第17話

 郎廷佐の降伏を受け、甘輝は施琅に撫湖の処置を任せると、郎廷佐を連れて南京の方へと戻っていった。


 夜、南京城外まで戻り、鄭成功に作戦成功の旨を伝える。


 鄭成功が大喜びしたのは言うまでもない。


「早速連れてきてくれ!」


「その前に、一点だけご報告いたしたいことが」


 甘輝は施琅とともに、郎廷佐の身分を保障してしまったことを伝えた。


 鄭成功は「ふむ」と腕組みをした。


「……いや、それは構わない。むしろ、先に言わなかった私の落ち度である」


「ありがとうございます。それでは……」


 甘輝は自陣まで戻り、郎廷佐を連れていく。


「郎廷佐と申します。刃を向けたにも関わらず寛大な処置を受けまして、恐悦至極に存じております」


 深々と頭を下げる郎廷佐、鄭成功はその両手をとって顔をあげさせる。


「時代が時代ゆえやむをえないことでございます。これよりはその才を我が陛下のためにお使いくだされ」


「ははっ。有難きお言葉、この郎廷佐、暗闇の中に光を見出したかのようです」


「ははは、それほどのことはありませんよ」


 鄭成功は照れ笑いを浮かべるが、すぐに真顔に戻る。


「それで、早速お願いしたいことがありまして、将軍には明朝以降、城内の兵士に降伏を呼びかけていただきたいのですが」


「分かりました」


 そのくらいのことは任されると想像していたのであろう。郎廷佐はすぐに承諾した。


「お願いいたします。それでは、将軍も色々ありまして疲れていることでしょう。ゆっくりとお休みください」


 鄭成功はそう言って、郎廷佐を休憩所へと連れていかせた。


 甘輝は首を傾げる。


「外から降伏を呼びかけさせるのですか?」


「そうだ。何か問題があるか?」


「いっそこちらの兵を交えて、南京城内から呼応させた方がよろしかったのではないでしょうか?」


 郎廷佐が援軍に来たとなれば、南京城も開城するであろう。


 その間に自軍をなだれこませる。あるいは、一度入らせてから郎廷佐の部隊に南京の城門を開けさせて自軍を中に入れさせる方が、効果が大きいのではないか。甘輝はそう思っていた。


「ああ、そのことか。実は私も最初はそうした方がいいのではないかと思ったが、由井先生に止められた」


「由井殿に?」


「うむ。南京の城内は民衆も含めて、清に寄っている。となると、郎廷佐が翻意する可能性が高いと言われた。多少遠回りでも、外から呼びかけさせて城内の士気を削いだ方が得であろう、とな」


「左様でごさいましたか」


 甘輝も説明を受けて納得した。正雪が言うのであれば、それに従うのが無難であろう。


「今回、撫湖を落としたが、更に上流の拠点を一つ二つ奪うことも見据えた方がいいと言われた」


「それだけの堅城だということでございますか」


「それもあるし、準備期間をたっぷり置いて籠城しているのであるから、城内に一つか二つくらいは秘策があるだろうとも申していた。相手の士気が高いままだと、秘策に引っ掛かった場合に被害が大きくなると」


「秘策でございますか」


「うむ。ここは杭州や福州のようにいかないということだった。一番確実に相手に勝つ方法は、我が軍だけでなく、李定国の軍もいるようにすることだと」


「なるほど」


 確かに撫湖まで支配したことで、李定国の支配圏は近づいてきている。このまま北上して、連合できる形となれば、南京を攻略すること以上のメリットがあると言えた。


「とにかく、慌てるのが禁物だと言われた。気長なことだが、私より年上の由井先生がそう言う以上、それに従うのが無難だろう」


「分かりました。しかし、由井殿が来られて、本当に色々と変わりましたな」


 甘輝は心底そう思っていた。もし、彼らが来なければどうなっていただろうか。梅州での勝利もなかったし、奇襲攻撃を受けた際に厦門を落とされていたかもしれない。李定国との連携も今ほどできていなかったであろう。


「うむ。台湾や琉球への影響力も強く持てるようになった。本当に感謝するしかない」


 鄭成功は感慨深げに頷いて、城を見上げた。


「明日から城内への呼びかけを行うから、早めに寝るとしよう」


「分かりました」


 頷いて、甘輝も陣の外へと出た。

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