44.ミレイアと偽リリアナ
「公爵様、少々お待ちいただけますか」
カルロスは焦った様子で頭を下げ、ミレイアの声を無視して裏口から外に出て行った。
後ろでは、ぶつぶつと何か言っている声がするが放っておこう……。
しかし、ちゃんと逃がさずにおいたかカルロス、日和見するかと心配だったが大丈夫だったようだ。
カルロスの店『アラクネ』に行ったあの日、まだピンク石の胸飾りを見ていないという話を聞いた。
あれは俺からリリアナへの婚約祝いの贈り物……と周囲に思わせているので、一番重要度が高い。
リリアナが娼館に行った証拠にするには、文句なしの品物だ。
それを店に預けた日、きっとその日が、偽者が来る最後になるだろうと俺は考えた。
なので、カルロスには胸飾りの詳細を話し、それをリリアナの偽者が金銭代わりに置いていこうとした日、何としてでもその女を足止めするようにと頼んでおいた。
確保することが出来たなら、何時でもよいので我が屋敷に早馬を飛ばすように、もしその間に女が抵抗するようなことがあれば、部屋に鍵をかけて軟禁してもよい、後の責任は俺が持つと約束までした。
そして連絡が来たのが一昨日の夜中、というより昨日未明。
流石にその時間だ、どうやっても付いていくと言うクロードと一緒に、ローリン地区へと急いだ。
リリアナの偽者は乱れた格好のまま、酒の匂いをさせてベッドの上でひどい格好で寝ていた。
女が胸飾りをカルロスに渡した後『少しお待ちいただけますか?』の言葉に頷いたかと思うと、すぐにいびきをかき始めたらしい……。
誰がこんな女をリリアナと間違うものか!
怒りでどうにかなりそうだったが、それは今回の目的ではない、わかっているのだが不愉快でたまらなかった。
クロードに促され、女が寝ている部屋から出た。本当に偽者がいるのだという現実を実感し、身体の震えが止まらなかった。
その後はクロードに指示を頼み、女をローリン地区内の宿泊宿に運んだ。
目覚めた女に、宝石の盗難容疑がかかっていると告げると、自警団が来るまで何も喋りませーんと、自ら宿に籠ってしまった。
部屋の前に見張りをつけ、逃がしたらどうなるかとカルロスに念を押した。
そして、フォルティス家に集金に行く金曜に、その女を必ず一緒に連れて来るように頼んでおいた。
別に連れてこれないならそれでもよかった、あの胸飾りさえあればなんとかなる。
しかしリリアナの偽者は来ている。
さて、この場所であの女は何と言うのだろうか。
そういえばミレイアが静かだな、どうしたんだろう?
恐る恐る後ろを振り返ると、大きな目を見開き、身動きもせず裏口をにらみつけているミレイアの姿があった。
怖っ、何だその恐ろしい顔は! 頬は紅潮していて今にも全身から湯気が出そうだ。
「ミレイア、大丈夫か?」
「……」
俺が訊ねても、ミレイアはまだ扉を見つめている、瞬きもしていない、何を考えているんだろう。
「ミレイア?」
二度目の呼びかけに、ハッと気づいた顔をして、大きな瞳をパチパチっと瞬いた。
「あ、おにいさま、すみません……」
それ以上言葉が出てこないのか、また扉のほうを向いて黙ってしまう……。
一歩だけミレイアに近づき、目線を合わせる為少しだけ屈んだ。
ミレイアの瞳が潤んでいる、いつもの嘘泣きではなく本当に涙がたまっていた、これはどういう感情だ?
やりすぎてしまったと後悔しているのか、自分の目論見がばれるのが怖いのか?
何にせよ、俺は絶対に許さないけどな!! 勝手に涙ぐんでろ。
俺はわざとらしいくらい力強くミレイアの肩を掴んだ。
「安心しろミレイア! リリアナの名前を騙る奴がいたようだが、こんなすぐわかるような嘘を考える間抜けだ、私に任せてくれ、何も心配することはないよ」
「……はい、ありがとうございます……」
いつもなら嫌になるくらいこちらを見つめてくるのに、全く目を合わせない。
唇をぎゅっとむすんで、何もしゃべろうとしない。
つむじが見えるくらい俯いているじゃないか、顔を覗き込んでやろうか?
