第2話 まだ人間じゃない

 村の人間のほとんどが教会に集まっていた。


 スキルを解放する成人の日は、とても大事な日だった。

 お祭り騒ぎで、実際お祭りみたいなものだろう。


 みんなは浮かれているが、クリスタは恐怖と緊張で吐きそうだった。

 一緒に成人の日を迎えるリリィやカールも、緊張した顔で黙り込んでいる。


 成人の日は文字通り、子供達が人間に成る日だ。


 神様は人間を愛している。だから、過酷なこの世界を生き抜くためにスキルという力を与えてくれた。すごい力なので、身体が出来て分別がつく年頃になるまで、封印されている。それを解放するのが十五歳の成人の日だった。


 スキルの解放は、必ずしも上手くいくとは限らない。スキルの解放に耐えられず、死んでしまう事がある。出来損ないの人間はスキルが解放されず、悪い血を断つ為に村から追い出されてしまう。クリスタも何人か、そんな子を見た事があった。だから、自分もそうなるんじゃないかと不安だった。


 他にも、子供達の中には魔物や魔族が紛れていて、スキルの解放の儀式を行うと、化けの皮が剥がれると言われている。それは見た事がないので、子供達を躾ける為に大人がでっちあげた迷信だとクリスタは思っていた。


 なんにしろ、そういった事が起きるので、成人の日を無事に乗り越えスキルが解放されるまで、子供達はまだ人間ではないのだった。


 無事にスキルが解放されたら、右手の甲と首の裏に紋章が現れて、晴れて人間として認めて貰える。


 それが成人の日というものだった。

 

 †


 大人の勝手で、クリスタは一番最後に回された。彼らの間では、クリスタは凄いスキルに目覚めると決まっていたので、最後にして成人の日を盛り上げるつもりなのだろう。


 良いニュースと、最悪なニュースがあった。


 良いニュースは、リリィが無事に回復系のスキルに目覚めた事だ。

 最悪なニュースは、カールがバトルマスターのスキルに目覚めた事だ。


 スキルには二種類ある。能力系と技能系だ。

 能力系は、火を出すとか、怪力になるとか、怪我を治せるとか、そういった人間離れした力だ。技能系は、武器の扱いが上手くなるとか、薬学の知識を授かるとか、泳ぐのが上手くなるとか、特定の知識や技能が身につく。それに加えて、両方の意味を持つ複合スキルと呼ばれる上位スキルがあって、バトルマスターもその一つだった。


 その名の通り、身体能力の大幅な向上と様々な戦闘技能を併せ持つ複合スキルである。訓練場の近くには、スキルに目覚めたアルバートが素手で砕いたという一軒家くらいある大岩が転がっている。人間技とは思えないが、そんな事を可能にしてしまうのが上位スキルの力だった。


 カールがバトルマスターに目覚めた事で、大人達はクリスタの事なんかすっかり忘れてしまっていた。

 昨日までは、やれ問題児だ、乱暴者だと厄介者扱いしていた癖に、掌を返して持ち上げている。けれど、考えようによってはそれは良い事なのかもしれない。


 カールがバトルマスターに目覚めれば、アルバートに対するコンプレックスもなくなるはずなので、僕みたいな雑魚には興味がなくなるかもしれない。

 クリスタの淡い期待はあっさり裏切られた。


「おいおい、みんな騒ぎすぎだろ。この俺程度でもバトルマスターに目覚めたんだ。バトルマスターの息子のクリスタなら、もっとすげぇスキルに目覚めるだろうよ。なぁ、クリスタ?」


 全員の注目を集めるようにしてカールは言った。

 大人達はすっかりカールの言いなりになっていたので、そんな気もないくせに、そうだそうだと騒ぎ出した。


 クリスタは晒し者にされている気分になり、今にも吐きそうだった。

 不安になってリリィを見ると、彼女の口がこっそり動いた。


 し、ん、じ、て、る。


 気持ちは嬉しいが、クリスタは余計にプレッシャーを感じるだけだった。


「それでは最後にクリスタ君」


 にっこりと微笑んで、司祭様が右手を広げた。


 太った手の先には、スキルを解放する為に神様が授けてくれた、聖櫃アークと呼ばれる神具が待ち構えている。


 半ば壁に埋まって、沢山の紐と繋がった、縦長の真っ白い箱。


 クリスタにはそれが、彼の死を予告する棺桶のように思えてならなかった。 

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