第23話 神に選ばれし者

「つまり、こういう事ですよ。神様に生み出されたばかりの私は、マスターの言う、神様の裁きアポカリプスの時代にこのダンジョンに閉じ込められて、マスターと出会うまで、ずっと眠ってたんです。で、神様の与えてくれた力が色々あるので、出来る事は出来るし、分かる事は分かるんですね」


 気を取り直してシュガーは説明した。


「じゃあ、なんで僕はシュガーのマスターなの? ムータンティガーを大人しくさせたあの力はなんだったの? どうして神様は僕にそんな力を与えたの?」


 気になって、クリスタは全部聞いた。


「それはですね……」


 もったいぶって人差し指を立てると、シュガーは言った。


「ずばり! マスターが神様に選ばれた特別な存在だからです!」

「僕が、特別な存在? そんな事、ないと思うけど……」


 クリスタは困惑した。まぁ、ダメダメという意味では特別かもしれないが。神様に選ばれる理由なんか、一つも思いつかない。


「神様は、誰だってよかったんですよ。で、たまたまマスターが選ばれたんです。選ばれたから特別で、だからマスターは特別なんです。それで、マスターは神様の作った道具や眷属に命令する力があるんです。神に選ばれたご主人様マスターの力ですね。だから、ムータンティガーは大人しくなったんです」

「……じゃあ、シュガーが僕に優しくしてくれるのも、僕がその、神様に選ばれたご主人様だから?」

「うっ……」


 悲しい顔でクリスタが聞くと、シュガーは呻いて胸を押さえた。


「それはまぁ、そうなんですけど……」

「気にしないでよ。おかしいと思ってたんだ。いくら奴隷だって、僕みたいなパッとしない奴にあんなに優しく尽くしてくれる理由なんかないんだもん。神様の命令だったら、納得だよ」


 そんな事は最初から分かっていたつもりだった。シュガーが色々良くしてくれているのは、クリスタにそういう魅力や価値があるわけではなく、そうするように命令されているからだ。はっきりとそれが分かっただけなのだ。それでショックを受けるなんて、思い上がりも甚だしい。けれど、やっぱり悲しいクリスタだった。


「そんな顔しないで下さいマスター! 確かに、私は創造主にマスターを愛するように作られました。この気持ちは作り物かもしれません! でも、私の心はこれしかないんです! マスターには嘘っぱちに思えるかもしれないですけど、私にとっては本物なんです! 仕方なくとか、嫌々やってるわけじゃないんです! 心から、マスターの事が大好きで、大事だと思ってるんです……」


 唇を噛むシュガーは、涙こそ流していなかったが、先ほどの嘘泣きよりも、余程泣いているようにクリスタには見えた。


「……ごめん、シュガー。僕は、悪いご主人様だ。自分の事ばっかりで、君の気持ちの事なんか、全然考えてなかった。そうだよね。僕がなんて言ったって、君にとっては僕がご主人様なんだ。だったら僕……頑張るよ! 頑張って、君に相応しい立派なご主人様になってみせるよ!」


 自分が神に選ばれた存在だなんて信じられない。でも、そんな事とは関係なく、天使様は自分の事をご主人様だと言っているのだ。恐れ多い事だけど、それはクリスタにもシュガーにもどうにもならない。文字通り、神様が決めた事なのだから。だったらせめて、天使様のご主人様に相応しい人間になれるよう、努力だけはしようとクリスタは思った。それだけが、何もない自分に出来る、ただ一つの事のように思えた。


「ズッキュ~~~~ン!?」


 言われたシュガーは、急に叫ぶと、胸を押さえて思いっきり仰け反った。


「ななな、なんですかそれ!? なんなんですかそれ!? ズルい、ご主人様ズルい! そんな事言われたら私、胸がキュンキュンして、ご主人様の事がもっと好きになっちゃうじゃないですか!?」


 真っ赤になって頭から湯気まで出すと、わなわなと震えながらシュガーは言った。


「いや、そう言う気持ちがあるっていうだけで、別にまだ何もしてないんだけど……」

「分かってませんねマスターは! 女の子は気持ちが一番なんです! 気持ちさえあれば、口だけデカイ事いって家でゴロゴロしてても結構許されちゃうんです!」

「許されないでしょ!? それに、僕はそんなんじゃないからね!?」

「分かってますよ! 私が言いたいのはつまり、マスター大好き~~! って事です!」


 言いながら、シュガーは犬みたいに飛び付いて、わしわしとクリスタを撫でまわした。


「や、やめてよシュガー! は、恥ずかしいよ!」

「いーじゃないですか誰も見てないんですし! ていうか、私は無償の愛で仕えてるんですから、その分ご主人様を好きなように愛でる権利があると思いませんか?」

「それは……うぅ、そうかもしれないけど……」


 それを言われると弱いクリスタだった。シュガーには既に一生かかっても返せない程の恩がある。彼女がしたいという事を断る権利など、ないように思えた。


「……あー、お盛んな所悪いんだが、ここにもう一匹いる事を忘れてないか?」


 シュガーにはね飛ばされたまま、逆さになった狼男が気まずそうに言ったのだった。

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