18. ステラの突撃



「んーいいお天気だわー」


窓を開けて空気を入れ替える。

リリアナお嬢様は今日も研究のため植物園に向かわれた。

学生時代、図書館の本がすべて頭の中にあるのでは、と言われるくらいの博識なのに、まだまだ勉強不足なのよなんておっしゃっている。

勤勉で努力家、そして優しいうえに隙が無い、本当に隙がなさすぎる!


起床時間にお部屋に伺った時には、いつもすべての支度が終わっている。

ああ、もう! もっとお世話したいのにー

なので、今日は無理を言って髪を編み込ませていただいた。

榛色の美しい髪を結いあげるとお嬢様の美しい横顔と深緑の瞳が際立つ。


お嬢様は髪型をとても気に入ってくださり、お礼というわけではないけどと、戸棚からいくつか瓶を取り出して手渡してくれた。

それは、お嬢様が研究室で作られている蜂蜜だった。 

琥珀色に輝く蜂蜜は、少しずつ色が違っていてとても美しかった。

手書きのラベルには花の名前が書かれていて、花によって味も異なるということも教えてもらった。

しかも近いうちにその蜂蜜でハンドクリームを作ってくださるって、もう、幸せすぎる。


あの甘い香りを思い出すだけでも、うっとりしちゃう、夢心地だわ……。

っと、余韻に浸ってる場合じゃなかった、今日レイナード様から贈り物が届くという連絡を受けていたんだったわ。


『リリアナお嬢様には秘密で』と書かれていたので、もちろん言ってない。

贈り物っていったい何かしら、お嬢様が喜ぶ顔が今から楽しみだわ。


クロード様からの手紙をもう一度確認する。

「えーっと、緑の箱に金のリボンね」

手紙をポケットに入れ、制服を整える。

「うん、行くわよステラ」

何故だかわからないけど気合を入れ、中庭を抜けて玄関に向かう。

既にミレイアお嬢様の侍女が使用人口の横に立っているのが見えた。


「おはようございます!」

「……」


無言だわ、朝は元気がないタイプかしら。


「私、少し前からリリアナお嬢様のお世話をしているステラって言います、短い間だけどどうぞよろしくね」

「……よろ…く…願い…します」


すっごく声が小さいのね、あ、もしかして私がうるさすぎなのかな、気をつけよう。

その時入口のベルが鳴った、荷物が来た!


「はい、ただいま!」


目の前にいた侍女が、ホールに響き渡るほどの声で答え、扉を開けた。

ふぁービックリした、大きな声出るのね……。


手押し車に乗せられた荷物は今日も大量だ。

まあ、たくさんの箱の山だわ、どうすればいいのかしら……え、早い。

荷物を見ながら考えてる間に、ミレイアお嬢様の侍女が手際よく二つの山に分けはじめている。


「あ、あの」

「大丈夫、私がしますので! 分け終わったらそちらをブラッツさんへ持っていってください」

「あ、はい」


何だかわからない気迫だわ、選別早すぎる。

あ、緑に金リボンの箱! って、あっちの山に積んだわ、なんなの?

結局、届けられた荷物に一つも触れないまま、目の前に二つの山ができた。


「こちらがミレイアお嬢様、そちらがこの屋敷の使用人やその他の荷物です」

「ちょっと待ってください、リリアナお嬢様の荷物は?」

「ひとつもございません、では」

「え、ちょっと待って」


私が引き止めるのを、聞こえないかのようにふるまい、小走りで荷物を運んで行ってしまった。

もう、なんなの一体。とりあえずこちらの荷物を確認しておこう。

えーっと、全て屋敷に関する荷物や封書、あとは使用人宛の小包だわ。


何なの? どういうこと? 美しい金のリボンがかけられた緑の箱はあった、見間違えるわけない。

絶対にあれはレイナード様からの贈り物だわ、それをなぜあの侍女は持って行ってしまったの?


