第35話 頑丈

「なんの力もねぇ成り損ないのヒョロガキが、魔族の俺に勝てると思うのか!」


 余裕ぶって拳を鳴らしながら、オルグが凄んだ。

 目をそらしたくなるのを必死に堪えて、クリスタは豚の魔物を見返した。


「勝ちますよ。オルグさんに勝って、僕が救世主だって証明するんです!」

「しゃらくせぇ!」

「わぁっ!」


 オルグが丸太のような腕を振った。掠っただけで、クリスタはゴミクズみたいに吹っ飛んでしまうだろう。悲鳴を上げつつ、クリスタはあっさり見切って避けた。


「この、避けるんじゃねぇ!」


 巨体の割に、オルグは素早かった。右に左に素早く剛腕を振るう。鋭いラッシュを、クリスタは落ち葉のようにひらりと避けた。相手が動いた瞬間、ビクッとして身体が勝手に避けるのだ。いじめられっ子だったクリスタは日常的に暴力を受けていたので、攻撃の予備動作に物凄く敏感だった。なんなら、相手が攻撃をする前に、その気配に気付く程である。


『ね? 言ったでしょう? 身体が追いついてなかっただけで、マスターの中にはちゃんと戦う為の技術が根付いてるんです。私と同化した今のマスターなら、こんな力任せの攻撃、当たりっこありませんよ』


 信じられないが、事実だった。オルグの猛攻は続いているが、クリスタはシュガーと会話しながら余裕で避けている。


「っち、すばしっこい奴め! けどなぁ、逃げてるだけじゃ俺には勝てねぇぞ!」


 確かにその通りだ。このままでは、負けはしないが勝ちもしない。それでは駄目だ。誰の目にも分かるような形ではっきり勝たないと。


 でも、どうやって? お互いに素手である。オルグの身体は逞しくて、殴ったらこっちが怪我をしそうだ。リーチや体重でも負けているので、下手に攻撃に回ったら逆にやられるだろう。


『私があげた剣を使ったらいいじゃないですか』

『オルグさんは素手なんだよ? 武器を使ったら、卑怯じゃないかな?』

『戦いに卑怯もクソもないですよ。どんな手を使ったって勝った人が正義なんです。これはマスターの力を示す為の戦いなんですし、遠慮する事なんかないんです』

『うーん。そうかもしれないけど、あの剣だと、オルグさんが怪我をしちゃうよ』


 最初にシュガーがくれた剣は、変身ターンではなく生産クリエイトで作った普通の剣である。だが、どこでも倉庫にしまう度、刃は鋭く研がれている。シュガーが言うには、メンテナンス機能修理スキルのお陰らしい。


『いーじゃないですか怪我させちゃえば。相手もそのつもりなんですし』


 シュガーの言う通りだとは思うのだが、クリスタはそうしたくなかった。オルグだって、彼なりの考えがあって戦っているのだ。不満でも、今まで我慢して成り損ないの人達を養っていたのだ。そう考えると、悪い人には思えない。それに、いじめられっ子のクリスタは、傷つけられる痛みをよく知っていた。だから、傷つける事も嫌なのだった。そのせいで訓練でも実力を出せず、いつも一方的にやられてしまうのだった。


『そうなんだけど、なんとかならないかな? 怪我をさせないで勝てたら、その方が強さの証明になると思うんだけど』


 半分は言い訳だったが、駄目元でクリスタは聞いてみた。

 シュガーは全部お見通しだった。


『もぉ~、マスターってば本当お人よしですねぇ。それじゃあ、変身を使って刃のない剣を作ってみたらどうですか? あれくらい単純な形なら、今のマスターでも作れると思いますよ?』

