24. 六度目の夢

「はぁー疲れた」

ベッドの上に倒れるようにして転がる。


午後からの視察は順調に進んだ、しかも良い報告をたくさん聞けたので来年が楽しみだ。

リリアナの差し入れのおかげで頑張れたな、はぁ週末に会えるのが待ち遠しい。


正直もう夢は見たくない。

このまま次は俺が馬に踏まれるところでいいよ、絶対に大丈夫だから。

婚約解消なんてしないし、ミレイアの事なんて何とも思っていない。

しかし今のところは、決定的な事件が起こっていない、一体何が理由でああなったのか。


あ、胸飾り……。


そういえば注文していた胸飾りがそろそろ出来上がるはずだが、それが問題になるのだろうか?

馬に踏まれる前、俺はクロードから胸飾りと手紙を受け取り、それを見て婚約破棄を口にしていた。

確かにあれは特注の品だから、同じものは存在しない。

一体どこから届いたというのだろう? 


うーん、どれだけ考えても夢で見た以上のことは分からない。

何が起こるかは、その夢を見るまではどうやっても思い出せないんだよなあ。

だから必死で考えても無駄なのは分かってるんだけど、考えるなってほうが無理だ。

あーもう、邪魔しないでくれよミレイア……。



☆ ☆ ☆ 



「おにいさま? あれ、お姉さまはご一緒じゃないんですかぁ?」


フォルティス家の中庭でリリアナを待っていると、奥からやってきたミレイアに声をかけられた。

いつも笑顔で愛らしい、この子が妹になるのか……。


「ああ、侍女のハンナに呼ばれて少し席をはずしているよ、今日は珍しい方向から登場だね」


そう問いかけると、ミレイアはうふふと笑って手に持った紙袋をこちらに見せた。

手首にはスズランのブレスレットが揺れている。


「厨房を借りてたんです、わたしお菓子を焼いたのよ」

「凄いじゃないか、料理ができるなんて」

「料理だなんて、ただこうやって何かを作ったりするのが好きなだけ」


ミレイアは照れたような顔をしてそのまま中庭の椅子に腰掛け、持っていた紙袋の中から焼き立てのクッキーを一枚取り出した。


「おにいさま甘いものは平気? これは甘さ控えめなの、この前お姉さまに作って差し上げたらとても喜んでくれたのよ」

そう言って、サクッと軽い音を立て一枚ほおばった。


「リリアナにクッキーを焼いてあげたのかい?」

「ええ、お姉さまは研究がお忙しいからお菓子作りの時間がないの。でも食べたいとおっしゃったので、小さなケーキとクッキーを焼いて差し上げたわ、さあ、おひとつどうぞ」


真っ白で華奢な指がクッキーをつまみ、唇に近づけてくる。

断ることができず、思わず口を開いてしまった。

クッキーと一緒に、冷たい指が唇に触れる。


「あ、ごめんなさい」ミレイアは慌てて手を引き、俺の唇に触れた指を自分の唇に押し当てた。


そのままこちらを見つめながら首をかしげて「おいしい?」と訊ねてくる。

胸が高鳴る、あと数カ月で妹になるというのに……。


「おにいさま?」

「あ、うん、美味しいよ。この前リリアナから貰ったお菓子と同じ味だ、フォルティス家の味なのかな」

ミレイアは俺の言葉にハッと目を見開き、慌てたように視線を落とす。


「あ、そうでしたの……おにいさま、今日ミレイアからクッキーをもらったことはお姉さまに言わないでくださいね」

「……もしかして」

「いえ、また私怒られてしまいますから……お願いします」



* * *



モヤモヤした気持ちで目が覚めた。

いつもの寝室の天井が見える。


はぁ夢か、くっそ馬鹿レイナード! 何ときめいてんだ!

過去に起こったことだから、あのブレスレットをつけたままだったな、なんとあざとい女だ。

あーもう何だあれは、明らかに誘惑してきてるだろ。

俺も俺だよ! チョロすぎるだろ、かっこ悪いなーもう。


しかし今日の夢、フォルティス家に行ったとしても、一人にならなければ起きない出来事だよな。

週末に結婚式の打ち合わせで出向く予定だが、さてどうするか。



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