42.フォルティス家 中庭
クロードと二人で子供の頃の思い出話をしながら、馬車に揺られフォルティス家に到着した。
馬車が門をくぐり、馬車庫に入る。
「じゃあレイ、後でな」
「ああ、よろしく頼む」
先に馬車から降りたクロードは、後ろをついてきたもう一台の馬車に乗り込んだ。
俺は一人で馬車から降り、いつものように出迎えてくれたブラッツと挨拶を交わす。
「大変良い日ですなローデリック公爵、ようこそおいでくださいました」
「やあブラッツ、明日も同じくらい晴れてくれるといいのだが」
「きっと大丈夫でございます、さあお嬢様がお待ちです、お庭へご案内いたします」
ブラッツと一緒に玄関ホールに入ると、笑顔のステラがそこにいた。
「ようこそおいでくださいましたレイナード様、私がお庭までご案内させていただきます」
「ありがとうステラ、元気そうで何よりだ」
ステラがこちらを見てうれしそうに微笑んだ。
あ、彼女にもこの後の出来事を見せてしまうことになるのか。
だが、結婚後は我が屋敷に戻るので、今後ミレイアたちと顔を合わせることもないから問題はないだろう。
玄関ホールを抜け、中庭へ向かう途中、ステラが前を向いたまま小声で話しかけてきた。
「レイナード様、あの、先日の胸飾りの件なのですが……」
「ああ本当に手間をかけさせた、ありがとうステラ」
「はい、頼まれたとおり本館で保管をしていたのですが……」
「無くなってたんだろ?」
俺の言葉にステラは立ち止まり、くるっとこちらに振り返った。
「どうしてそれを……」
「それでいいんだよ、本当に心配をかけてすまない、こんなことさせてしまって申しわけないと思ってるよ」
「そんな! とんでもございません」
ステラはぶんぶんと頭を振る。そして中庭を進む為に、また前に向き直った。
切りそろえられた髪が小さく揺れている、その背中を見て改めて声をかけた。
「ステラ、本当にありがとう」
「いえ、そんな……」
それ以上は何もしゃべらず、ステラは足を進める。
賢い子だから、胸飾りがなくなっていると気づいた時は驚いただろう、そして色々と考えたはずだ。
ミレイアが贈り物を勝手に開けていた件もあったというのに、なぜわざわざ本館に胸飾りを置くように指定されたのか……。
気になってるだろうなあ、深入りしてこないのが偉いよステラ。
前を歩く小さな背中に、申し訳ない気持ちで一杯になりながら進んでいると、足元が石畳に変わった。
この場所は、子供の頃に初めてこの屋敷に来た時、リリアナを待っていた所だ。
相変わらず管理はされているが、別館の庭に比べたら殺風景でただ庭があるだけといった風情だな。
ふいにステラが立ち止まる。
そして、満面の笑みでこちらに振り返ると同時に、風に乗って香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
「レイナード様、お嬢様は今日のためにたくさんお菓子を用意したんですよ」
ステラが手を差し出した方向には、芝の上に真っ白なテーブルと二脚の椅子、焼き菓子が山盛りに入ったバスケットを眺めるリリアナの姿があった。
「お嬢様ぁー、レイナード様がお見えで……」
「リリアナ!」
リリアナの姿を見た途端、我慢できずに駆け出してしまった。
彼女が振り返った時には、既に小さな肩を強く抱きしめていた。
胸の中で驚いた顔をしたリリアナ、深緑色の美しい瞳がこちらを見つめ、榛色の髪が鼻先で揺れる。
「もうレイ!」
「なんだいお姫様」
愛おしさが爆発しそうだ、目の前にある丸い額に口づけようとした瞬間、背後から焦ったようなステラの声が聞こえた。
「レイナード様! リリアナお嬢様!」
何事かと手を離し、二人で後ろを見ると、ミレイアがステラの後ろに立っていた。
とうとう来たか……。
リリアナのおでこに軽く口づけてステラのもとへ向かう。
ミレイアが一瞬真顔になるのが分かった。
「やあミレイア、こんな早い時間からどうしたんだい?」
「ごきげんよう、レイナードおにいさま」
膝を曲げ、ちょこんとお辞儀をしてこちらを上目遣いで見つめる。
ステラは困ったような表情で、俺とリリアナとミレイアの後ろ姿を順番に目で追っていた。
「明日は結婚式ですわねおにいさま、わたくし楽しみで眠れそうにありませんわ」
「私も楽しみだよ、可愛い花嫁は今日の午後から明日のために忙しいので、午前中に会っておきたくてね」
「まあ、明日から夫婦になられるのに、本当に仲がよろしいこと」
「わかってるんだがそれでも会いたくてね」
「おにいさまったら」
ミレイアが口に手を当ててふふふと笑っている、なんだこの茶番劇は。
何か仕掛けてくるつもりではなかったのか?
それとも流石に無理だと思って諦めてくれたのか、それならそれで良いのだが。
「あ、そうでしたわ!」
突然ミレイアが声のトーンをあげた、ステラがビクッと肩を震わせる。
つられてちょっとだけビクッとしてしまった、驚かせるなよミレイア。
振り返ると、リリアナがその場所で立ったままでいたので『用意を続けていいよ』と声を出さずに言って、手で合図をした。
「どうしたんだいミレイア? あ、その前にステラ、リリアナのところに行って手伝ってあげてくれ」
「はい! かしこまりました」
所在無げだったステラは、ミレイアに頭を下げてリリアナのもとへと駆けて行った。
さあミレイア、いったい何を言ってくる気だ?
ステラが遠くに行くのを見届けて、ミレイアが口を開いた。
「よかったですわ、使用人には聞かせたくない事でした、実は……」
そこまで言ったかと思うと、突然話すのをやめて俺に向かって手招きをした。
なんだ、屈んで耳を近づけろということか、いや絶対にしない!
「何だ、人に聞かせられない事か?」
「おにいさま、声が大きいですわ」
ミレイアが慌てたように袖を引っ張った。
おい、めちゃくちゃ引っ張るな、内心イラついてるだろ。
なぜだかおかしくなってきて、少し笑ってしまう。
「おにいさま、笑ってる場合じゃございませんの、来てくださいませ!」
更に強い力で今度は腕を引っ張った。きっと、既にカルロスが来ているのだろう。
やっぱりやる気なんだなミレイア、そこまでして姉を嵌めたいのか……。
もしかしてと思っていたが残念だ……よし、行くか。
「わかったよミレイア、そんなに引っ張らないでくれ」
「ごめんなさい」
力を緩めたが腕から手を離さない。そして夢で見たあの潤んだ瞳で俺を見つめている。
はぁ……。
早く終わらせなければ。
ミレイアから目をそらし、リリアナとステラのほうへ振り返った。
「二人とも少し待っていてくれ、すぐに戻ってくる」
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