第27話 対M粒子汚染装備
「まぁ、散々脅したけどよ、安全なルートは分かってるんだ」
そう言って案内されたのは、遺跡の中に無数に点在する、地下へと続く階段の一つだった。
「
身体を発光させながら、辺りを見回してシュガーは言った。
どうやらそこは、遺跡の地下に広がるダンジョンのようだった。ウルフの話では、地上の遺跡と同じくらいの規模があり、無数の洞窟が蜘蛛の巣のように張り巡らされているという。あちこち崩落して、中は迷路のようになっているらしい。地上にはダンジョンに降りる入口が沢山あるが、アジトに通じている物はほんの少しなのだそうだ。それだって、複雑な道を通らないといけないので、知らない者はまずたどり着けないという。
「どういう意味だ?」
ウルフが聞いた。
「直ちに影響はありませんけど、長くいると危険という事です。まぁ、
「あぁ。だから、表に出るのは魔族の仕事だ……基本的にはな」
バツが悪そうに、ウルフはそう付け足した。
二人の話を聞いていて、クリスタは怖気づいてきた。ウルフの言葉に感化されて調子の良い事を言ってしまったが、やはり悪魔の呪いは怖いのだった。
そんなクリスタの不安を感じ取って、シュガーは言った。
「平気ですよ。マスターは私の同化スキルで、
シュガーの言う通り、遺跡の奥に進むにあたって、クリスタは彼女が生み出した鎧を着させられていた。天使の鎧とシュガーが呼ぶそれは、石でも金属でもない素材で出来た流線型の白い鎧だった。鎧にしてはかなりスリムで、驚く程軽く動きやすい。全身を完全に覆うような構造で、顔の部分はガラスになっていた。しかも、着る時はシュガーが
クリスタはシュガーと同じスキルを使えるので、それを使って生み出したのだと説明された。変身スキルは制御が難しく、まだ練習をしていないクリスタではこのような複雑な変身は無理だが、今みたいに一度シュガーの手で変身させて貰った形は身体が覚えるので、どこでも倉庫から取り出すような感覚で、念じればいつでも変身できるらしい。脱ぐ時も、脱げろと念じるだけでいいそうだ。
「そっか」
それを聞いて、クリスタは安心した。シュガーがそう言うなら大丈夫なのだろう。
「マジかよ!? 他にもないか? 出来れば、俺も着れるようなサイズの奴!」
驚いて、ウルフが言った。
「わんちゃんは魔族なんだから、こんなのなくたって多少の呪いは平気じゃないですか」
「遺跡には、とんでもなく呪いの濃い場所が山ほどあるんだ! そういう所はほとんど手付かずで残ってる。使えるお宝なら魔王様が魔法で動かしてくれる。ダメでも、闇市に持って行けば金になる。薬とか食い物とか、色々買えるんだよ!」
シュガーは渋い顔をしていたので、クリスタは助けてあげて欲しいな……という顔で視線を送った。
「……なくはないですけど。私も力の安売りはしたくないので。その辺の交渉は魔王って人と話して、こっちの待遇を聞いてからですね」
シュガーとしては譲歩したつもりなのだろう。彼女にも色々考えがあるようなので、それ以上はクリスタも無理なお願いはしなかった。
「あぁ! それでいい! 魔王様は話の分かる人だから、出来る限りの待遇は用意してくれるはずだ!」
「出来る限りって言っても、ワンちゃんの話を聞いた感じじゃあんまり期待できなそうですけどね」
とりあえず、便利に使われないように釘を刺しておいたという事なのだろう。さして興味もなさそうにシュガーは肩をすくめた。
それから暫く歩いた。
瓦礫だらけのトンネルを進み、横道に入ったり、分厚い金属の扉を通ったり、途中で地下の建物を横切ったりもした。あまりにも複雑な道順で、クリスタは今自分がどの辺にいるのか、見当もつかなかった。
その間に色々話した。下らない世間話が大半で、シュガーにおねしょの事をバラされて、クリスタは物凄く恥ずかしい思いをした。けれど、ウルフは笑わなかった。彼らのアジトには、似たような症状の者が結構いて、もっと酷い者もいるそうだった。
自分の身体を傷つけたり、自殺してしまったり。だから、ウルフは詳しい事は聞かずにただ同情して、元気になってよかったなと笑ってくれた。やっぱりいい人なんだとクリスタは思った。シュガーは、私を差し置いてマスターの好感度を上げないで下さい! と謎に張り合っていたが。
そんな話の中で、一応アジトは、悪魔の呪いの影響はほとんどないはずだと聞かされた。シュガーはあまり信用していない様子だったが、見れば分かる事だとそれ以上は言及しなかった。
やがてアジトにたどり着いた。
