第18話 勇者隊の仕事
「うっ……オロロロロロ……」
名も知らぬ森の中、カールは適当な木に縋りついて盛大に昼飯をぶちまけていた。
勇者隊に入って一ヵ月、地獄のような新人研修を終えて、待ちに待った初任務だった。
上官のジュリオには、スカウトの際の入隊テストで今ひとつの印象を与えてしまった。
だから、カールは物凄く張り切っていた。
あんな糞みたいなテストで戦士の実力が測れるわけがない。俺は実戦で輝くタイプなんだ! それに、村の訓練が遊びに思えるような過酷な研修を乗り越えている。初任務では使えるところを見せてポイントを稼ぐんだ!
そんな風に意気込んでいたのだが、このざまである。
「なっさけな~い」
言ったのは、同行しているリリィだった。カールの支援要員のはずなのに、ジュリオの隣で呆れたような顔をしている。
「うるせぇ……うっ……お前は、よく平気でいられるな……」
カールは蒼白になって、全身から嫌な汗を噴き出していた。頭は熱病に冒されたみたいに熱く、ずきずきと頭痛がする。胃の中はとっくに空っぽなのに、身体はヒステリーを起こしたように吐こうとしていた。
「楽しいじゃない。こんな任務なら、幾らだって大歓迎よ」
髪の毛を弄りながらリリィは言った。カールと同じように、彼女は勇者隊の黒い制服を着ている。カマトトぶるのはやめたのか、スカートはこれ見よがしに詰められていた。
サディストが! この女は、イカれてるぜ! 込み上げる胃液と共に、カールはそんな思いを吐き捨てた。そんな風に思っても、カールの下半身はすっかりリリィの虜になっていて、今更手放そうとは思えないのだが。
カールが血反吐を吐いて研修を受けている間に、リリィは王都に順応して、垢抜けていた。支援要員の癖に人脈も広げており、新人は勿論、他の隊員も色目を使う良い女の地位を確立している。
彼女の男というだけで、カールも周りから羨まれて、悪い気はしない。だから余計に、リリィには強く出られないのだった。
「ははは、リリィ女史は逞しいね。僕も最初の内はカール隊員みたいに吐きまくったものだよ。懐かしいねぇ。まぁ、通過儀礼のようなものさ」
気さくに笑ってジュリオは言った。ジュリオは良い上司だった。他の新人の話を聞くと、他所の上官は結構酷いらしい。威張ったり、すぐ怒ったり、暴力を振るったり、尻を掘られた奴もいると聞く。それに比べたら、俺はついてる。運がいいってのは良い事だ。だからこそ、彼に失望されたくない。せめて、ガッツのある所を見せておかないと。
「すぐに……っぷ……慣れてみせます!」
胸を叩いて込み上げる吐き気を黙らせると、カールはビシッと勇者隊式の敬礼を決めた。
「期待してるよ、カール隊員。
周囲には、十人程の死体が転がっていた。カールと同い年くらいの人間が多かったが、中にはもう少し歳を取っていそうな者もいた。全員かなり痩せていて、物凄く不衛生な状態だった。着ている物もボロボロで、カール達が始末をつけなくても、遅かれ早かれという感じがする。
成人の日に追放された成り損ないだ。そういうのが適当に集まって、人里から離れた森の中で、運よく生き延びた年長者をリーダーに細々と生活している。それを狩り殺すのが今回の任務だった。
放っておいても大体は勝手に死ぬのだが、中には盗賊や反体制的な武装勢力に吸収されて、将来的な脅威になるので、情報があればこうして探し出し、殺すのである。
成り損ないは文字通り、人ではない。だから、罪悪感を覚える理由なんてなにもないのである。実際、カールはクリスタを生きては帰れぬ狩人の森の奥深くに置き去りにした。だから、簡単な任務だと侮っていた。だが、それは甘い考えだった。
狩人の森に置き去りにして殺すのと、自分の手で直接殺すのとでは、まったく意味が違っていた。自分と同い年ぐらいの少年少女を、支給品の立派な剣で切り殺す。相手は悲鳴をあげ、糞尿と血反吐を撒き散らしながら必死に命乞いをする。でも殺す。
上手くやらないと、相手は死にかけの虫みたいに暴れて、胸糞が悪くなる。動かなくなっても、濁った眼がじっとこちらを見つめている気がする。自分の手によって、生物がただの物になっていく。生と死の境は、彼がちょっと剣を振っただけで簡単に取り払われてしまう。
スキル無しの成り損ないを殺すのなんか、カールにとっては蟻を潰すようなものだった。ちょっと前まで人間だった蟻だ。人間の声をして、人間の身体をした蟻だ。でも人間じゃない。本当に? クソッタレ! 考えるな、考えるな、俺は、言われた通りに仕事をしただけだ!
