25. 侍女ハンナ
「なんていい天気だ」
空は吸い込まれそうなほど青く、馬車の中を通る風が心地よい。
待ちに待った週末、今日は結婚式に使うブーケとブートニアの最終確認の日だ。
二人が乗る馬車を飾る植物は、リリアナの見立てで用意されているらしい。
確認が終わった後、リリアナが管理する植物園に移動して昼食をとる予定になっている。
くぅーーー楽しいことしかないじゃないか! あー、気がはやって落ち着かない。
「レイナード様、馬車の中で足をバタバタするのはお控えください」
手帳を持ったクロードが小さく咳払いをして言った。
「ああすまない、無意識だった、ついな、つい」
「子供じゃないんですから……ところで『これ』はどうするつもりですか?」
クロードは夢の記録が書かれた手帳を指でトントンと叩く。
「それは、俺が一人にならなければいいってことだろ、リリアナが席を外してもステラがいるだろうし、ステラがいなくなってもクロードがいる」
「そうですね」
「だから今日はそんなに難しく考えなくていいかな、それより昼食が楽しみだな、なあクロード」
「そうですね、もう着きますよ」
*
フォルティス家の門を抜けると、玄関横にステラの姿が見えた。
「ローデリック公爵閣下、お待ちしておりました」
「やあステラ元気かい、お迎えありがとう」
「はい、今日はブラッツさんに頼んでお出迎えを変わっていただきました」
人懐っこい笑顔をしたステラは、丁寧にお辞儀をして扉を開ける。
ステラは本当にいい子だ、しっかりしていて嫌みがない。
ミレイアと同じ年とは思えないな……って、あの女のことは考えなくていい、考えるな。
屋敷の中に案内され、廊下を歩き始めたとき、ステラは後から来たクロードにポケットから取り出したメモを渡した。
クロードはそれをサッと受け取り、資料の中に自然に紛れ込ませていた。
気になる、しかし振り返って確認するのも良くない、我慢だ。
客間に向かっていると、部屋の中から大柄な女が出てきた。
あ、ハンナだ!
先を歩くステラの体に緊張が走るのが見えた。
ハンナは頭を下げ、客間の扉を開けてこちらを待っている。
「ようこそおいでくださいましたローデリック公爵閣下、中にお茶を用意しております」
威圧感のある声だ、これがハンナか……。
部屋に入りソファに座ると、ハンナがステラを呼び、耳打ちをした。
ステラはちらりとこちらを見て、「お嬢様を呼んでまいります」と、部屋から出て行った。
静まり返る部屋、重苦しい空気、そしてなんでいるんだよハンナ。
ハンナはどこを見るでもなく、部屋の中央に目を向けている。
お茶に手を付けることさえできない空気だ。
そんな中、「レイナード様、これを」と、クロードが資料を広げてこちらに見せてきた。
「この後の予定ですが、間違いがないかご確認ください」
そう言って指さす場所には、ステラのメモ書きが挟まれていた。先程渡されたものであろう。
ミレイア様の侍女ハンナが、突然フォルティス家の侍女頭になりました。
その翌日から別館にまでやってきて、お嬢様の部屋や私の部屋などを見てまわります。
それも毎日です。
お嬢様の外出中、私が洗濯室にいるとき勝手に部屋に入っていたようです。
確証はないけど、お嬢様のノートや書類、机の中まで見られているように思います。
ミレイア様は相変わらず顔を合わせるたびに話しかけてきます。
「うむ大丈夫だ、ありがとう」
「はい、よろしくお願いいたします」
なるほどな、完全に監視役をしているということか。別館まで行くとは、ミレイア同様行動力がありすぎて怖い。
しかし、この部屋にまで漂ってくる甘い香り……これは絶対に厨房でクッキーを焼いている。ミレイアが用意をしているのだろう。
ハンナの無言の圧とあいまって、いたたまれなくなってきた、のどが渇く。
その時、扉をノックする音がした。
「リリアナお嬢様をお連れいたしました」
扉がガチャリと開き、笑顔のステラと水色のドレスを着たリリアナが姿を現した。
「お待たせいたしました」
スカートをつまみ、リリアナはふわっと礼をする、うん可愛い。
ステラはちらりとハンナを見て、仕方がないというような表情で横に並んだ。
「リリアナお嬢様!」
リリアナがソファに座った途端、ハンナが突然大きな声で呼びかけた。
あまりの声に、部屋にいた全員がびくっと肩を震わせた。
「どうしたのハンナ?」
「そちらのお茶は冷めております、ステラに新しいお茶を淹れさせますので、少々お待ちくださいませ。あとステラ、使用人室の備品置き場に、クロード様にお渡しするものがあるから、ご案内してちょうだい」
「え、?」
「聞こえなかったの? お茶とお渡しするものよ! クロード様、申し訳ございませんが一緒について行ってもらえますでしょうか」
「あ、はい、わかりました」
クロードは席を立ち、ステラを誘導するように部屋から出て行った。
なんだよ渡すものって、今じゃなくてもいいだろ、帰る時に言えよ。
流石ミレイアが選んだ侍女だけあるな、無駄に高圧的でイライラさせる。
今から打ち合わせをするのに、この女はずっといるのか?
正面に座るリリアナと目が合うと、困ったような顔で微笑んだ。
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