【マスター権限】ってなんですか? 無能な上にスキル無し、彼女もNTRれ追放された僕だけど、ダンジョンで出会った可愛い奴隷少女のご主人様になって無双します。今更戻って来いと言われても国作りで忙しいので!

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 クリスタ=エルロードの惨めな日常

「降参だ! 僕の負けだよ!」


 訓練用の木剣を弾き飛ばされて、クリスタはすぐに両手をあげた。

 今年で十五になる、黒髪の頼りなさそうな少年である。


 訓練相手のカールはクリスタの降参を無視して踏み込み、木剣を握り込んだ拳で思いきりみぞおちを殴りつけた。

 こちらも同じく十五だが、クリスタよりも頭一つ以上大きかった。鍛えられた身体は既に大人顔負けで、髪は茶髪。野性味のある凛々しい顔立ちをしている。カールは村のガキ大将でもあった。


 殴り飛ばされて、クリスタは地べたに転がって悶絶した。必死に口元を押さえるが、堪えきれず、無様に胃の中身を撒き散らす。


「わりぃ、手が滑っちまった」


 ニヤついた顔でクリスタを見下ろしながら、わざとらしくカールは言った。実際、誰が見てもわざとだと分かる一撃だった。

 それを聞いて、周りで見ていた子供達もゲラゲラ笑う。


 訓練場とは名ばかりの何もない村の空き地だった。そこに、戦士の家系の子供が集まって、日課の訓練をしていた。そして、日課のようにクリスタはイジメられていた。

 とどめの一撃以外にも、あちこち殴られてクリスタの身体はボロボロだった。


 カールの実力なら、クリスタなんか一秒で倒せるくせに、わざと手を抜いて、たっぷり痛めつけられている。カールはクリスタを目の敵にしているのだった。


「しかしよぉクリスタ。お前、戦士の家系のくせに弱すぎだろ? 本当にあの、バトルマスターの息子かよ?」


 木剣を肩に担ぎながら、すすり泣くクリスタに向かってカールは言った。


 十五歳の成人の日を迎えると、村の子供達は教会でスキルを解放される。どんなスキルが解放されるかは家系で大体決まっていて、ここにいるのはみんな、代々戦闘系のスキルに目覚めてきた戦士の家系の子供達だった。


 クリスタの父親のアルバートは村の出世頭で、成人の日に強力な戦闘スキルに目覚め、王都の勇者隊にスカウトされていた。勇者隊というのは王都のエリート戦士で、強力な魔物や魔族と戦ったり、遺跡やダンジョンの調査を行ったり、凶悪なスキル持ちの犯罪者を捕まえたりする、男の子の憧れの職業だった。


 けれど、アルバートは彼が小さい頃に殉職してしまったので、その凄さを実際に知っているのは大人達だけだった。母親も数年前に死んでしまい、クリスタは一人で家に住んでいた。父親の貯えと遺族年金があるので、金には困っていなかったが、そんな所もカールがクリスタを嫌っている理由の一つになっているのだろう。


 だが、一番の理由は、大人達が事あるごとにアルバートの活躍を手本のように語る事だった。カールは子供達の中では一番の腕っぷしで、スキル抜きなら大人にも負けない実力を持っている。それなのに、大人達はアルバートはもっと凄かったとか言うので、気に入らないのだった。そういう昔話の押しつけが鬱陶しいのはクリスタも同じなのに、彼が悪いみたいに、子供達はみんなでクリスタをイジメるのだった。


 その上、村の大人たちは、クリスタが成人の日を迎えたら物凄いスキルに目覚めるに違いないと謎の期待を寄せていて、そういった特別扱いも、カールを苛立たせ、クリスタを孤立させる原因の一つになっていた。


 クリスタとしては、たただた迷惑な話だった。

 家族はいない、村の子供達からは仲間外れにされてイジメられ、大人達は勝手な期待を押し付けて全然助けてくれないのだ。死にたいと思った事は一度や二度ではない。というか、毎日思っている。今だってそうだ。


「わざわざこの俺が毎日訓練してやってるってのに、全然上達しねぇんだもんな。無能すぎるだろ。本当はお前、拾われっ子なんじゃねぇか? そうでなきゃ、母ちゃんが浮気でもしてたんだろ。勇者様はお忙しいらしいからな。うはははははは!」


 父親との思い出なんか全然ないが、母親の事を馬鹿にされるのはクリスタも腹が立った。僕に父さんみたいな力が本当にあったら、お前なんか真っ先に殺してやるのに!


 同時に、彼は酷く不安になった。母親の事を疑いたくはないが、実際クリスタはバトルマスターの息子とは思えない程弱っちかった。訓練はちゃんとやっているが、身体が小さいので、年下の相手にも負ける事が多かった。


 両親が死んでしまった今となっては、自分が本当に二人の子なのか、確かめる術はない。

 そんな風にカールの戯言を真に受けてしまう自分をクリスタは恥じた。

 こんな奴の言う事を聞いて、大好きな母さんを疑うなんて!

 そして、殴られるのが怖くて言い返せない自分を憎むのだった。


 †


「気にする事ないわよ」


 柔らかな笑みを浮かべて、ガールフレンドのリリィがクリスタの小さな鼻を弾いた。


 リリィは幼馴染で家も近い。癒し手の家系なので、イジメられた後はいつもリリィの母親の回復スキルのお世話になっている。有料だが、仕事なので当然だ。

 そして、怪我を治して貰った後はいつも、こんな風にリリィが慰めてくれた。


 うんと小さい頃に交わした、大きくなったら結婚しようねという他愛もない約束を、リリィは律義に覚えていて、嫌われ者のクリスタにも優しくしてくれる、ただ一人の存在だった。


 可愛くて、優しくて、スタイルもいい、村一番の美少女である。だから当然、カールや他の子供達もリリィを狙っている。付き合っている事がバレたらもっとイジメられてしまうので、この関係は二人だけの秘密だった。二人で表を歩く事も出来ないので、キスはおろか、手を繋いだ事だってまだなかったが。


 リリィも、僕なんかと付き合っている事が周りに知れたら、人気者の地位を失ってしまうかもしれない。そう思ってクリスタは、何度か別れ話を切り出した事があるのだが、彼女はいつも、こんな風に励ますのだった。


「成人の日になったら、クリスタはきっとすごいスキルに目覚めて、みんなをあっと驚かせちゃうんだから。それで、お父さんみたいに勇者隊にスカウトされて、大出世しちゃうの。そうなったら、カールなんか鼻くそみたいにエイッ! よ。だから、いつまでも泣いてないで、元気出してね」


 そう言って微笑むリリィは、クリスタには天使のように見えた。

 だから、彼女の言う通りになるといいなと彼も思った。

 リリィにまで失望されたら、僕はきっと生きていけない。

 だからクリスタは、明日が来るのが怖かった。

 明日は、年に一度の成人の日だった。

 そこでどんなスキルが解放されるかで、彼の人生は決まってしまうのである。








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