なんてことを考えていると、バタバタと誰かが走ってくる音が聞こえた。
「ハァ、公爵様……ハァ……大変お待たせして……ハァ」
顔を真っ赤にして肩で息をするカルロスと、そのカルロスに腕を掴まれ、ぼさぼさの髪で同じく息を切らす女が裏口に立っていた。
ミレイアは身体を強張らせ、俺の手から離れるように後ずさりをした。
明るい場所で見るリリアナの偽者はひどいものだった。
乱れた髪、はがれた化粧、昨日から一日経っているというのにまだ酒の匂いがする、あれからまた飲んだのか?
そしてキョロキョロしているかと思ったら、何かを見つけたように目を見開き、俺の背後を睨みつけた。
きっと、ミレイアを見ている……。
ステラが屋敷で、フォルティス夫人とこの女を見かけたと言っていたが、その時ミレイアに会っていたのかもしれない。
「やあカルロス早かったね、その横の女性は?」
「公爵様……こちらが『リリアナ』と名乗る女でございます」
「ハッ、よくもそんな戯言が言えたもんだ、なあミレイア?」
大袈裟に笑って、わざと名前を呼びながら後ろを振り返った。
ミレイアは一段と離れた場所で、爪の色が変わるほどドレスの端を掴んでいる。
顔を伏せ、俯いたままで僅かに唇を動かした。
「ミレイア?」
「……気分がすぐれません……部屋に戻ってもよろしいかしら……」
微かな声でそう告げると、俺の返事を聞かずにミレイアはこの場から去ろうとした。
思わず腕をつかむ。
別にこのまま返してしまってもいい……なんて、俺は思わない、逃がすもんか!
「大丈夫か? 姉の名前を騙ったあの女が怖いのかい? 私がいるから大丈夫だよ」
「でも……」
でも……か。
ミレイア、君に最後の機会を与えていたのに、気づかなくて本当に残念だ。
あれに気づいて今回の計画をやめていれば、絶対に許しはしないが、これ以上追及するつもりもなかった。
結婚式にだって正直出てほしくはない、でもリリアナの妹ということだけを考えるとそういうわけにはいかない。
式さえ終われば、リリアナはこの屋敷を離れる。
自ら会おうとしない限り、ミレイアと会う機会は年に数回程度だろう。
だからこそ、万が一思い直してくれれば、これまで君がやろうとしたこと、俺がやり直して回避してきた出来事、そのすべてに目を瞑ってリリアナの為に我慢しようと思っていたんだ。
しかし……こんな馬鹿げた企みを君は実行してしまった。
自分の姉を娼館通いに仕立て上げようとするなんて、恐ろしく低俗で下劣な行為。
後先も考えずよくもやってくれたもんだ。
母親のジュリアが関与しているのは間違いないが、そんなことは言い訳にはならない。
15歳でまだ子供だからなんて甘く見なくてよかったよ、最低な女だ。
「おにいさま、手を離してくださいませ」
感情が昂り、いつの間にかミレイアの腕を強く掴んでいた。
真っ白な腕が赤くなっている。
慌てて細い腕から手を緩めようとした瞬間、叫ぶ声が聞こえた。
「ミレイアじゃない! この前会ったよね? お母様を呼んできてくださいな、あたし言いがかりをつけられて困ってるんだよ、見てただろ?」
カルロスの横で息を切らしていた偽リリアナが突然声を上げた。
今にもこちらに走ってきそうな雰囲気だが、カルロスが必死で抑えている。
「聞こえてんだろお嬢さん! もうあたし帰りたいんだよー早くあんたのお母様を呼んできてよぉー」
「こらやめろ、静かにしないか」
ぼさぼさの髪をさらに振り乱し大声を出す女の両腕を、真っ青な顔色のカルロスが掴んでいる。
「いやぁぁぁぁ!!」
凄い力でミレイアが俺の腕を振りほどいた。ヤバい逃げられる!
ドレスの裾を大きく翻し、屋敷に向かって走り出したかと思うと、通路にはいつの間にかハンナが立っていた。
「ハンナぁぁぁ」
ミレイアは子供のように甘えた声をあげながらハンナの胸に飛び込んだ。
くっそ、面倒くさい女まで来てしまった。あまりに騒がしいから様子を見に来たのか。
ここで片をつけるしかないか……。
ポケットの中にあるピンク石の胸飾りを握りしめ大きく息を吸い込んだ。
「ミレ……」
「やあやあごきげんよう、ローデリック公爵殿」
声をかけようとした瞬間、ハンナの後ろから突然フォルティス侯爵が姿を見せた。
ハンナは驚きのあまり振り返れないでいる。
ミレイアもビクッと肩を震わせたものの、ハンナの胸から顔をあげなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます