第25話 旅立ち

「うわぁ! うわぁ! うわぁ!?」

「これは中々悪くないですね。変身のバリエーションに追加しておきましょう」

「おしゃべりもいいが、気をつけないと舌を噛むぞ!」


 二人を背中に乗せて、四つ足で疾走しながらウルフが言った。

 狼の魔族だけあって、ウルフの走るスピードは風のように早かった。力も凄くて、二人が乗っていても、全く平気そうである。


「でもマスター、本当にいいんですか? こんな怪しい奴の言う事を信じちゃって」


 思い出したようにシュガーが尋ねた。言い方は違うが、これで五回目だ。はっきりとは言わないが、内心では反対しているのだろう。


 ウルフの言う魔王様とやらは、魔族や成り損ないといった人で無しをまとめ上げて、集団生活を送っているらしい。人で無しには居場所がないから、それを作るのが魔王の目的だそうだ。


 基本的には人で無しなら誰でも歓迎で、情報があれば、ウルフのような力のある魔族を派遣して、救出に当たっているという。

 だから、お前らも来いよとウルフに誘われて、クリスタはそうする事にしたのだった。


「ウルフさんは怪しくないよ。見ず知らずの僕達の為に、命懸けで助けようとしてくれたんだし。わざわざ危険を冒してまで狩人の森を探してたのだって、僕達みたいな人で無しを助ける為だったんだよ?」


 単純なクリスタは、あっさりウルフを信じてしまっていた。成り損ないになって、散々な目に合ったクリスタである。魔族も見た目が違うだけで似たような存在だと言われれば、同じ傷を胸に抱えた仲間のように思えるのだった。


「そうですけど、向こうだって慈善事業じゃないんですから、それなりに裏はあると思いますよ。独裁制で、捕まえた成り損ないを奴隷みたいにこき使って自分だけ楽してるかもしれないじゃないですか」

「おまえなぁ、人の背中の上でよくそんな話が出来るな」


 尻の下のウルフが呆れた声で言った。


「カマをかけてるんですよ。お尻で心拍数を測ってるので。簡易的なウソ発見器です」

「はぁ? こいつ、なに言ってんだ?」

「シュガーは天使様だから、時々こんな風に僕達には分からない言葉を使うんですよ」


 ウルフに補足すると、クリスタはシュガーに確認した。


「お尻で嘘が見分けられるスキルって事だよね?」

「流石マスター、その通りです♪」


 はにかんで、シュガーはクリスタに抱きついた。


「……いや、どんなスキルだよ……」


 ウルフは呆れていたが。クリスタも似たような気持ちだが、相手は天使様なのだ。どんなスキルを持っていたって驚くには値しない。もはやそんな境地である。


「私は天使でマスターの万能奴隷なので」


 ツンとして、シュガーが澄ます。


「あーそうかい。で、俺が嘘ついてるかどうかわかったのかよ」

「ダメですね。毛皮が邪魔な上に、魔族のバイオリズムは特異的で判断出来ません」

「なんでぇ、全然万能じゃねぇじゃねぇか。うわはははは!? やめ、やめろ!? 脇腹をくすぐんな!? わははは!? おま、俺が転んだらお前らも怪我すんだぞ!?」

「そしたらマスターを抱えて華麗に飛び降りるだけなので平気で~す」


 こらしめて満足したのか、シュガーはフンと小さな鼻を鳴らした。


 それを見て、クリスタはちょっとだけ心がもやもやした。ウルフは大人で、身体も物凄く大きくて、頼れる感じがした。魔族だが、狼の顔は、偏見さえ取り払えば格好よくすら見える。もふもふの毛皮も、獣臭さに目を瞑れば良い感触である。


 それに、シュガーはしょっちゅうクリスタの使用済みの衣服を嗅いではぁはぁする悪癖がある。特に下着が大好きで、その中でも、失敗してしまった下着が好きなのである。信じたくないが、シュガーは臭いのが好きなのだろう。だから、ウルフの獣臭さだって好きかもしれない。なんか楽しそうにしてるし。そう思うと、クリスタは堪らない気持ちになって、無意識にシュガーの服の裾を掴んでしまうのだった。


 シュガーは出来る奴隷なので、秒でクリスタの変化に気付いた。不安そうな、拗ねたような、泣き出しそうな顔でちらちらと顔色を伺い、唇を噛んですり寄りつつ、ちょこっと控え目に服の端を掴むクリスタは、ありえんレベルのどちゃシコだった。


 子が親に似るように、変人の異名を持つマッドな博士に造られたシュガーの人格プログラムは、かなり癖が強いのだった。


 にっちゃりと、シュガーの美貌が変態チックに歪んだ。


「なんですかぁ~マスター? 私がわんちゃんとじゃれてる姿を見て、嫉妬しちゃったんですかぁ~?」


 ねっとりと告げると、クリスタの小さな肩に顎を預けた。


「ち、違うよ! そんなわけ、ないでしょ!?」


 真っ赤になってクリスタは否定した。その通りだが、だからこそ恥ずかしかった。


「マスターは嘘が下手でちゅね~。心配しなくても、私は未来永劫、マスターだけを愛して添い遂げる、安心と信頼の万能奴隷でちゅよ~」


 からかうような口調で言うと、シュガーの指がクリスタの鼻をつまんだ。


「や、やめてよ! 赤ちゃん扱いしないでってば!?」


 尻の下ではウルフが全部聞いている。クリスタにだって、男の子のプライドがあるのである。恥ずかしくて、クリスタは今にも泣いてしまいそうだった。


「は、はふ~ん! か、かわゆす、私のマスター可愛すぎます!? あぁぁぁあああ、マスターがいけないんですよ! そそそそ、そんな可愛い顔をされたら、ふー、ふー……いひひひ、い、イジメたくなっちゃうじゃないですかぁ!?」


 鼻息を荒げ、金色の目を血走らせながら、両手をワキワキさせてシュガーが迫った。


「ちょ、やだ、待ってよシュガー!? こ、怖いから! こんな所で、恥ずかしいよ!?」

「こんな所だからいいんじゃないですか~♪」

「……クリスタ。俺の背中にしがみついてろ」

「ふぇ?」


 言われた通しにした直後、ウルフが急停止し、倒立でもするように高く尻を上げた。


「ちょぉぉおおおお!?」


 すっかり変態モードになっていたシュガーは派手に吹き飛び、頭から地面に突き刺さった。


「……たく。こんなのが天使だなんて。神って奴は本当にどうかしてるぜ」


 冷ややかな視線を向けて、ウルフは後ろ足で土をかけた。

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