第11話 勇者隊のスカウト
「君がバトルマスターのスキルに目覚めたという少年かい?」
王都からやってきたスカウトは、砕けた笑みを浮かべてカールに尋ねた。
勇者隊の隊長の一人で、ジュリオ=ヘクトと名乗った彼は、カールが思い描く勇者隊のイメージを体現するような好男子だった。
鮮やかな金髪碧眼の持ち主で、いかにも女にモテそうな貴族的な顔立ちをしている。背は高く、逞しいが武骨ではない。洗練されたスマートな雰囲気があって、黒い制服がよく似合っていた。ジュリオを前にしたら、自信家のカールも気後れをする程だ。
「はい! カール=マンティスと言います!」
「そんなに硬くならなくていいよ、と言っても無理な話か。実力次第では、僕は君の上官になるわけだしね」
からかうようにジュリオは言った。笑う所だろうかと悩みつつ、カールは無難な愛想笑いを浮かべておいた。
年に一度、使えそうな新成人のいる村には、勇者隊の隊員がスカウトにやって来る。折角戦闘スキルに目覚めても、ほとんどの人間は農民をやりながら村の自警団に納まって一生を終えるか、出稼ぎに出るか、一か八か村を飛び出して冒険者か山賊になるか、その程度の選択肢しかない。都暮らしの出来る勇者隊は、立身出世の大チャンスなのだった。
そうさ! 俺はこんなチンケな村で終わるような男じゃねぇ! 夢にまで見たバトルマスターのスキルに覚醒したんだ! 是が非でも、このチャンスを物にして見せるぜ! そんな風に思って、カールも意気込んでいた。
「それじゃあ、早速君の力を見せて貰おうか」
村の外れの、訓練場と名付けられた空き地だった。
ジュリオが視線を移した先には、納屋程もある大岩が転がっている。この日の為に、カールが数日がかりで遠くの岩場から運んできた物だ。
本当は、クリスタの父親がスカウトの日に砕いたと言われている大岩と同じくらいの大きさにしたかったのだが、彼の力ではこれが限界だった。それでもかなり無理をして、運ぶのに苦労した。
大人達の言うアルバートの活躍なんか嘘っぱちだ! 確かにバトルマスターのスキルは凄いけど、目覚めたばかりであんなデカい岩を運べるもんかよ! 仮に運べたとしても、それを素手で砕くなんて無理に決まっている。だからカールは嘘だと決めつけて、気にしない事にした。すくなくとも、そうしようと努力はした。
「はい!」
元気よく返事をして、カールは大岩に向かって行った。周りでは、村人が総出で見守っている。みんな、彼がスカウトに受かると信じきっていて、カールは凄まじいプレッシャーで吐きそうだった。クリスタから奪ったリリィも、失敗したら許さないわよ、という無言の圧を飛ばしている。
リリィはとんだ悪女だった。クリスタにはキープだと言っていたが、バトルマスターに目覚めるまでは、カールがそう言われる側だった。あたしと寝たいんだったら沢山努力して、凄いスキルに目覚めなさいよ。カールが惚れているのを知っていて、そんな風に焦らすのだった。
バトルマスターに目覚めた事で、どうにか繋ぎとめているが、ここで失敗したら、どうなるか分からない。多分リリィは、あっさりカールを捨てて、別の将来有望そうな男にすり寄るのだろう。あるいは、カールが気付いていないだけで、既に布石は打っているのかもしれない。
期待されるってのは、こんなにも重圧なのかよ。
窒息しそうになって、カールは何度も深呼吸をした。
そしてふと、クリスタの事を思いだした。
弱っちい癖に親の七光りでちやほやされて、見ているとイライラする鬱陶しい奴だったが、死んでしまった今となっては、可哀想な奴だったなとカールは思った。まぁ、あんなんだから成り損ないになったのだろうと、納得もしたが。
俺は違う。あんな、糞みたいな負け犬とは。力を示して出世して、じゃんじゃん稼いで美味い物食って、良い女を沢山抱くんだ!
ギラついた欲望を滾らせながら、カールはバトルマスターのスキルを呼び覚ました。全身に力が漲り、スキルを与えた神の奇跡によって身体が薄ぼんやりと発光する。
「どりゃああああああ!」
気合と共に突き出した拳が大岩を穿った。爆薬でも炸裂したみたいに、殴った所が砕けて吹き飛んだ。けれど、真っ二つとはいかず、原型は残っている。
それを見て、村人達が騒めいた。大人達はどこかがっかりした様子で、アルバートのようにはいかないか、等と勝手な事を言っている。
アルバート、アルバート、アルバート、アルバート! クソッタレが! お前ら全員束になったって、俺には敵わねぇ癖に!