洞窟の壁の一部が、シュガーのいたダンジョンの入口と同じように、金属の壁になっていた。同じように、真ん中には大きな歯車の扉がついていた。大きさは、シュガーのいたダンジョンの物の三倍くらいあったが。
「まぁ、地下シェルターですよね」
予知していたとでも言いたげに、シュガーが呟いた。
「ダンジョンの中にもう一つダンジョンがあるんだ」
不思議に思ってクリスタは呟いた。
「あぁ。この地下ダンジョンには、似たような別のダンジョンが何個もある。扉が封印されてたり、扉が空いたままになってて荒らされてたりで、アジトとして使えるのはここだけらしいが」
言いながら、ウルフは扉の前に置いてある太い金属の棒で、ダンジョンの扉を三回叩いた。暫くすると、向こうから同じように叩く音が二回鳴った。ウルフは四回叩き返した。
「合言葉ですか?」
さして興味もなさそうにシュガーが聞いた。
「一応な。盗掘に来た冒険者とか、勇者隊かもしれねぇからよ。魔王様が暇な時はすぐ開くんだが、この感じじゃ手動だろうな。暫くかかるぜ」
「……という事は、魔王様とやらはレベル2以上のセキュリティクラス持ちですか」
ぼそりと、シュガーが呟く。
「で、それはどういう意味の天使語なんだ?」
「神に選ばれた存在の一人、とでも言っておきましょうか」
ウルフは目を見張った。遅れて、口元がニヤリと笑う。
「やっぱりな。そうなんじゃねぇかと思ってたんだ。あの人は、特別だからよ」
嬉しそうに言うと、ギギギギっと、歯車の扉がゆっくり回転を始めた。
「僕と同じって事?」
不安になって、クリスタはシュガーに聞いた。もしそうなら、シュガーを取られてしまうんじゃないかと心配になったからだ。欲深い考えなのは分かっているが、どうしてもそう思ってしまうのだった。
クリスタの不安を察知して、シュガーは言った。
「心配ありませんよ。マスターはその中でも、一番上で特別なんです。それに、私はそういうのとは関係なしに、マスターのオンリーワンな万能奴隷なので。誰かに取られたりなんかは、絶対にしないんです」
悪い考えだと思いつつ、クリスタはホッとした。
「あー、なんだ。前にも言ったが、魔王様はここの連中に、神は俺達を嫌ってて、人間は敵だって教えてる。俺達ノーマンは元は人間だからよ。そんな風に考えなきゃ、やっていけねぇんだ。仲間の中には過激な奴もいるから、天使だの神の使いだのと聞いたら暴れ出すかもしれねぇ。魔王様は賢い人だから、お前らの力を知ればその辺はどうにかしてくれるだろうが、それまで――」
「天使だ神だという話は内緒で、という事でしょう? 馬鹿じゃないんですから、一度言われたら分かります。ねぇ、マスター」
「う、うん」
クリスタも理解はしていたが、そんな風に言われると緊張してしまった。
「あとな、そのマスターってのも、止めた方がいいと思うぜ。仲間の中には奴隷にされてた奴もいるからな。そうでなくとも、奴隷なんてもんをよく思ってる奴はいねぇんだ」
「めんどくせぇですねぇ。マスター呼びは私のアイデンティティーなんですけど」
不満そうにシュガーが頬を膨らませた。
「……じゃあ、こうしたらどうかな? シュガーは奴隷じゃなくて、僕のメイドって事にするんだ。そうしたら、
少しでもシュガーの希望を叶えたくて、必死に考えてクリスタは言った。
「それも変な話だが。まぁ、奴隷を名乗るよりはマシか」
とりあえず、ウルフも納得したらしい。
「流石マスター! 今日から私は、マスターの頼れる可愛い万能メイドで~す♪」
嬉しそうに一回転すると、村人風のシュガーの服が弾け飛び、メイド服姿に変わった。
「うぉ!? びっくりさせんなよ!?」
驚いてウルフが言った。シュガーの変身を見るのは初めてではないが、一度や二度で慣れるものでもないの。
「何事も、まずは格好からですよ! これなら、メイドを名乗っても疑われないでしょうし」
「いや、こんな状況でメイドの恰好してる奴の方が怪しいと思うが……まぁ、好きにしろや」
先ほどクリスタに叱られたばかりなので、ウルフもあまりうるさい事を言う気はないらしい。
クリスタ的には、どうしても気になる事があった。
「どうですかマスター? メイド服、似合ってますかぁ~?」
褒められるのを期待するように、ニパッと笑ってシュガーが聞いた。
「似合ってるけど、スカートはその三倍は長い方がいいかな」
シュガーが変身で作ったメイド服のスカートは、やっぱり太ももの半分くらいしかないのだった。
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