第9話 ドクターサイモンの趣味
「痒いところはありませんか」
「……な、なぃ……です……」
彼女に頭を洗われながら、クリスタは半泣きで答えた。
裸にされた後、抱きかかえられて別の部屋に連れていかれ、身体を洗われている。
必死に抵抗したのだ。でも、無駄だった。彼女は裸で、自分も裸で、クリスタはもういっぱいいっぱいだった。おまけにその部屋は、貴族やお金持ちの屋敷にしかないと言われている、風呂場のようだった。
謎の素材の大きな桶には、あっと言う間に温かな湯が貯まり、蛇みたいな管からは惜しげもなくお湯が噴き出してくる。それにもクリスタは驚きだった。
今日はもう、ずっと驚いてばかりで、驚くのにも疲れてしまった。
それに……いけない事なのは分かっていたが、彼女とこんな風に一緒にお風呂に入って身体を洗って貰うのは、物凄く恥ずかしくはあるけれど、嫌な気分ではないのだった。
だから、いけない事だとは思いつつ、されるがままになっている。彼女は力持ちで、どうせ抵抗したって無駄なんだ。そんな風に、自分に言い訳をしつつ。
「立ってください。次は前を洗います」
「流石にそこは自分で洗うよ!?」
ハッとして、クリスタは叫んだ。断固として、それだけは譲らない気持ちだった。
クリスタはずっと内股になって縮こまっていた。彼の意思ではどうにもならない男の子の事情というものがあって、今は絶対に立てないのだった。
†
「……信じられない」
洗い立ての衣服に袖を通して、クリスタは呟いた。
お風呂に入っている間に、汚れた服は綺麗に洗われていた。それなのに、濡れたところは全くなく、完全に乾いている。
「どうやったの?」
彼女を見ないようにしながら、クリスタは言った。相変わらず彼女は全裸で、それに対して気にする素振りすら見せないのだった。
「シェルターに設置された洗濯機を使用しました」
「……洗濯機って、なんなのかな?」
「洗濯を行う器械です」
「……そうなんだ」
それ以上の説明は無理なのだろうと思って、クリスタは諦めた。器械くらい、クリスタだって知っている。けれど、クリスタの知るそれは、水車小屋の粉ひき器とか、そういった単純なものばかりだった。例外的に、村長の家にはストーブとか、伝話という器械がある事は知っていたが、見た事はなかった。
あとは、大きな街には小さな村にはないような凄い機械があると噂だけは聞いた事がある。嘘みたいな話ばかりなので、あまり信じてはいなかったが。そういうのがここにはあるのかもしれない。
彼女はシェルターと呼んでいるが、多分ここはダンジョンだろうから、悪い人達が神様から盗んだ凄い神具があってもおかしくはない。なんにしろ、不思議には思うが、現実に服は綺麗になって乾いているから、疑う余地はないのだった。
「マスターがお望みであれば、他の衣服を用意します」
「こ、これでいいよ。それより、他に着る物があるなら、君が着た方が良いと思うんだけど……」
物凄く今更な気がしたが、意を決してクリスタは言った。言わなければ、彼女はいつまでも裸でいるだろう。
「データベースによれば、男性のマスターは女性の裸体を好むとあります。私の体型に不満があれば、マスターの趣向に合わせてカスタマイズが可能です」
クリスタは頭が痛くなってきた。同時に、彼女をこんな風にしてしまった奴隷商人に、激しい怒りが湧いてきた。クリスタはお子様だが、女の子にエッチな事をさせる為に奴隷にする奴がいるという事くらいは知っていた。彼女は頭の弱さと素直さを利用され、都合の良いエッチな奴隷メイドとして調教されたに違いない。だったら僕が、ちゃんとした常識を教えてあげないと!
「そういう事じゃないんだよ!」
意気込んで叫ぶと、彼女は聞いてきた。
「マスターは女性の裸に興味がないという事でしょうか。ご希望なら、男性体や獣体への変形も可能です」
「ああああああ!」
クリスタは頭を掻きむしった。男に獣だって? どんな変態プレイを叩きこまれたんだ!?
