんだか複雑な気持ちのクリスタだった。
「って言うか、イブリスは
「えぇ。このダンジョンの扉も、その力で開けたのよ。明かりや空調とか、まだ動く設備をなんとか稼働させて、そういうので今までは威厳を保ってきたんだけど」
「シュガーが凄過ぎて霞んじゃったんですね」
「そういう事になるわね。まぁ、あたしが何年かかってもどうにも出来なかった現実をたった二日で変えちゃったんだから仕方ないんだけど。ここまで凄いと、何か手を打っておかないと不味いわね」
悩まし気にイブリスが頭を抱える。
「そーですねぇ。私もマスターの為以外に頑張るのは面倒ですし。このダンジョンってあちこちボロボロで、本来使えるはずの機能が色々死んでるじゃないですか? イブリスはダンジョンを制御する力、即ちダンジョンマスターのスキルを持っているので、このダンジョンを修理したり機能を拡張して、その維持や管理をイブリスの仕事にすれば、魔王の面子も保たれるんじゃないですか? やり方は私が教えるので。とりあえず、ろ過システム辺りから始めてみてはどうでしょう?」
「それは……いい考えね。そうしてくれるととても助かるわ」
申し訳なさそうにイブリスは言った。
「私とマスターのハッピーなイチャラブ生活の為ですからね。ダンジョンの修理や拡張については、地上の遺跡を探索して、必要な材料を集めたり、使えそうな装置を解析して
それを聞いて、待ってましたとばかりにクリスタが手をあげた。
「はい! ならその役目、僕がやるよ!」
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