第22話 天使様

 ムータンティガーの攻撃を受けて、狼男は重傷だった。あちこち穴だらけで、どばどば血が出ていた。でも、シュガーの回復スキルであっさり治ってしまった。


 気絶したままだったので、一旦ダンジョンに連れ帰った。シュガーの提案で、念の為に彼女の生産したローブで縛ってその辺に転がしている。シュガーは野菜を採りそこねたと不満気だった。


「……ねぇシュガー。君って、本当は何者なの?」


 下着を変えて一息つくと、クリスタは尋ねた。


 これまでも、只者ではないと思ってはいたのだ。けれど、色々と複雑な事情があるようだし、聞いても分からなそうなので、そういうものなのだと思う事にしていた。

 だが、そろそろそれも限界だった。


 シュガーは、明らかに普通ではないし、クリスタや色々な事について、クリスタ以上に知っているようだった。


 僕が神様に愛されてるだって? スキル無しの、成り損ないのこの僕が? 冗談じゃない!? けれど、実際にムータンティガーはクリスタの命令に従ったのだ。試しにあの後、三回まわってワンと鳴けと言ったら、その通りにした。だから、どれだけ信じられなくても、事実なのだった。


「ですから私は、マスター一筋の頼れる便利な万能奴隷ですよ♪」


 ほっぺに指を当てて、ぶりっ子をしながらシュガーは言った。


「誤魔化さないでよ! シュガーは……本当は、天使様なんでしょ!?」


 意を決して、クリスタはその事を指摘した。一目見た時から、そんな気はしていたのだ。


「……へ? 天使? 私が?」


 自分を指さして、パチパチと瞬きをしてシュガーは言った。


「誤魔化さなくていいってば! ううん、いいんです、天使様! だって、そうじゃないですか。こんなに綺麗で可愛い人は、世の中にいませんよ! 肌も髪も真っ白で、目だって金色で、そんな不思議な見た目の人、見た事ないです! 優しくて、良い人で、なんでも出来て、普通の人なら知らないような事も知ってて、だから、あなたは天使様なんですよね? ダンジョンには、大昔の悪い人達が神様から盗んだ物が残ってるって聞いた事あります! 天使様は、悪い人達に誘拐されて、ずっとここに閉じ込められてた……そうなんですよね!?」


 クリスタなりに必死に考えてたどり着いた答えがそれだった。

 それなら、大体の事は説明できる。


 彼女がどうして自分をマスターと呼び、奴隷のように従っているのか。そして、なぜ自分に神様の眷属を従わせる力があるのかは謎だったが。


「えへへへ~、確かに私は可愛くて美人でセクシーで何でも出来る健気で優しい万能奴隷ですけど~、天使様とか言われたら照れちゃいますよ~」


 にへら~と緩んだほっぺを両手で押さえ、幸せそうにくねくねしながらシュガーは言った。


「あ、でも、プロジェクト名的にはある意味天使で合ってるのかも? 私は博士の個人的な趣味で作られた隠し機体なのでどういう計画だったのかは知らないんですけど」


 思いついたようにシュガーは言った。そして、例によってクリスタには理解出来ない謎の言葉をぶつぶつと呟く。神様の世界の言葉だと思えば、理解出来ないのも当然だった。


「やっぱり……天使様だったんだ……ご、ごめんなさい! 失礼な事、沢山しちゃって!」


 慄いて、クリスタは足元に土下座した。神様の使いを奴隷扱いなんて、とんでもない事をしてしまった。きっと地獄行きだ。そう思うと、恐ろしくて涙が出て来る。


「ま、マスター!? いやですよ! 顔を上げてください!」

「マスターなんて呼ばないで下さい! 僕は、ただの卑しい人間なんです。いいえ、スキルの解放もろくに出来ない、人間未満なんです! 天使様とこうしてお喋りする事だって恐れ多いんです!」

「うぐぐ、なんか物凄く面倒な事になっちゃったんですけど。マスター! 嫌ですよ! 私は天使でも、マスターの可愛い万能奴隷なんです! 今までみたいにフランクに可愛がってくださいよ~!」


 縋りついてゆさゆさと、シュガーがクリスタを揺さぶった。


「無理ですよ! そんな恐れ多い事、僕には出来ません!」


 ぶんぶんと頭を振って、クリスタは断固拒否した。今までは、まだ知らないから許された。いや、許されはしないかもしれないが、その余地はあるのだ。だが、シュガーが天使様だと分かった今、これ以上無礼な振る舞いは許されないのだった。


「……そーですか。へー、そーですか! マスターが意地悪言うんだったら、私にも考えがありますからね!」


 怒った声でシュガーは言った。


「だ、だって、シュガーは天使様だから……」


 困ったクリスタが顔を上げた。天使様と分かっても、シュガーの事は変わらず大好きなクリスタだった。怒らせたり、悲しませたくはないのだった。


「ふぐ、ぐふ、ぐしゅ、ぴぇ……うわああああああああああああああああああああん!」


 シュガーは、ブサイクに顔を歪ませると、凄まじい勢いで大泣きを始めた。


「びぇびぇびぇええええん! やだやだやだああああ! マスターが今まで通り接してくれないなんていやなんですうううう! うわああああああん! びぇえええええん!」


 床に四肢を投げ出して、手足をバタつかせながらぐるんぐるん回転する。そんな風に暴れたら、シャツもスカートもめくれ上がって、色んなものが丸見えだった。


「天使様!? な、泣かないで下さい!? 色々、見えてますから!?」


 クリスタは焦った。普通の女の子だってダメだろうが、天使様のいけない所を見るのは、もっとダメな気がしたからだ。


「うわあああああああああ! また天使様って言った! やだぁああああ! シュガーって呼んでくれなきゃやだぁああああああ!」


 あんなにも可愛くて綺麗でセクシーだった顔は、鼻水と涙と涎でぐちゃぐちゃだった。髪の毛もへばりついて、かなりエグイ事になっている。本気と書いてマジ泣きだった。


「わ、わかりましたから! シュガー様、ちょっと、落ち着いて下さい!?」

「様もやだぁああああ! 敬語もやだぁああああああ! 全部今まで通りじゃなきゃやだやだやだぁあああああああ!?」


 狂ったように手足を振り回し、泣き叫びながら縦横無尽に部屋の中を転げまわる。途中で気絶した魔族を何度も殴ってはね飛ばしたが、今は気にしている余裕もない。


「わ、わかったよ! 今まで通りにするから、泣かないで! シュガーが泣いたら、僕まで悲しくなっちゃうよ!」


 諦めて叫ぶと、ピタリとシュガーは泣き止んだ。


「分かればいいんです」


 フン、と鼻を鳴らして立ち上がり、パンパンとスカートを叩いた。


「あ、ずるい! ウソ泣きだったんだ!」


 ショックを受けて、クリスタは叫んだ。

 そんな彼の鼻を、キュッとつまんでシュガーは言うのだった。


「そーですけど。天使様扱いしたら、何度だってやりますからね! 私が本気で泣いたら、こんなものじゃないんですからね!」


 釘を刺されて、内心ではクリスタもホッとしていた。

 そんな事が許されるなら。

 今まで通りに出来たらいいなと、彼だってそう思っていたのだ。

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