第3話 僕のリリィ
覚悟を決めて中に入ると、プシューといって、聖櫃の蓋が閉まった。蓋の内側はぼんやりと青白く光っていて、中は明るかった。
神様、どうか僕に凄いスキルを与えてください。心の中で、クリスタは何度も唱えた。何度も何度も、それだけを必死に唱える。
意味がない事は分かっていた。スキル自体は、生まれた時に既に与えられていて、成人の日はその封印を解くだけなのである。
けれど、沢山努力すれば、その分神様がオマケをしてくれとも言われている。迷信だと思っていたし、別に人並み外れた努力をしてきたわけでもなかったが。
《インスクリプター起動。これより、適合する
「ひぃっ!?」
突然響いた声に、クリスタは悲鳴をあげた。聖櫃の中には自分しかいないのに、声はもう一人いるみたいに間近に聞こえた。不思議な声だった。男のようで女のようでもある。若いようで、老いたようにも聞こえる。普通の人間には出せそうもない声だった。
「か、神様ですか?」
困惑して、クリスタは尋ねた。
「それとも、天使様でしょうか?」
思い直してクリスタは言った。神様がわざわざ自分なんかの相手をするとは思えない。天使だってそれは同じだが、こちらの方がまだありそうだった。
なんにしろ、声は答えなかった。
《適合するM因子を複数確認。ソルジャータイプと判定し、該当する必要
「うわぁ!?」
ウゥゥゥゥウウウウウ! っと、魔物が唸るような低い声と共に聖櫃が振動し、クリスタは悲鳴をあげた。
なにが起きているのかはさっぱり分からないが、とりあえず戦闘系のスキルが解放されそうな雰囲気は感じた。
スキルの解放に失敗して村を追い出される心配はなさそうだと思い、少しだけ安堵する。
直後、聖櫃の内側が赤い光に染まり、ブウィイイイイ! ブウィイイイイ! と、物凄く不穏な音が鳴り始めた。
「な、なんですか!?」
涙目になってクリスタは叫んだ。なんとなくだが、物凄く不味い状況なんじゃないかと思ったからだ。もしかして、聖櫃を壊してしまったのだろうか?
《エラー発生、エラー発生、特殊な生体データを計測しました。使用者をマスター権限を有するセキュリティクラス5と認定。インスクリプターによるM因子の覚醒及び職業技能の書き込みを中止します》
「ちゅ、中止!? ま、待ってください! 天使様!?」
必死に呼び掛けるが、無情にも天使は答えず、ぷしゅーっと蓋が開いた。
その様子を外から見ていた村の人達は、騒然としていた。
みんな、恐ろしいなにか、人ではないなにかを見るような目をクリスタに向けている。
重苦しい沈黙に、クリスタは泣きそうになった。
「――ち、ちが、これは、違うくて!」
必死に訴える。何が違うのかは自分でも分からないが、それでも何か言わなければと思った。
「なにかの間違いですよ! あとちょっとで、僕もスキルを解放される所だったんです! もう一度! もう一回だけチャンスを下さい!?」
司祭様に頼み込むつもりでそちらに歩き出す。
「よ、寄るな! バケモノ!」
腕を振って、司祭が叫んだ。
「長年司祭をやってきたが、こんな結果は見た事がない! この少年は、神に呪われた悪魔の子だ!?」
それを聞いて、村の人々が騒めいた。魔物でも現れたみたいに、慄いて距離を取る。
「違う、違いますよ!? ぼ、僕は、クリスタですよ! 弱虫で、泣き虫の、何の取り柄もない、無能のクリスタです! みんな、知ってるでしょ?」
無害である事をアピールするように、クリスタは両手を上げて、必死に引き攣った笑みを浮かべる。村人の反応は余計に酷くなった。
「やっぱりね」
「アルバートさんの息子にしては、弱すぎると思ったんだ」
「こんなのと一緒に暮らしてたと思うとゾッとするぜ」
クリスタに攻撃的な意思がないと見て、恐怖は軽蔑に変っていた。ゴキブリだって、もう少し暖かな目を向けられるだろう。
クリスタの頭は真っ白になった。
「なんで……どうして……こんな……」
助けを求めるように彷徨った視線がリリィを見つける。
「り、リリィ!? 君は、僕の事、信じてくれるよね? せ、説明してよ! 僕は、普通だって! みんなと同じ、人間だって!」
必死に訴えるクリスタを、リリィは見た事もない冷えきった目で見返していた。
「いやぁぁああ!?」
そして、唐突に叫んだ。
「怖い、来ないで! 誰か、助けてぇ!」
大袈裟に叫んで喚き散らす。まるで、クリスタがリリィを襲おうとしているかのように。
「待ってよ!? 僕は、そんなつもりじゃ!?」
「どっせぇぇい!」
直後、クリスタはカールに殴り飛ばされた。
一撃で、紙屑みたいに壁まで吹き飛んで、そのまま倒れる。
痛みとショックでピクリとも動けないが、そんなクリスタの背中をカールが踏みつけた。
「バケモノが! 俺のリリィに手ぇ出すんじゃねぇよ!」
俺のリリィ? どういう事?
そう思った瞬間、カールに顔面を蹴りつけられ、クリスタの意識は闇に沈んだ。
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