今すぐ全員殴り倒したい気持ちを必死に抑えながら、表面上は何事もないような振りをして――だが、露骨に不安そうな顔でカールはジュリオを振り返った。
「ど、どうでしょか」
「うーん」
ジュリオは曖昧な表情で顎を撫でている。
「今日はその! 調子が、悪くて……普段なら、こんな岩、楽勝なんですけど……」
咄嗟にカールは言い訳をした。折角掴みかけたチャンスを、こんな事で無駄にしたくはない。もし駄目だったら、また負け犬の厄介者に戻ってしまう。
「はっきり言おう。バトルマスターのスキルを持っているにしては、平凡な結果だね」
その言葉に、村人達が一斉に溜息をついた。
「待ってください! 確かに、今は平凡かもしれません! でも、俺、絶対強くなります! どんな厳しい訓練でも耐えて見せます! だから、お願いします! 俺を、勇者隊に入れてください!」
ジュリオの前で土下座して、必死になってカールは訴えた。とにかく、勇者隊に入るんだ。入っちまえばこっちの物だ。その為なら、こいつの靴だって喜んで舐めてやる!
「勘違いしないでくれよ。バトルマスターのスキルはかなりレアなんだ。それを持ってるってだけで、君は十分勇者隊に入る資格がある」
「……ぇ? そうなんですか?」
苦笑いのジュリオに、ポカンとしてカールは言った。だったら最初からそう言えよ! とんだ恥をかいたじゃねぇか! 村人も、なんだそうかと笑っている。人の気も知らないで、ぶっ殺してやりてぇ!
「目覚めたばかりの君が使い物になるとは僕も思ってない。半人前の君を鍛えるのが僕の仕事だ。一応、確認しておこうか。勇者隊の仕事は君が想像する百倍は過酷だし、その千倍は危険だ。死亡率も高い。新人は特にね。その分稼ぎはいいし、相応の見返りもある。その上で、半端な覚悟ならやめておいた方がいいと助言しておこう」
「平気です! 国の為に、命を捨てる覚悟です!」
そんな気はまったくないが、勢いでカールは言った。
それはジュリオも分かっているのだろう。苦笑いで肩をすくめる。
「よろしい。それじゃあカール君。今から君は僕の部下だ。その命、僕が預かろう」
村人達がワッと湧いて、拍手が響いた。
それが落ち着くと、リリィがわざとらしく咳ばらいをして見せた。
わかってるっての! 視線で合図をすると、カールは言った。
「それであの、勇者隊にスカウトされたら、支援要員を一人推薦出来るって聞いたんですけど」
「あぁ、彼女でもいるのかな?」
見透かして、ニヤニヤしながらジュリオは言った。支援要員とは方便で、実際は女を連れていく理由に使われているのだった。
「まぁ、そんな感じで……でも、回復スキルを持ってて、結構使える奴なんです!」
女の尻に敷かれていると思われたくなくて、カールはそんな言い方をした。多分後でリリィに怒られるが、仕方ない。男には見栄があるのだ。
「そうだろうとも。さて、カール隊員の寵愛を受ける幸運な女の子は誰かな」
からかうように、ジュリオが視線を巡らせた。
不意にその目が、縫い付けられたように一人の少女を見出した。
「……君がそうかな?」
「リリィ=パフです。ジュリオ隊長」
下品に見えないギリギリの長さに詰められたスカートの端を持ち上げて、リリィはニッコリと会釈した。何気ない挨拶には、経験豊富な人間にだけ伝わる意味深な響きがあった。
それに気づいて、ジュリオは口笛を鳴らした。
「……なるほど。これは中々掘り出し物だ」
呟きは、誰に聞かれる事もなく風に流れた。
「リリィ女史。君をカール隊員の支援要員として迎い入れよう」
村人が歓声を上げた。
鈍感なカールは、ただただホッとしていた。
「そう言えば村長。確か今年は、殉職されたアルバート隊長のお子さんも成人しているはずだが。彼はどうしたのかな?」
ジュリオの言葉に、村長の笑みが強張った。村人達も焦って、一斉に黙ってしまった。
「えーと……その、彼は、成人の儀式に耐えられませんで……」
目を泳がせる村長に、ジュリオわざとらしく告げた。
「残念だが、仕方ないね。よくある事だ」
全てを察した上でジュリオは言った。
彼らの税金で暮らしている勇者隊である。
下らない罪悪感を拭ってやるのも、仕事の内だった。
「さぁ行こう。王都を見たら、きっとびっくりするぞ」
「はい! やったな、リリィ!」
「一時はどうなる事かと思ったけど」
無邪気に喜ぶカールに、どこか上の空の様子でリリィが答えた。
村の外に出て、二人は驚いた。
街道に、人を乗せた鋼鉄の大きな箱が浮ているのである。
直後に二人は、それが噂に聞く自動車というものだと知らされた。
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