第26話 巨大都市だったもの
「噂には聞いてましたけど。遺跡って僕、初めて見ます」
ドキドキしながら辺りを見回して、言ったのはクリスタだった。
ウルフの背に揺られて丸一日、ようやく人で無しの集落があるという場所にやってきた。
その場所は、神の裁きによって滅ぼされた、邪悪な人間の築いた街の名残だった。
石と鉄で出来た、見上げる程もある巨大な四角い塔が、森のように生えている。それらの塔の大半は半ば折れ、半ば朽ち、倒壊している物もかなりあった。かなり頑丈そうな建物だ。それらをこんな風に破壊してしまう神の裁きとはどれ程恐ろしい物なのだろうか。クリスタには、想像する事さえも出来なかった。
「そりゃそうだろ。普通に生活してりゃ、一生縁のない場所だ。そもそもガキは村から離れられねぇしな」
皮肉っぽく口を歪めてウルフは言った。犬の表情など分からないと思っていたが、慣れてしまえば、犬の顔だって人間並みに表情豊かだった。
「でも、大丈夫なんですか? 遺跡って、色々危ないって聞きましたけど。悪魔の呪いがかかってて、近づくと魔族になるとか、魔物や魔族が住んでるとか」
「まぁ、実際魔族は住んでるけどな――うぎゃぁ!?」
お道化るウルフの尻尾の毛を、容赦なくシュガーが毟る。
「なにしやがる!?」
「茶化すからですよ。マスターをからかっていいのは私だけです」
鼻面に指を突き付けて、シュガーは主張した。
それを見て、クリスタはちょっとドキドキした。声を潜めて聞いてみる。
「シュガーも、嫉妬したの?」
「というより、マウンティングですね。今の内に、しっかり群れの力関係を躾けておかないと。マスターが一番上で、その下が私で、この世の全ての存在はその下です」
「えっと、僕はみんな、平等がいいと思うんだけど……」
「勿論平等ですよ? マスターと私以外は」
どうしようもない真顔でシュガーは言った。
「クソ天使が! 本性を現しがったな!」
「本性もなにも、私は最初からマスター以外興味ないので。もしもマスターを不快にさせるような事があったら、酷い目に合わせますからね?」
「はっ! そしたらまた世界を滅ぼすか?」
「そうですね。マスターを不快にさせるような世界なら、綺麗に壊して作り直した方がいいでしょうし」
「二人とも、僕の為に喧嘩しないでよ!?」
睨む合う二人の間をこじ開けるように、クリスタが割って入った。
それを聞いて、二人の視線がジットリとクリスタに向く。
「な、なに?」
「だって……僕の為に喧嘩しないでよぉ~! とか、マスターってばヒロイン気取りなんですもん」
「あぁ。お前がこいつをイジメたくなる気持ち、なんか分かるわ。こう、ぐちゃぐちゃ~ってしたくなるよな」
「ですよね!? 私がおかしいんじゃなくて、可愛すぎるマスターが悪いんですよね!? でもマスターをイジメたら去勢しますから」
真顔で言われ、ウルフはギョッとして股間を押さえた。
「まぁ、冗談は抜きにして、実際あぶねぇ所だよここは。ヤバい魔物は多いし、神の使いもウロウロしてる。下手な所で長居してると、悪魔の呪いを浴びちまうしな」
それを聞いて、クリスタは青ざめた。
「悪魔の呪いって本当なんですか?」
「あぁ。呪われた場所に長くいると、お前みたいな普通の奴も、魔族になったり魔物になったりしちまうんだ。それか、死んだりな」
「ひぇぇぇ……めちゃくちゃ危ない場所じゃないですか!?」
ゾッとして、クリスタは涙目になった。ここも呪われているのだろうかと思うと、気が気ではない。
「仕方ねぇんだよ。そんな場所でもなけりゃ、人で無しに居場所なんかねぇんだ。それに、ここなら勇者隊の連中もおいそれとは近づいて来ねぇからな」
「でも……」
クリスタはダンジョンに帰りたくなった。あそこは安全だ。見えない悪魔の呪いに怯えながら暮らすなんて、出来そうもない。
「高濃度のM粒子汚染を確認。まぁ、都市部がM型兵器の標的になるのは当然でしょうけど。なんにしろ、私は反対ですね。悪魔の呪いはこの辺りでもギリギリの濃さです。魔族の村がどこにあるのか知りませんけど、ここより呪いが軽いという事はないでしょうから。マスターが定住するのは許容出来ません」