悲しさと憐みと同情と人間の身勝手な欲望に対する怒りでクリスタはどうにかなってしまいそうだった。そして、その事に無自覚な彼女が本当にもう物凄く哀れで可哀そうになった。
彼女の華奢な肩をがっちりと掴んで、クリスタは黄金色の瞳を真っすぐ見つめた。
「聞いて! 僕は、女の子が好きだし、裸だって好きだよ! 君はその、物凄く可愛くて、完璧なんだ! だから、そのままでいいだよ!」
「了解しました。形態の変更及び衣服の着用は必要なしと判断します」
「しないでよ!? お願いだから服を着て! 女の子がそんな風に裸でいたらいけないよ! 僕だって落ち着かないし! 物凄く悪い事をしている気分になっちゃうんだ!」
涙目になりながら、クリスタは必死に訴えた。だって、彼女は同じ人間なんだ。男のエッチな欲望を満たす為の道具や、言われた事をなんでもやる自我のない奴隷であってはいけないんだ! お願いだからわかってよ!
どうやら、その想いは伝わったらしい。
「了解しました。マスターのプロファイルデータを更新、一般論的に善良と呼ばれる人物であると想定します」
独り言のように呟くと、彼女は尋ねた。
「どのような衣服をご希望でしょうか」
「裸じゃなかったらなんだっていいよ!」
とにかくクリスタは、一秒でも早く彼女になにか着て貰いたかった。でないと、心も体も落ち着かない。クリスタはずっと前かがみなのだった。
「主命を受諾。
「うわぁ!?」
もう、ちょっとやそっとの事じゃ驚かないぞ! と思っていたのに、クリスタは驚いて悲鳴をあげた。
一瞬で、彼女は着替えていた。黄色い帽子に、白い襟のついた水色のもっさりしたシャツと、履いている意味がないくらい極端に短いスカート、シャツには無記名の名札がくっついている。
「ど、どうやったの?」
「私は自身を構成するナノマシン群とM効果エミュレーターを使用する事で自由に形態を変化させる事が可能です」
「……変身出来るスキルを持ってるって事?」
「その認識で間違いありません」
そんなスキルがあるなんて聞いた事もないが、クリスタが知っているスキルなんて僅かなものなので、スキルだと言われれば納得するしかなかった。
回復だけでも凄いのに、変身スキルまで持ってるなんて! なんて凄い子なんだろう! と、クリスタは驚き尊敬した。そんな彼女がほとんど自我もなく奴隷のように振る舞っているのは、物凄い冒涜であるように思える。
それはそうとして、クリスタは本能的に、この格好は良くない物だと思った。なぜかは分からないし、ある意味物凄く似合ってはいたのだが、それはきっと、よくない似合い方だった。だって、物凄くエッチな感じがするんだもん!
きっとこれも、買い手に受けるように奴隷商人に調教された結果なのだろう。
「その、悪いんだけど、他の恰好にして貰えないかな?」
やんわりと、クリスタは言った。
「主命を受諾します」
次の瞬間、彼女の衣服が弾け飛び、別の服に変った。全体的に真っ白い服だった。頭には赤いハート柄の入った帽子、その下は胸元がざっくり開いた丈の短いワンピースだった。首には聴診器がぶら下がっている。
やっぱりクリスタの本能は、よくない格好だと告げていた。物凄く胸がドキドキして、とてもではないが直視できない恰好だった。
「マスターは不満であると判断しました。私に判断を委ねた場合、衣服のデザインは前所有者の趣向を反映したものになり、それが原因であると思われます」
どうやら、クリスタの思った通りだったらしい。それを察して、彼女もお任せでは困ると伝えてきたのだろう。
「わかったよ。それじゃあ、僕と同じような感じで、ズボンだけ、長めのスカートにしたらどうかな?」
「主命を受諾します」
少しボーイッシュな感じもするが、普通の村の女の子っぽい装いにはなった。ただ一点、問題があるとすれば。
「……スカートは、その三倍くらい長くしようか」
長めと言ったのに、太ももの半分くらいしかなかったのである。
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