第38話 カール=マンティスの惨めな日常

 暴れ馬に跨るように、ジュリオの上に乗っかったリリィは激しく腰を打ち付けていた。

 宿屋のベッドが壊れそうな程軋みを上げるが、その音は悲鳴にも似た甘い喘ぎ声に掻き消された。


 その町で一番の宿屋の、一番いい部屋だった。


 だからと言って防音対策がされているわけでもなく、情事の音は部屋の外まで響いており、二人が激しく交わるリズムは、建物全体が揺れているのかと錯覚する程である。


「リリィ君。あまり大きな音を立てると、周りに聞かれてしまうよ」


 頭の下で腕を組んで、余裕の笑みでジュリオが言った。

 その笑みを崩そうと躍起になって、リリィの動きがさらに激しくなる。


 カールよりも太く、長く、タフで硬い男らしさを受け入れて、上に下に、前に後ろに、女らしさで貪るように腰を振る。


 艶やかな長い黒髪が荒馬の尻尾のように宙を舞い、香水に飾られた女の体臭がフェロモンと共に熱っぽい部屋の空気を甘ったるくする。


 甘い快楽が稲妻のように背筋を貫き、リリィは悲鳴をあげて仰け反った。

 そしてくたりと、ジュリオの厚い胸板に身を預けた。

 男の胸の先端を指先でこねながら、熱っぽい言葉を呟く。


「聞かせているのよ。その方が、興奮するでしょう?」

「リリィ君。君は悪い女だ」


 穏やかな笑みを浮かべて、ジュリオの指がリリィの黒髪を梳いた。


「だって彼、役立たずになってしまったんですもの。それに、隊長ったらあまりにもお上手で。この味を覚えてしまったら、悪い女にもなってしまいます」

「本当に、君は悪い女だ。隣で彼が聞いているのに、わざとそんな事を言う」

「それを言うなら、隊長だって悪い人ですわ。口ではそんな事を言って、こちらはこんなに硬くしているんですから」

「仕方がないね。悪い事というのは、得てして気持ちがいいものだよ」

「ほら。やっぱり私達、同類ですわ――ぁあん!」


 ジュリオに突き上げられて、リリィは身体を起こした。


「僕はまだ、満足していないよ?」

「私にそんな台詞を吐いた男は、隊長が初めてです」


 ジュリオの胸を撫でると、リリィはまた、獣のように喘ぎだした。


 †


 隣の部屋では、カールが泣きながら自分自身を慰めていた。


 いつからこんな事になってしまったのか。

 気付いたら、リリィとジュリオは身体の関係を持っていた。


 リリィは悪女だから、いつかこんな日が来るんじゃないかとは思っていた。

 初めから、その兆候はあったのだ。

 カールの前でわざと見せびらかすように、リリィはジュリオに色目を使うのである。


 最初こそ、ジュリオは大人の態度であしらっていた。

 だから、カールも安心していた。

 リリィは美人だが、所詮はガキで性悪のビッチだ。だから、大人のジュリオ隊長が相手をするはずがない。


 おめでたい考えだった。

 あっと言う間に、ジュリオの隣はリリィの指定席になっていた。


 ジュリオ隊は三人で行動しているが、新人の育成を名目に、任務はカール一人で行う事が多かった。

 成り損ないやスキル持ちの盗賊、魔物なんかを始末して車に戻ると、二人の衣服が不自然に乱れ、身体は汗ばみ、車内に汗と青臭さが漂うようになっていた。


 何があったかなんて聞くまでもない。だから、カールは聞く事が出来なかった。ジュリオは勿論、リリィにも。

 その代わりというように、彼女との夜に熱をあげた。


 お前は俺の女なんだ! 俺の方が上手いんだ! 隊長なんかに負けてたまるか!

 そんな想いを男の衝動と共にぶちまけるのだが、リリィの反応はどこまでも冷ややかだった。

 そして程なくして、ジュリオとリリィはこんな風に堂々と身体を重ねるようになった。


 これ程の屈辱を味わった事はカールはなかった。男としての価値を、根こそぎ否定された気分である。いや、違う。リリィがどうしようもない性悪の変態なだけだ。見た目が良くて夜の相手が上手いから、ジュリオ隊長も断れなかったのだろう。あんな売女、こっちから願い下げだ!


 そんな風に思おうとした時期もあった。憂さを晴らすように、売春宿に駆け込んだ。王都には、金でヤラせてくれるイイ商売女が沢山いた。なのに、カールは勃たなかった。他の女を抱こうとすると、リリィとジュリオの情事が頭をよぎって、萎えてしまうのである。


 リリィに裏切られた惨めさと恥ずかしで頭がいっぱいになって、他の女を抱く気にはまったくなれないのだった。


 最近では、リリィと寝る時すら勃たなくなってしまった。それで余計に、カールは男としての自信を失った。


 唯一勃つのは、こうして二人の情事を間近に聞いている時だけだ。

 それを知っていて、リリィはわざと見せつけているのだ。


 俺は、どうかしてしまった。

 どうしてこんな事になってしまったんだ?

 こんな女に手を出すんじゃなかった……。


 激しく後悔しながら、カールは射精した。

 気が狂うような絶望感と裏腹に、カールの身体は脳天が痺れるような快感に震えていた。

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