第24話 魔族とは
「また良い所で邪魔してくれちゃって……なんなんですかあなたは」
水を差されて、不機嫌そうにシュガーは言った。
「俺はウルフだ。見ての通り魔族だが、お前らに危害を加えるつもりはねぇ」
「ウルフって……それ、偽名ですよね? 自分で考えたんですか? 狼だから、俺はウルフだ! って。だとしたら、センスないですねぇ」
ジト目を向けて、小馬鹿にするようにシュガーは言った。二度もいい雰囲気を邪魔されて、根に持っているらしい。
「ながっ!? う、うるせぇ! 余計なお世話だ! てかお前、魔族が怖くないのかよ!?」
ギョッとして、ウルフは叫んだ。もふもふの毛皮に覆われていなければ、赤くなった顔が見えそうな態度である。
「な~にが魔族ですか。
「わんちゃん言うな!? 大体こんな縄ぐらいな! その気になれば!」
ふんっ! とウルフが力込めた。獣毛に覆われた体躯が一回りも大きくなり、ミチミチと音を立ててシュガーの作ったロープを引き千切ろうとする。
それを見て、クリスタは恐怖で慄いた。
「ひぃいい!? だ、ダメだよシュガー! 挑発しちゃ!」
魔族を見るのは初めてだが、恐ろしい存在だと聞いている。魔族はみんな、悪魔から与えられた魔法の力を持っていて、その辺の魔物なんか比べ物にならないくらい強いのだと。
「平気ですよ。
余裕の顔で言うと、シュガーはぱちりとウィンクをした。
「――だぁ! ぜー、はー、ぜー……クソ! どうなってんだよ!?」
「だから言ったでしょう。魔族なんか全然怖くないって。えーと、そうです。だって私、天使ですから!」
ドヤヤァ! と得意気にシュガーが誇る。
「どうなってんだ……この女、マジでマジに天使だってのか?」
信じられないのか、ぶつぶつとウルフが呟く。
「そう言ってるじゃないですか。わかんないわんちゃんですねぇ」
「だって、おかしいじゃねぇか! 神は、俺達魔族を嫌ってんじゃねぇのかよ!? 天使は神の手先なんだろ! 今まで見捨てて置いて、なんで今更助けるような事をするんだよ!?」
突然キレて、ウルフが叫んだ。あまりの剣幕に、驚いてクリスタが尻餅を着く。
それを見て、シュガーの顔が怖くなかった。
「……
ウルフの突き出した口に触れた手が口輪に変形し、犬の魔族を黙らせる。
「――んぐ!? んぉん! んーーー!」
「躾のなってないわんちゃんですねぇ。無駄吠えして、マスターがおしっこちびったらどうするんですか。いえ、マスターのおもらしパンツを洗うのは私的にはご褒美なので全然オッケーなんですけど」
「シュガー!? 余計な事言わないで! っていうか、そんな風に思ってたの!?」
「マスターが悪いんです。純粋無垢だった奴隷の私をこんな風に調教して……」
ポッと頬を赤くして、切なそうにシュガーは言う。そんな彼女を見て、ウルフはうわ、マジかよ、みたいな目をクリスタに向けてきた。
「ち、ちが、違いますよ! 違いますからね! やめてよシュガー! 誤解されるでしょ!?」
「でも、嘘は言ってませんよ?」
「余計にたちが悪いよ!? いいから、その口輪外してあげてよ! なにか言いたい事があるみたいだし、僕達の事助けようとしてくれたんだから、悪い魔族じゃないのかもしれないよ!」
「余計なお世話で勝手に自爆しただけですけどね」
素っ気なく言うと、シュガーは格好つけて指を鳴らした。ウルフを黙らせていた口輪がドロリと解けて、生きてるみたいに伸びてシュガーの肌に吸い込まれる。
「ぶはっ! くそ、どうなってやがんだよ!?」
「天使だって言ってるでしょ。天使だから、なんでもアリなんです。わんちゃんを助けたのは、それがマスターの望みだからです」
「……マスターってのは、そっちの坊主の事だよな……」
訝し気に、ウルフが視線を向けて来る。
「えーと、クリスタです。その、僕もよくわからないんですけど、色々あって天使様のご主人様になっちゃったみたいで……」
認めたつもりだったが、こうして声に出して他人に説明すると、物凄く恥ずかしく感じた。
「天使のご主人様って……お前、なにもんだよ……」
「本当、僕にもさっぱりで……」
「マスターは神に選ばれた存在なんです。なので、私のマスターなんです」
ウルフはまだ納得してない様子だったが、とりあえずそういう事にしておいたらしい。
「……その話を信じるとしてだ。どうして俺を助けた。神に選ばれたって事は、神の手先なんだろ?」
尋ねるウルフは真剣だった。彼にとっては、物凄く大切な問題らしい。
「そう言われても……シュガーが天使様だって分かったのもついさっきだし……その、ウルフさんが先に助けてくれたから、僕も助けなきゃって……それにその、魔族じゃないけど、僕も神様に嫌われてるみたいなので」
そう言って、クリスタは右手の甲をウルフに向けた。
「……やっぱ、
「ノーマン? どういう意味ですか?」
「人間じゃない奴らの事を、俺達はそう呼んでる。魔族とか、成り損いとかな。で、俺は人で無しを助ける為にあの森を探索してたんだ。この辺の村は、人で無しはみんなあの森に捨てて処分するって聞いたからよ」
「助ける? 魔族なのにですか?」
「勘違いしてるみたいだから言っとくが、俺だって十五の成人の日を迎えるまでは自分の事を普通の人間だと思ってたんだ。それが、くそったれな聖櫃のせいでこのざまだ。いきなりバケモノみたいな姿になっちまって、魔族だって言われて殺されそうになった。それで必死に逃げて、あの人に助けられたんだ。だから、同じようにして、自分みたいな人で無しを助けて回ってんだよ」
「……なんだか、魔族って思ってたのと全然違うんですね……」
困惑して、クリスタは呟いた。ウルフの話が本当なら、魔族は元々は人間で、中身だって同じ人間という事になる。違うのは、バケモノみたいな見た目だけだ。そう思うと、途端に彼に親近感が湧いた。彼もまた、クリスタと同じ絶望を味わった仲間なのだ。いや、成り損ないよりも、魔族の彼の方がずっと酷い目に合っているはずである。
「あの人というのは? お話を聞いた感じ、わんちゃんはなにかの組織に属していて、その人がボスって感じですけど」
「天使ってのは勘が良いな」
シュガーの推理に感心して、ウルフは言った。
「
魔王様、と。
そう言って、狼の口がニヤリと笑った。
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