また吐き気が込み上げて、カールは慌てて背を向けて吐いた。
「大丈夫かい?」
「うっぷ……平気……です! 戦いになれば、ちゃんとやれます……俺は、バトルマスターですから、武装してようが、成り損ないなんかひと捻りにしてやりますよ……」
口元を拭って、必死に虚勢を張る。無抵抗の相手よりは、盗賊のような武装勢力と戦う方が気楽な気がした。
「そういう考え方はよくないな。成り損ないも生きるのに必死だ。機会さえあれば、奴らは武装し、群れを成す。で、殺して奪ってさらに力をつけるわけだ。中には厄介なグループも多い。魔族と手を組んだり、魔物を手懐けたりしてね。僕達が神から与えられたスキルを使うように、奴らは悪魔の力である魔法を使う。特にこの時期は、そういった連中も人員確保の為に活発になってるからね。侮ってると、簡単に死ぬよ?」
ジュリオは気さくに話したが、目は全く笑っていなかった。
「はっ! 了解です!」
胸糞が悪いだけで、戦いになれば負けるわけはない。そう思いながら、カールは表面上は真面目に返事をした。
「いい返事だ。それじゃあ、次の狩場に行こうか」
「ちょっと待ってください」
引き留めると、リリィは赤毛の少女の死体に近寄った。
カールによって背中を袈裟切りにされた死体を、面白そうに眺めている。
「なにしてんだよリリィ」
呆れた顔でカールが言った。無残な死体を見て、股間でも濡らしているのだろう。この女は、真性のサディストだった。クリスタを森に置き去りにした日なんか、一晩中求められて、カールは丸三日朝勃ちもしなくなる程だった。
「だってこいつ、まだ息があるじゃない」
ニタリとして笑うと、リリィは傷口を泥だらけの靴で踏みにじった。
「――ッ!? クゥッ――」
必死に堪えようとしているようだが、死んだふりをしていた赤毛の少女の口から、食いしばった悲鳴が漏れた。
「ほらね。ちゃんと殺さないとダメじゃない。ねぇ、ジュリオ隊長?」
媚びるように微笑むと、リリィは支給された銃を足元に向けた。
「ムシケラちゃん。なにか言い残す事ある?」
「――いや!? 死にたく――」
リリィは途中で引き金を引いた。
足元に咲いた赤い花を、リリィはうっとりとした顔で見下ろしていた。
「ごめんなさい。虫の言葉はわからないの。あはははは」
ケタケタと無邪気に笑うと、明るい笑みをジュリオに向けた。
「お待たせしました。ふふ、この銃という武器は、素晴らしい物ですわね」
「よく気付いたね」
「ジュリオ隊長も気づいてらしたでしょう? お手を煩わせたらいけないと思って」
潤んだ目を向けながら、リリィはすれ違いざまにジュリオの太ももをそっと撫でた。
あからさまな誘惑だったが、カールは吐くのに必死で、何も見えてはいなかった。
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