43.来客と裏口
ミレイアは全く話さず、振り返りもせず、もくもくと早足で裏口に向かった。
背中から鬼気迫るものを感じるが、俺に対する愛情は全く感じられない。
本当にいったい何を考えているんだ。
もう少しで裏口に着くというところで、急にミレイアが立ち止まった。
「あの、実は……おかしなお客様がいらっしゃってるの……」
「おかしな客? 私にかい?」
「いえ、おにいさまではなくて、リリアナお姉さまに……」
「ん? リリアナになら私じゃなくリリアナを呼べばよかったんじゃないのか?」
戻ろうとする俺の腕を、ミレイアはまた強く掴んだ。
そして、悲しそうな顔で首を横に振って、ドレスポケットの中から何かを取り出した。
「これをご存じですか? そのおかしな男が持ってきたのですが……」
「こ、これは!」
来た! 来たぞ! あのピンク石の派手な胸飾りだ!
本当にリリアナの偽者に渡して娼館に持って行かせたのか。
目の前で眉を下げ、瞳を潤ませてこちらの様子をうかがう15歳の少女。
ミレイア、君が悪魔に見えるよ。
それにしてもずっと見つめてくるな、あ、そうか、返事を待ってるのか!
ごまかすようにひとつ咳払いをした。
「その、おかしな客というのはまだいるのか?」
自然と声が少し震える、緊張なのか気持ちが昂っているせいなのかはわからない。
ミレイアは目線をそらさないまま、こくりと頷き「こちらです」と、また俺の腕を取って裏口への道を進んだ。
裏口の門の横には、大きな体をできる限り小さくして、これまた困った顔でこちらを見つめるカルロスの姿があった。
俺に気づき、一瞬だけ目を合わせた後、さりげなく逸らして地面を見ている。
「あの人ですわ……なぜかお姉さまのことをご存じなの」
「わかった、私が話を聞いてみよう、ミレイアはここで待っていなさい」
まっすぐカルロスに近づくと、慌てて顔を上げて一礼をした。
「あ、あのわたくし、えーっと、ある場所で商売をしているカルロスと申す者です……」
「ほう、あの胸飾りを持ってきたのは君か? 私はローデリック公爵だ」
「はい、そうでございます公爵様、こちらのお嬢様を名乗る方がわたくしの店に来られまして、お金がないからとこの胸飾りを置いて行かれたのです、」
「おかしな話だな」
「はい……申し訳ございません」
カルロスは緊張のせいなのか、なぜか謝っている。
しかも話を性急に進めすぎだ、頼むから焦るなよ。
みるみるうちにカルロスの顔色が悪くなっていく、額から流れた汗が顎からポトリと落ちた。
おい、まだこれからだ。
「で、その胸飾りを置いていったという女がどうした?」
「あの、リリアナ様と名乗っていらっしゃいまして……」
「なんだと?」
「あああ、申し訳ございません、ただその方がその胸飾りを持って屋敷に来れば金を払うと……」
カルロスはびしょびしょになった額と顔を必死でハンカチで拭っている。
「金を払うと? ふーんそうか、ところでお前の『店』というのは何の店だ?」
「あっ、えっ、あのっ、後ろのお嬢様がいらっしゃるので、ちょっとお聞かせできません」
振り返ると、ミレイアがすぐ近くまで来ていた。
少し微笑んでいるように見えたが、俺の顔を見て慌てて俯く。
俺が驚く顔でも確かめに来たのか、ただただ呆れてしまう。
「言えないのか、じゃあ場所はどこだ?」
「……ン地区でございます」
「え?」
「ローリン地区でございます」
カルロスが言い終わるとすぐに、背後でミレイアが「まぁ」と小さな声を上げた。
何が『まあ』だよ、振り返るのも面倒くさい。
「まったく話が見えない! どういうことだ、ちゃんと説明しろ!」
声を荒げると、カルロスはポケットから新しいハンカチを取り出し、首の汗をぬぐって話し始めた。
「はい、一昨日前のことでございます。『リリアナ』と名乗るお嬢様が当店を訪れまして、あの……ご利用された後に『お金を忘れてしまった、この胸飾りを置いていくので後日集金に来てほしい』とおっしゃられたのでございます」
「名前を名乗っただと、まだ信じられない! どんな女だったんだ」
「はい、髪の色は薄茶色で、長さはこの胸の下くらい、深緑色の瞳で身長は私より少し低いくらいでございました」
「お姉さま……」
背後でまた、ミレイアのつぶやきが聞こえた。わざとらしいったらない。
カルロスは下を向いてハンカチを握りしめている。
「そうか、深緑の瞳……名前ももちろんだが風貌もまるで私の婚約者のことのようだよ」
「こ、婚約者様……」
「ああ、明日結婚式なんだ、君がそこまで言うなら呼んでこようじゃないか」
「「え!?」」
カルロスと一緒に、ミレイアも声を上げた。
まさか呼んでくるなんて、そんなことを言うと思っていなかったのだろう。
そうだよなあ、これが本当ならリリアナ本人に聞けないどころか、この男に会わせようなんて考えられなかっただろう。
ミレイアは焦ったような驚いたような表情をして、不安そうに俺の顔を見ている。
何か言いたげに口を開きかけた時、カルロスが先に喋りはじめた。
「呼んでくるということは、いらっしゃるのですか?」
大袈裟なくらい大声を出すカルロス、早く帰りたいのだろう。
俺も早く終わらせたいよ。
「ああいるよ、先程も言ったように明日は結婚式だ、今はお茶会の準備をしている」
「そうでございましたか、いらっしゃる……」
「ああ」
「公爵様、大変失礼いたしました!!」
カルロスは大きな声で謝ったかと思うと深々と頭を下げた。そして捲し立てるように続ける。
「あの女騙しやがったな、いや最初からおかしいと思ってたんだよ、フォルティス家のお嬢様がうちなんかに……くそー騙されたか」
「どうした? 騙されたとは?」
「え、どういうこと? なんなの?」
意味が分からずイラついたようなミレイアの声が聞こえる。
「はい、わたくしも若干ながら怪しく思っておりまして、本日その女を連れてきております」
「何ですって!」
ミレイアは、カルロスの声が消えてしまうくらいの大声をあげた。
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