空気の色でも見るように、ざっと辺りを見回してシュガーは言った。
「……もしかしてお前、悪魔の呪いの強い場所が分かるのか?」
訝しむように、ウルフが尋ねる。
「……まぁ、天使ですから」
シュガーは誤魔化そうとしたが、諦めて言った。
「……とんでもねぇな。だったら猶更、お前らには魔王様に会って貰いてぇ。頼む、この通りだ」
二人に向けて、ウルフが頭を下げた。
「う、ウルフさん!? 止めてくださいよ!」
「事情があるんだ。お前にぞっこんの天使様は、とんでもねぇ力を持ってる。神の使いを一声で大人しくさせたお前もそうだ。アジトには何の力もねぇ成り損ないも大勢いる。どいつもこいつも腹ペコで半病人の怪我人ばっかだ。分かるだろ? 人で無しの俺達は、今日を生き延びるだけでも精一杯なんだ。お前らが仲間になってくれりゃ、俺達にも明日を夢見る希望が生まれるかもしれねぇ!」
「そんな事だろうと思ってましたけど。今更それを言うなんて、卑怯じゃないですか?」
むっつりとして、シュガーは言った。
「馬鹿言え。本当はアジトに連れてって、半死人共を見せてから言うつもりだったんだ。お前らは、同じ成り損ないの仲間を見捨てるのかってな!」
真剣な目で、ウルフがクリスタを見つめた。
そんな風に言われたら、クリスタは断れなかった。
今の今まで、自分の事ばかり考えていたことが恥ずかしくなる。自分は運が良かった。神様の気まぐれに選ばれて、シュガーが助けてくれた。安全で居心地のいいダンジョンで、天国のような暮らしを送っている。一方で、同じような境遇の者達が、悪魔に呪われた遺跡で地獄のような生活を送っている。見捨てたら、それこそ人で無しだ。
「マスター! 聞いちゃダメです! こういうのは一度助け出すとキリがないんですから! 関わったら最後、際限なく面倒な目に合わされますよ!」
ウルフの視線から隠すように割って入って、シュガーは言った。
「帰りましょう! こいつはわざと分かりにくい道を選んだみたいですけど、私は帰り道をちゃんと憶えてますし、こいつよりも早く快適に移動できますから!」
シュガーに手を取られても、クリスタはその場を動かなかった。
「マスター……」
「ごめん、シュガー。君の言う通りだと僕も思う。僕は、たまたま神様に選ばれただけの凡人だ。力があるのは君の方で、僕はそのオマケだって事もわかってる。安請け合いしても、君を困らせるだけだって……でも、でもね、シュガー。僕は、思うんだ! ここでこの人達を見捨てたら、僕は悪いご主人様になっちゃうよ! もう一生、君の前で胸を張ってご主人様だって顔は出来なくなっちゃうと思うんだ!」
ぼろぼろと、涙を流しながらクリスタは訴えた。身勝手な選択だと思った。シュガーは、クリスタが本気でお願いしたら逆らえないのだ。奴隷扱いはしないとか言っておいて、これでは命令しているのと同じである。情けなくて、申し訳なくて、涙が出た。それでも、彼らを見捨てる事は出来なかったし、シュガーにも見捨てて欲しくはなかった。
「……ごめんねシュガー。わがまま言って。やっぱり、僕は悪いご主人様だ」
そんなクリスタを見て、シュガーは誇らしげに微笑んだ。
「そんな事はありません。マスターは間違いなく、私の自慢の良いマスターです。私が悪い奴隷だったんです。私も、マスターに恥ずかしくない良い奴隷にならないといけませんね」
苦笑いで、シュガーはクリスタの涙を拭った。
嬉しくなって、余計に涙が溢れたが。
「ありがとう! シュガーなら、きっとそう言ってくれると思ったよ!」
感極まって、クリスタはシュガーに抱きついた。
「もう、マスターてば、本当に甘えん坊さんなんですから」
そんな彼を、シュガーは幸せそうにあやすのだった。
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