23. 翌日、リリアナからの贈り物

カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。

今日は夢を見ない日だったか……。

寝起きはスッキリしていいのだが不安にもなる、結婚式までもう少し。


えーっと今日の予定は、東地区の決裁書と午後からは銀鉱山の市場調査か。

結婚式後を穏やかに過ごすために、遠出の仕事はなるべく早めに進めたい。

それに結婚式翌月から、王太子様の花嫁選びが始まるとの噂がある。

国内が浮足立ってくるだろうから、そうなる前に仕事を少しでもこなしておきたいな。


扉をノックする音が聞こえた。

「レイナード様、お荷物が届いております」

そう言いながら、クロードが大きな箱を持ってきた。少し重そうだ。


「リリアナ・フォルティス様からの贈り物です」

「なんだって!」

持っていた書類を放り出し、箱に飛びつこうとするのをクロードに制止された。


「おい、荷は逃げないから落ち着け、あと書類は紛失すると困るからちゃんとまとめて」

「……はーい」

「返事を伸ばすな」

「……」


言われるまま資料をまとめ、机の上を片付ける。

届いた箱はずっしりと重く、厳重に梱包されていた。


「何が入っているんでしょう?」

クロードが手際よく開封していく。

箱を開けると、ガラスの小さい瓶が20個近くと焼き菓子、そして手紙が入っていた。

瓶をいくつか取り出すと、ミント、ラベンダー、セージ、ローズマリーなど、可愛い手描きのイラストと文字が書かれたラベルが貼られている。


甘い匂いがする焼き菓子からは、ほのかにスパイスの香りも感じられた。

同封の手紙を開封した。


 親愛なるレイナード・ローデリック様


 先日送っていただいた、とても素敵なペーパーナイフと、スズランのブレスレットについ てのお礼です。

 まず魚のペーパーナイフ、ミズウオでしょうか。

 異国の細工物でとても素晴らしく、思わず声が出てしまいました。

 初めて見る造形の美しさ、洗練されたデザインと美しい石、このような素敵なものがある なんて、本当に感激いたしました。

 使ってしまうのがもったいなく思いますが、せっかくですので、いつでも手に取れるよ  う、そして眺められるよう机の上に飾っています。

 本当に素晴らしいです、ありがとう。


 そしてスズランのブレスレット、これは少し前に贈ってくれたものだと思うのですが

 手違いがあり、ペーパーナイフの翌日に受け取りました。

 いつかスズランの花を見てみたいと言っていたのを、覚えていてくださったのですね。

 その気持ちが大変うれしく、私は本当に幸せ者です。

 受け取った日からずっと身に着けております。


 あと、同封の小瓶ですが、私の研究室と植物園で作っているハチミツです。

 たくさんの種類があるので、ローデリック家で従事されている方たちに受け取っていただ き、できれば感想などを聞かせてもらえると嬉しいです。

 これから先、事業展開を考えているので、どうぞよろしくね。


 焼き菓子は、先日連れて行ってくださったハーブ店の方に聞いたレシピで作ったもので  す。

 レイは甘すぎるのは苦手なので、少しお砂糖を減らして作ってみました。

 私が住んでる別館に厨房はないので研究室に窯を作り、それで焼いたんですよ。

 いろんな香りを楽しんでくださいね。


 先日、屋敷にいらしたのに会えなくてとても残念です。

 平日はほとんど研究室と植物園におりますので、お時間があるときに立ち寄ってくださる と嬉しいです。


 では、世界中の愛と幸せがあなたに降り注ぎますように。

 週末にお会いできるのを心待ちにしています。


 たくさんの愛をこめて、リリアナ


うおおなんだこの感情は、気持ちが抑えられない。思わず胸いっぱいに息を吸い込み、何度か深呼吸した。


「なあクロード! この……」

「はい、待ったレイ!」

「なんだよ、止めんなよ。大きな声出さないように我慢してただろ」

「ああ、声は抑えられてたけど、お前途中から手紙を声出して読んでたのに気づいてたか?」

「え? 誰が?」

「お前、レイナード・ローデリックが」

「手紙を?」

「ああ、『思わず声が出てしまいました~』ってあたりから、ずっと朗読してたよ」

「……」

「リリアナ嬢はいい子だな、よかったなレイ」


気づかなかった、気分の高揚とともに声が出てたのか。

くっそクロード、ニヤニヤしやがって。


「オホン、じゃあ、まあそういうことだ」

「ああ、このハチミツを侍女たちのところに持っていくよ」

「どれが気に入ったとか、数日後に感想が欲しいと言っておいてくれ」

「了解」

クロードはワゴンの上に綺麗に小瓶を並べ、箱から焼き菓子を取り出し、梱包を手際よく片付けた。


「では午後の外出の時間まで、そちらの書類にしっかり目を通しておいてください。失礼いたします」

そう言って、少しにやけた顔のまま部屋を出て行った。


机の上の焼き菓子を開ける。クッキーと小さなケーキ、優しい甘さとスパイスが香ってくる。

そういえば、ハーブの店に行った時にたくさんのメモを取っていたな。


真剣な顔が愛おしかった、自分の好きなことに打ち込む彼女を尊敬する。

この国の貴族の女性は、家業を継いだり事業を考える女性は少ない。

特にパーティばかりに顔を出す女性は、資産がある名家に嫁ぐことを人生一の目標にしているらしい、そしてそういう女性は学校にさえ行かない。


着飾ることを悪いとは言わない、もちろん愛する女性には美しくいてほしい、そのために必要なものは何も惜しくない。

リリアナの事業はきっとうまくいくだろう、協力できることがあれば労力をいとわない。

その前に、頼りない男だと愛想を尽かされないように、俺もしっかりしなければ。

「さてやるか」

書類を開きながら、小さなケーキを一つ口に入れた。



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