第6話 世界一幸運な少年

「うわぁ!?」


 薄暗いダンジョンに足を踏み入れた途端、パッ! と明りが灯り、クリスタは目を焼かれた。

 まるで、真昼の太陽みたいに明るい光だった。

 これも神具の力なのだろうか。

 そう思っていると、突然目の前に見知らぬ少女が現れた。


「コングラッチュレーション!」

「うわぁぁああああ!?」


 驚いて、クリスタは腰を抜かした。

 真っ白い長衣を着た、鮮やかな青髪の美少女である。それが突然、何の前触れもなく現れた。しかも彼女の身体は、ぼんやりと向こう側が透けていた。幽霊だ! そう思ってクリスタは震え上がった。


「このメッセージが流れているという事は、残念ながら僕はこの隠しシェルターにたどり着けなかったのだろう。まぁ仕方ない。そういう時代だ。そんな事もあるだろうさ! けれど、折角作った可愛い娘が無駄になるのは心苦しい。そういうわけで、ミスター変人こと僕、ドクターサイモン=スプーキーはマスタープログラムにちょっとした細工を仕掛ける事にした。まったくのランダムな生体データを最上位レベルのセキュリティクラス5に設定したわけだ! 確率的に、該当者が現れるには五百年以上かかる計算になる。その上でこの秘密のラボまでたどり着き、扉を開けた君は、天文学的な幸運の持ち主というわけだ。恐らくそっちはなにもかもがめちゃくちゃになった後だと思うけど、僕の与えたマスター権限とこの娘がいれば人生薔薇色! 人類の再生だって夢じゃないだろうね! そういうわけだから、宝くじに当たったと思って楽しんでくれたまえ! ちなみに、そこにいるのがレベル5の終末委員会のメンバーの誰かだった場合、このシェルターは一分後に自爆するように設定してある。残り時間はあと五秒だ、アディオス! クソッタレの馬鹿野郎共め! ははははははは!」


 ハイテンションでまくし立てると、現れた時と同じくらい唐突に、幽霊は消えてしまった。


「……な、なんだったんだろ」


 唖然として呟く。幽霊の言葉を、クリスタはほとんど何も理解出来なかった。意味不明な上に物凄い早口で、右から左に流れてしまった。


 とりあえず、辺りを見回す。想像していたダンジョンとは違って、中は綺麗だった。床や壁は金属とも石材とも付かない不思議な素材で出来ていて、多分神具なのだろう、聖櫃を連想させる、得体の知れない物体があちらこちらに転がっている。


 そこは村長の家くらいある大きな部屋だった。吹き抜けの二階建てで、他にも部屋があるらしく、幾つか扉が目に入った。


 一番気になるのは、部屋の真ん中にある物体だった。

 円柱形の大きな水槽に、裸の女の子が浮かんでいた。

 天使様かとクリスタは思った。少女はクリスタと同じか少し年上くらいで、髪も肌もこの世の物とは思えないくらい真っ白だった。色がついているのは、唇の赤と胸の先端の桃色だけだ。


 開いた指の間からまじまじとそれを見つめて、クリスタはゴクリと喉を鳴らした。今までクリスタは、リリィの事を世界一の美少女だと思っていた。この子と比べたら、リリィなんか鼻くそだ。


 吸い寄せられるように、クリスタは水槽へと近寄った。美しさと可愛さと色気が奇妙なバランスで同居する彼女を見ていると、クリスタは一時、身体の痛みも忘れてしまった。


 死んでいるのだろうかとクリスタは思った。そうに決まっている。水槽の中は透明な緑色の液体で満たされている。とっくに溺れているだろう。けれど、少女の生き生きとした肌艶を見ていると、そんな風には思えなかった。眠っているだけで、今にも目を覚ましそうに思えるのだった。


 そんな事を思いながら水槽に手を触れると、ゴボボボボッ! と音が鳴って、緑色の液体が水槽の底の溝に吸い込まれた。


「わぁっ!?」


 また壊しちゃった! そんな風に焦っている内に、水槽の中の液体は完全になくなり、彼女を閉じ込めていたガラスの壁が床に沈み込むように下がっていった。


 ずぶ濡れになって横たわる裸の少女を前に、クリスタはわけもわからず口をパクパクさせた。


 いけない事だと分かっていて、クリスタは彼女の肌に触れたいと思った。死んでるようには見えないし、触ってみれば分かるじゃないか! もし生きてたら、助けてあげないと!

 そんな言い訳を自分にして、恐る恐る肩の辺りに手を伸ばす。


「うわぁ!?」


 いきなり手首を掴み返されて、クリスタは悲鳴をあげた。

 咄嗟に引き抜こうとするが、少女の腕力は女の子とは思えないくらい力強く、ビクともしない。


「ご、ごめんなさい!? 変な事する気はなかったんです!?」


 恥ずかしさと恐ろしさで真っ赤になりながらクリスタは叫んだ。

 何も言わずに少女が顔を上げた。

 目覚めた彼女の美しさは、眠っている時の百万倍だった。


 綿毛のように白い睫毛の下で、この世の物とは思えない、美しい黄金色の大きな瞳がクリスタを見つめていた。


 その中に閉じ込められたように、クリスタはすっかり彼女に魅入られてしまった。

 彼女の空いた右手が、突然クリスタの後頭部を鷲掴みにし、乱暴に引き寄せて唇を重ねた。


「ンンンッ!?」


 ファーストキスを奪われて、クリスタはパニックになった。

 熱っぽい舌がクリスタの唇をこじ開けて、奥深くまで入ってくる。歯の一本一本、舌のざらざらの一粒一粒を確かめるように口の中を蹂躙する。

 その心地よさに、クリスタはすっかり抵抗する気を失ってしまった。


 彼女の、温かく力強い抱擁に全てを委ねて、だくだくと注ぎ込まれる甘い唾液を味わった。


 やっぱり夢を見ているのかな?


 ぼんやりとする頭で、クリスタはそんな事を思っていた。

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