19. ステラ、ミレイアの部屋に入る
手を後ろに回し、扉が閉まっているのを確認する。
チッ ーー 舌打ちが聞こえた気がした。
カレンと呼ばれた侍女が焦ったような顔で、こちらを見る。手には緑の箱。
ミレイア様はソファで沢山の箱に囲まれ、横を向いて座っていた。
「突然失礼いたします、あらためまして、リリアナ様の侍女をしているステラと申します」
わざとらしいくらい、深々と頭を下げた。
「知ってるわよ、この前客間で会ったじゃない、顔上げて」
ゆっくりと顔を上げると、正面向きに座りなおしたミレイア様が、天使のような笑顔でこちらを見ていた。
「とても急いでいたようね、大丈夫? あなたが言ってた箱ってこれじゃないかと思うの」
そう言って、横目でカレンを見る。
カレンは震える手で緑色の箱をこちらに差し出していた、リボンはほどかれ上に乗せられている。
「中身を確認してもよろしいでしょうか?」
私の言葉にカレンは無言のまま机の上に箱を置き、中を開けて見せた。
そこには一旦取り出されたであろうペーパーナイフと刺繍箱が乱雑に放り込んであった。
ソファからこちらをじっと見つめていたミレイア様は、箱の事は全く気にしない様子で口を開いた。
「贈り物の管理は全て侍女のカレンに任せているの。私は箱の中身を受け取るだけなんだけど、その箱の中身はまだ見てないわ。でもまさかこれがお姉さま宛だったなんて、知らなかったわ」
流れるように話すミレイア様、カレンは全く動かない。
「勝手に開けてしまってごめんなさいね、きっとこの子が宛名を見間違えたのね、本当に失礼なことしちゃって、ほら、お詫びなさい」
そう言ってミレイア様がソファから立ち上がると、カレンは逃げるようにこちらに駆け寄り、深々と頭を下げた。
なんなのこれ……おかしな雰囲気だわ、空気が張り詰めていて息苦しい。
「えっと、今朝そちらのカレンさんと一緒に荷物の受け取りをしたのですが、届いた物の宛名を見せてもらえなくて……」
「あら、そうなのカレン?」
唇を真一文字に結び、カレンは頭を下げたまま全く言葉を発さない。
「はぁ、ごめんなさいね、真面目な子なの。きっとあなたが新しく入ったばかりだから、負担をかけないように気を使ったんだと思うわ、それがこんなことになっちゃって、本当にごめんなさい」
ミレイア様は言い終わると同時に私に近づき、ギュッと両手を握った。
横をすり抜けられたカレンはがちがちに固まっている。
なんていい香り、そしてやわらかく冷たい手。
蒼い瞳は美しいけど底が見えない湖みたいで何となく怖い。
「い、いえ、間違いならば仕方ないので、大丈夫です。こちらこそお騒がせしてしまって……」
「いいのよ、今までにもしかしたら何か間違いがあったかもしれないわ、私は中身を受け取るだけだから、本当に全然知らなくて」
そう言いながら、握っていた私の手をパッと離し、後ろでまだ顔を伏せているカレンに近づいた。
カレンは慌てたように、机の上に置かれた緑の箱にリボンを入れ、私にグイっと押し付けてきた。
なにこの感じ、ああ、息苦しい。この場を早く立ち去りたい気持ちでいっぱいだわ。
とりあえず荷物は無事だしもう戻ろう。
「では、わたくしこれで失礼いたします」
箱を受け取り、一礼して扉に向かおうとした時、「あ、待って」と、呼び止められた。
振り返ると、駆け寄ってきたミレイア様がぐっと顔を近づけてくる。
「ねえステラ、これ、お詫びと言っては何だけど、あなたの焦げ茶色の髪にとても似合うと思うの」
そう言って私の髪に、小さな飾りがついた髪留めをつけた。
お礼を言うべきか、はずして返すべきか悩んでいると、今にも口づけできるくらいの距離までさらに顔を近づけてきた。
「ねえあなた、ローデリック家に戻るんでしょ?」
「はい、結婚式の後、リリアナお嬢様と一緒に戻ることになっております」
「そう……」
少しの間、考えるようなしぐさをした後、ミレイア様はそのまま私の耳元に顔を寄せ、「じゃあ私と仲良くしておいたほうがいいわよ」と、同い年とは思えないほど妖艶な顔で囁いた。
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