第21話 十一型狩猟戦車
「これは、
鎧を着た蜘蛛の魔物を前にして、呑気な声でシュガーは言った。
「ムータンティガーだよ!?」
クリスタは叫ぶと、どこでも倉庫から剣を取り出し、シュガーを背中に庇った。
「これがムータンティガー……あぁ。
「いいから逃げて! 早く!?」
突然意味の分からない事を言いだすのはシュガーの悪い癖だった。
とにかく逃げないと!? 必死に訴えるが、事の重大さが理解出来ないのか、シュガーは焦る様子もない。
「平気ですよ。こいつはマスターに手出し出来ません。マスターの所有物である私も大丈夫です。戦ったって負けませんけどね」
えっへんと、得意な顔で言ってくる。
「そんなわけないだろ!? いいから早く! これは――命令だよ!」
緊急事態だ。そんな言葉は絶対に使いたくなかったのだが、仕方なくクリスタは命じた。
「えー。大丈夫なのに――伏せて!」
「うわぁ!?」
不満そうに頬を膨らますと、突然シュガーはクリスタを無理やり地面に押し付け、庇うように前に出た。突き出した左手が、彼女の背丈程もある大盾に変形する。
直後に、ムータンティガーの頭が爆発した。
「ひぇえええ!?」
驚いて、クリスタはちょっとチビってしまった。
「こっちだバケモノ! てめぇの相手は俺だろうが!」
遠くの方で、狼男の魔族が人間みたいに立って叫んでいた。
「手榴弾なんか投げて、マスターに当たったら危ないじゃないですか!」
そちらを見て、シュガーがぼやいた。
爆発したはずなのに、ムータンティガーは無傷だった。身体はこちらに向けたまま、長い角の生えた頭部を狼男に向ける。
「なにやってんだお前ら! 俺が引きつけてる間に早く逃げろ!?」
言われて、クリスタは混乱した。なんで魔族が人間を助けるのだろうか?
と、今度はムータンティガーの角が爆発した。先ほどよりも小規模だが、連続で、爆竹でも鳴らしたみたいにパパパパパ! と小刻みに火花が散る。
「がぁぁあああ!?」
狼男がなにかしたのだ。クリスタはそう思ったが、違ったらしい。爆発したのはムータンティガーなのに、悲鳴をあげて倒れたのは狼男だった。
「どうなってるの?」
「ムータンティガーが反撃したんです。えーと、あの角は、火薬の爆発で小さな矢を飛ばす武器なんですよ」
呑気に解説すると、シュガーは腰の抜けたクリスタを抱き抱えて来た道を引き返しだした。
「待ってよシュガー!? なにしてるの!?」
「逃げろって命令したじゃないですか。マスターは腰が抜けちゃってるみたいなので、抱っこして帰ります。むむ、この臭いは……マスター、やっちゃいましたね」
わざとらしくクンクンすると、嬉しそうな意地悪顔でシュガーは言った。シュガーは犬みたいに鼻がいいので、チビったのがバレたのだろう。
「言わないでよ!? それより、あの魔族! 僕達を助けようとしてやられたんだ! ほっとけないよ!」
教会でクリスタは、魔族は邪悪な存在で、人間の敵だと教えられていた。人間を誘惑したり、騙したり、食べたりするのだと。今の今まで、ずっとそう思っていた。
あの魔族はムータンティガーに追われていた。悪い奴なら、そのままこちらにムータンティガーを擦り付けて逃げるはずだ。それなのに、わざわざ立ち止まって、注意を引いて、警告までしてくれた。だから、良い魔族なのかもしれないと思った。
クリスタは、成人の日に成り損なった自分を司祭様や村のみんながバケモノ扱いした事をはっきりと覚えていた。だから、今まで頭から信じていた教会の教えや村の常識も、以前のように信じる気にはなれないのだった。
「でも~、私~、逃げろって命令されちゃったので~。奴隷的には~、マスターの命令は絶対なので~」
ニヤニヤしながら、シュガーはそんな事を言ってくる。
「ごめんてば! さっきは、シュガーが危ないと思って心配だったんだ! 謝るから! 僕達であの魔族を助けられるなら、助けてあげないと!」
ムータンティガーは恐ろしい。だが、もしかしたら、シュガーと一緒ならどうにかなるかもしれないと思った。見捨てられて辛い思いをしたクリスタである。自分を助けてくれた相手を見捨てたくはなかった。そんな事をしたら、あのクソッタレな村の人達と一緒になってしまう気がした。
「分かってますよ。ちょっと拗ねてみただけです。マスターが一言やめろと命じれば、ミューティガーは止まりますよ」
「そんなわけないでしょ!」
「そんなわけあるんですって。前に言ったじゃないですか。マスターには、私には絶対出来ないようなすごい事が出来ちゃう力があるんですって。嘘だと思うなら、試してみてくださいよ」
シュガーの言葉でも流石にそれは信じられなかった。けれど、試すまではシュガーは手伝ってくれそうにない。ただ一言叫ぶだけなので、クリスタは言う通りにした。
「やめろ! ムータンティガー!」
「ザザザーー了ーービー、ガガッーー解ーーブーッ」
ムータンティガーは大人しくなり、角を下げた。
「……嘘でしょ」
「だから言ったじゃないですか。マスターは神様に愛されてるんです。なので、そうですねぇ。神様の眷属を従わせる力があるんです」
ちょっと考えると、シュガーは言った。
「……おいおい、マジ、かよ……」
血塗れで倒れていた狼男が苦しそうに呟いた。
そして、ガフッ! と血を吐いて気絶したのだった。
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