うーーーーん、どうしたものか。

確かミレイアお嬢様の部屋は、南の端だったはず……

どうしよう、直接行っていいのかしら。


ブラッツさんに話してみる……いや、さっきも荷物一つさえ触らせてもらえなかった。

伝言を頼むと、きっとごまかされそうな気がする。


ええい、行くしかないわ!


大きく息を吸って、ミレイア様の部屋がある廊下へ足を踏み入れた。

ふかふかの絨毯を進みながら、なんて言おうかと考える。

見慣れない絨毯と壁紙、心臓がバクバクする。

突き当りを曲がると、装飾が施された扉が目に入った。あ、きっとあれがミレイア様のお部屋だわ。

扉に近づく前から、満開の花のようなむせかえる香りが廊下に漂っていた。


間違いなくここね……。


扉の前で立ち止まり、深呼吸をする。

ノックをしようと手を上げたその時、扉の向こうから声が聞こえた。

思わず手が止まる。


「わー気持ちわるぅーい」

ミレイア様の声だ。


「何なのこれ、魚? しかも何に使うかわかんない、いらなーい」

絨毯の上にゴトンと何かが落ちる音がした、侍女の声はするけど全然聞き取れない。


「この刺繍箱もいらないわー、あなたにあげるわカレン」

侍女がお礼を言う声が聞こえた。多分あの入口にいた子だ。


その後もガサガサと、雑に箱を開け続ける音がする。

「それにしてもレイナードは趣味が悪いわ、地味なお姉さまに合わせてるのかしら。もっと流行に敏感になってもらわないと」


レイナード様を呼び捨て! しかもリリアナお嬢様を地味ですって!

こちらの荷物を勝手に持って行き、開封までしてるの?

それなのに文句言って、ミレイア様ってなんなの、ムカつくーーー。


もう、乗り込んでやるっ! 

っと……駄目、駄目よステラ、落ち着くのよ。


扉の前から一旦離れ、廊下の隅でもう一度深呼吸をする。

このまま勢いで乗り込んだら、きっとリリアナお嬢様に迷惑がかかる。

そうだ、ポケットにはクロード様からの手紙がある、これを使って荷物のことを直接聞くのが最適解だわ。

ふぅー、大きく息を吸い込み、扉をノックした。


「失礼いたします!」

一瞬、扉の向こうの動きがすべて止まった気がした。もう一度声をかける。


「失礼いたします!お伺いしたいことがございます、至急の用件です」


カチャッっと軽い音がした、鍵を閉めていたようだ。

扉が少しだけ開き、入口にいた侍女が顔を出した。

「なんでしょうか?」


「突然失礼いたします、私、リリアナ様の侍女のステラと申します。先日、ローデリック家から手紙が届き、リリアナ様宛の荷物を本日12日に到着するよう送ったという内容が書いてありました。しかしながら先程あなたは、こちら宛の荷物はない、とおっしゃいました。でも今日届くと手紙をいただいているのです、届いていないとなると、問題になりますので、今一度お荷物を確認していただけないかと思い、失礼を承知でこちらにお邪魔いたしました。緑の箱に金色のリボンがかかっています! 目立つ箱なのできっとすぐ見つかると思うのですが!」


ふぅー一気に言ってやった、しかも結構大声で。きっと中にも聞こえてるはず。

侍女は黙ったまま、後ろの様子をうかがう素振りをした。

ガサガサと何かしている音が微かに聞こえる。侍女は何も言わないまま黙っている。


んもーー!

ポケットから手紙を取り出した。

「こちらをご覧くださいませ、間違いなく本日12日と書かれています、緑色の……」


「あら、カレン、これじゃないの?」

部屋の中から声が聞こえた。


カレンと呼ばれた侍女が扉から手を離し、奥に戻っていった。

閉まりそうになった扉を慌てて手で止める。ええい、勢いで入っちゃえ。


「失礼いたします!」


背中で扉がパタンと閉まった。

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