26. 侍女ハンナ 2

「お嬢様!」


二人が部屋を出た後、再度大きな声でハンナが呼びかけてきた、今度はいったい何なんだ?


「少しご相談がございます、お時間をいただけますでしょうか」

「え、私に? 今ですか?」

「すぐに終わりますので、よろしくお願いします」


ハンナはリリアナの返事を聞く前に、誘導するように扉の前へ立ち、そのまま無言でリリアナを見つめる。

何だこの女、馬鹿にしているのか、もう我慢ができない。


「さあ、お嬢様こちら……」

「おい、何を言っているんだ?」

席を立とうとするリリアナを制止して、ハンナに話しかける。


「ローデリック公爵閣下、少しお時間をいただけますでしょうか」

ハンナはとりあえずといった感じで頭を下げた。


「お前、今日はなぜ私がここにきているのかわかっているのか?」

「はい、結婚式の打ち合わせでございます」

「あぁ、わかっているのか、じゃあその結婚式の主役は誰だ?」


少しの間があり、「ローデリック公爵閣下とお嬢様でございます」と、ハンナは答えた。


「そうか、主役はリリアナと私か。式まであと一か月、その主役二人が打ち合わせのために集まっている。そして私は客だ、客を待たせてまで侍女が主人にようごととは、余程緊急を要するものであろうな」

ハンナは何も言わず、ただこちらを見つめている。


「私が帰ってからではなく、いますぐ別に呼び出してまでの用件、ここでは言えぬことなのか?」

まだ、無言だが目はそらさない。


「自分で無礼なことをしているとは思っていない顔だな、リリアナを呼び出す理由を言えと言ってるんだ」

「……」


ハンナは眉間にしわを寄せ、視線を逸らし頭を下げた。

少しの沈黙の後、絞り出すような声で話し始めた。


「ご無礼をお詫びいたします……リリアナお嬢様のドレスの裾がほつれているように見えまして、確認とお着替えを提案したく、お呼び出しを申し上げました」


リリアナがハッと立ち上がり、ドレスの裾をさばきながら確認をした。

ハンナがその姿を横目で見ながら、再度口を開く。


「私の思い違いでございました、ローデリック公爵閣下には不快な思いをさせてしまい、誠に申し……」

「もういい」

あえて謝罪途中に言葉を遮る、きっと腹が立って仕方がないだろう、こっちだってムカついている。

「この部屋から出て行ってくれ」

ハンナは驚いたような顔をしたあと、懇願するような表情でリリアナを見た。


「聞いているのか? もう少しすればステラと我が家の執事が戻るだろう。君に用はない、出て行ってくれ」

わざと声を荒げ、リリアナの前に立ちはだかるように移動した。


「ローデリック公爵閣……」

「聞こえなかったのか? それともこの屋敷の侍女は、客の言うことは聞けないというのか」


ハンナは体格の良い体をグッと強張らせ、爪の色が変わるほど手を握りながら「失礼いたします」と頭を下げ、部屋から出て行った。


一気に体の力が抜ける。


「はぁーなんなんだ」

ハンナが出て行った後の扉を見つめながら、思わず本音が漏れてしまった。


「レイ、あなたが大きな声を出すのを初めて聞きました」

ソファから立ち上がったリリアナが、困ったような笑顔を浮かべている。


「だって、あまりにもあの侍女は失礼だ、いつもあのような態度なのかい?」

「……お義母様に長年仕えていた方なの、私はほとんど面識はなかったのだけど、先日からお屋敷の侍女長になったから……責任感が強い方なんだと思うわ」


言葉を選びながら説明するリリアナ、あんな態度を取られても自分の屋敷の者を悪く言わないんだな、流石だ、好きだ。

まだとても困ったような顔をしている、その顔も可愛い、あー抱きしめたい!


「リリアナ……」

立ち上がったリリアナをソファに座らせ、一緒に横に座る。

榛色のやわらかな髪を撫でようとした瞬間、扉をノックする音が部屋に響いた。


「大変お待たせいたしました、ただいま戻りました」


開いた扉の向こうには、お茶を運ぶステラ、続いて箱を抱えたクロード、その後ろにちょこんとミレイアが立っていた。

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