『そう? じゃあ、やってみるね』


 バックステップで距離を取り、クリスタは叫んだ。


変身ターン!」


 本当はイメージするだけでいいのだが、考えるだけだとどうしてもぼんやりしてしまうので、声に出したほうがやりやすかった。


 変身は上手くいった。イメージしたのは、村にいた頃に使っていた訓練用の木の剣だった。似たような、刃の丸まった真っ白い剣が掌から飛び出した。


「なんだそりゃ!?」


 オルグが驚いて手を止めた。


「僕はシュガーのマスターなので、天使様と同じ力が使えるんです!」


 言いながら、クリスタは踏み込んだ。オルグの臭い腋の下をすり抜けながら、横っ腹に一撃を叩きこむ。剣があれば、リーチは互角だ。防御にも使えるので、かなり戦いやすい。


「だからどうした! そんな玩具の剣で、俺に勝てるかよ!」

「玩具の剣だって! 叩かれたら痛いんですよ!」


 オルグの繰り出す拳を何度も剣で叩き落とす。それだけで、普通だったら物凄く痛い。拳を骨折したっておかしくない威力だ。なのに、オルグは顔色一つ変えずに攻撃を続けている。


「効かねぇな! へなちょこの成り損ないの攻撃なんかよぉ!」


 オルグの戦い方は異常だった。防ぐ事も避ける事も全くせず、ひたすら突っ込んで猛攻を加えてくる。クリスタはかなりの剣撃を叩きこんでいるが、オルグは痛がりもしなかった。


『全然効かない! どうなってるの!?』

『マスターが手加減してるからじゃないですか? さっきから、全然本気で打ってないですよね?』


 呆れた様子でシュガーは言った。


『だって、こんな武器でも、全力で叩いたら怪我しちゃうよ!』

『怪我は私が治しますから。それに多分、この豚ちゃんは本気で叩いても平気だと思いますよ? 騙されたと思って、一回試してみて下さいよ』


 それで本当に騙されたりしないだろうか? ちょっとだけ心配になりつつ、クリスタは言われた通りにしてみる事にした。


「僕も本気を出しますからね! 怪我しても、知らないですよ!」


 口ではそう言いつつ、大怪我させたら嫌だなとクリスタは思った。なのでクリスタは尻を狙う事にした。大振りの一撃を見切って背後に回り、力いっぱい剣を振りかぶる。


「うぎゃぁああ!?」


 バシーン! と、叩いたクリスタが思わず目を瞑るような凄まじい音がした。数百キロはありそうなオルグの巨体が宙を舞い、壁際まで吹っ飛んでいく。そちら側にいたギャラリーが、悲鳴をあげて左右に散った。


「わぁ!? オルグさん!? 大丈夫ですか!?」


 叩いたクリスタが一番驚いていた。なんて力だ! 僕ってこんなに力持ちだったの!?


『同化スキルで、マスターは天使の私と同等の身体能力を発揮できます。って言っても、天使の本気は全然そんな物じゃないですし、そこまでの力を出したらマスターの身体にも負担が大きいので、実際はかなりセーブされてますけど』

『……力持ちだと思ってたけど、シュガーって凄いんだね……』


 クリスタはそっちの方に驚いた。


『って、先に言ってよ! あんな力で叩いたら、オルグさん死んじゃうよ!?』


 心の中でクリスタは叫んだ。馬に思いきり蹴られたってあそこまでは飛ばないだろう。

 冷や汗が流れたが、オルグは平然と立ち上がった。


「この野郎! 舐めてんのかぁ!?」

「いえ! 全然! 怪我させちゃったら悪いと思ってお尻を狙っただけで……」

「そういうのを舐めてるって言うんだよ!」


 真っ赤になって怒りながら、のしのしとオルグがこちらに迫って来る。


「ていうか、あんなの食らって、なんで平気なんですか!?」

「人間どもが神から貰ったスキルを使うようになぁ! 俺達魔族は悪魔が与えた魔法の力を持ってるんだよ!」

『ちなみにですね、豚ちゃんはあー言ってますけど、中身は同じようなものですよ』


 呑気にシュガーが補足した。


『どっちも同じスキルって事?』

『そんな感じです。多分ですけど、イブリスの言ってる教会ってのが、魔族を悪者にする為にそんな風に言ってるんじゃないですか?』


 だとすれば、イブリスが演説で言っていた通り、悪いのは全部教会という事になる。教会がどういう存在なのか、クリスタもよく知らなかった。当たり前のように村に存在して、当たり前のように崇めていた。疑おうなどと、思った事もない。


 余計な事を考えていると、戻ってきたオルグが思いきり自分の胸を叩いて凄んで見せた。


「俺の持ってる魔法を一つ教えてやる。【頑丈】だ! どんな攻撃だってなぁ、俺の身体を傷つける事は出来ねぇのさ!」

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