41.金曜日



とうとう金曜日の朝を迎えた。


正直昨晩はあまり眠れなかった。

うとうとしたかと思うと目が覚めるの繰り返し。

こんな日にまた夢を見たらどうしようという不安もあったが、結局見ることはなかった。

よく考えると、サフィロ子爵家からの帰宅途中に馬車の中で見た夢、あれから過去の夢は見ていない。


ん……よく考えると、あの夢が最後になるのか? 


だって、あの夢の続きは俺が最初に見た夢。

そう、リリアナに胸飾りを投げつけ、馬に踏み殺されてしまう最悪な夢だ。

となると、やっぱりもう夢は見ない⁉


ええー神様かご先祖様なのかはわからないが、こんな機会を与えておいてあっさりしすぎだろう。

「よくやった」「これで最後だよ」とか、少しでもいいから姿を見せて、なぜ俺を助けたのか教えてくれてもいいのに……。


「俺頑張ったよなあ」


誰に言うでもなく呟いて、少し釈然としない気持ちのまま着替えをすませる。

そして、今までの夢を記録したノートをパラパラと捲った。


あ、そうそう、最初の頃はまさかこんなことになるとは思ってなかったんだよな。

ただ恐ろしく不快な夢を見たとクロードに泣きついたっけ。


リリアナの悲痛な叫び声、泣きじゃくる顔、心に張り付いてどうやっても忘れることなんてできない。

自分が馬に踏まれる痛みも、そして死んでいくときの苦しさも勿論忘れていない。

でもそれより、リリアナのことを思い出すほうが胸が痛くて死んでしまいそうになる。


あー本当に俺、一回死んでるんだよなあ……。


この数か月間を思い出しながら、耳の後ろを触る。

羽の浮き出ている場所を押さえて、今日これから全てがうまくいくようにと願う。


ローリン地区に行ってから今日までの間、出来る限りのことはやったつもりだ。

それに、あの親子がこれ以上何かを仕掛けてきたとしても、リリアナを愛していることは絶対に揺るがない。

なんたって俺はリリアナと別れる気なんて更々ない。


本当なら今日のお茶会を我が屋敷に変えてしまってもよかった。

そうなればカルロスがフォルティス家に来たとしても、俺とリリアナが不在で話は進まない。

だがあの二人のことだ、今晩、いや下手すれば結婚式当日に何をされるかわからない。


リリアナの偽者、それに娼館と賭博場、いったいどんな狂言を考えているのか知らないが、準備している状況が下劣すぎるだろ。

それだけで腹立たしくてたまらない。

このまま無視してしまうことは、俺が絶対に許せなかった。


ミレイアとジュリア、あの二人が今までどれだけのことをしてきたのか……。

実際のところは分からないが、この三カ月余りの酷さを考えると、リリアナは子供の頃から相当大変だったはずだ……。


ああ、リリアナに会いたい。

あの柔らかな髪を撫で、頬に触れて、俺の名前を呼ぶ声を聴きたい。

ずっと一緒にいると誓って抱きしめたい……。


俺がこれからやろうとしていること、結果によってはリリアナ、それどころかフォルティス侯爵も傷つけることになる。

それでもやらなければいけない、否、やるんだ。


固く拳を握り締め、夢を記録したノートを閉じたタイミングで、部屋をノックする音が聞こえた。


「レイナード様、おはようございます」


いつもの挨拶とともにクロードが部屋に入ってきた。今日も頭の先から足の先まで完璧だ。

いったい何時に起きてるんだろう……。


「おはようクロード!」

「朝から昂ってるなレイ、声がでかい」

「なんだか落ち着かなくて、早く目が覚めたんだ」

「まあそうだよな……これまで頑張ってきたんだ、俺も信じられないほど緊張してるよ」


フォルティス家に持っていく為の鞄を机の上に置き、部屋のカーテンをまとめながらクロードは自分の胸をポンポンと叩いた。

ローリン地区から戻った後、結局またクロードにたくさん手助けをしてもらった。


「ありがとうクロード、最後まで面倒かけて……」

「何言ってんだよ、全部レイが考えたことだろ、俺はそれを手伝っただけ、何も面倒なことなんてない」


クロードは窓際で朝日を浴びながら、こちらに向かって笑顔を向ける、なんだろう神々しい。


「かみさま……?」

「え、おい! レイどうした?」


慌ててクロードが駆け寄ってきた、不安そうに俺の顔をじっと見つめている。

すかさず、思い切り抱きついた。


「あーもう、やめろよー」

「俺クロードがいなけりゃ、このチャンスをどうにも出来なかったと思う」

「そんなことないって」

「そんなことあるって! ひとりじゃあたふたするだけでこんなに順調に事は運ばなかった」

「……」

「ありがとう、本当に……どう伝えたらいいかわからないくらい感謝してる」


あれ、鼻の奥がツーンとする、俺泣きそうかも。

クロードを抱きしめる腕に、更に力が入る。


「わかったよ、だから腕を離してくれ」

「クロード……」

「おい、愛の告白でもする気かよ、離せ」


クロードが体を捩るので、仕方なく力を緩めた。

「この馬鹿力め」とぼやきながら、クロードは上着を直している。

髪をさっと整えた後、改めて俺のほうに向きなおった。


「レイ、さっきも言ったようにお前が頑張ってるから俺は応援しただけだ、面倒なんて思ったこともない、こちらこそいつも信頼してくれてありがとう」

「ク、クロー……」

「はいはい、そこまで」


クロードは、感情が抑えられなくなりそうな俺をサッとかわして、笑顔で時計の前に立った。


「レイナード様、お茶会に遅れます、全ての支度が終わっているなら参りましょう、既に馬車は用意しております、もう一台の馬車も……」


クロードの言葉に一瞬にして背筋が伸びた。

用意しておいた蜻蛉の胸飾りが入った箱を持ち、大きく深呼吸をして入口に向かう。


「では、行こうか」

「そうですね」


クロードは俺の背中をぽんっと優しく叩き、部屋の扉を開けた。


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