12. 四度目の夢


☆ ☆ ☆


「ローデリック公爵閣下、ようこそいらっしゃいました」

フォルティス家の執事ブラッツが門の前に立ち、馬車を迎え入れた。


「やあブラッツ、外で待っているなんて今日はどうしたんだい?」

「公爵閣下、申し訳ございません、侍女の一人が故郷へ戻ることになりまして、ちょうど馬車の用意をしておりました」

恰幅のいい体を揺らしながら、少し急いだ様子で屋敷の扉を開ける。


「馬車は裏口から出ますので、お気になさいませんよう。あわただしくて申し訳ございません」

そう言って、深々と頭を下げた。


侍女か、フォルティス家の侍女はリリアナ付きのメアリーしか名前は知らないな。

彼女はリリアナと同じ年齢で、もう三年くらいになるか。

機転が利くうえにお花に詳しいのよ、とリリアナが話してたっけ。

おとなしいリリアナには珍しくいい話し相手にもなっているようだが、リリアナが当家に来た後はどうなってしまうのだろう。

そうだ! 結婚式が終わったら屋敷に一緒に呼べばいいのではないか、うん聞いてみよう。


屋敷に入り、侍女に案内されて客室へ向かうと、既にリリアナが部屋で待っていた。

侍女は「お茶を持ってまいります」と部屋を出て行った。


「やあリリアナ、なんだか誰か一人辞めるらしいね」

「レイ、お聞きになったのね、そうなのメアリーが故郷に帰ることになってしまって……」

そこまで言ったリリアナは、眉間に力を入れとても悲しそうな顔をしていた。


「え、メアリーなのか?」

「そうなの、もう出発してしまうの、見送りたいので少しお待ちいただいてもよろしいかしら」

「大丈夫だ、早く行っておあげ」


リリアナは大きく頷き、簡単に礼を済ませると、小走りで裏庭へ続く廊下を駆けて行った。

まさかメアリーとは、故郷へ帰ると言っていたが、何があったんだろう。


リリアナが部屋を出て少し下ころ、客室の扉を誰かがノックした。

「失礼いたします、お茶を持ってまいりました」

扉が開くと、お茶を運んできたのはミレイアだった。


「レイナードおにいさまがいらっしゃってると聞いて、ミレイアがお茶もってきちゃいました」

カップとお茶菓子を机に置き、そのままちょこんと俺の横に座る。


「ありがとう、だが横に座るのはよくないんじゃないかな、フォルティス家の箱入り娘さん」

ミレイアに注意を促すが、無言のまま上目づかいで見つめてくる。

吸い込まれそうな青い瞳にそれ以上言うことができず、思わず目をそらしてしまった。


「だって、半年後には正式におにいさまになるんだし、いいじゃないですかー」

席を立つこともなく、ミレイアは自分が運んできたクッキーを口に運ぶ。

少し動くたびに、華やかな香りが鼻腔をくすぐる。

思わず小さく咳払いをした。


「えーっと、そういえば、侍女が一人辞めるそうだね」

なぜかいたたまれなくなって、メアリーの話を持ち出した。


「……」

二個目のクッキーに伸ばしていた手を止め、ミレイアは困ったような顔でこちらを見た。


「どうしたんだい?」

「メアリーは……ずっとお姉さまにいじめられていて……」

と、そこまで言って立ち上がり、扉の向こうの様子をうかがう素振りをした。


「リリアナが、メアリーを?」

シッと唇に手を当て、ミレイアはさらに近くに座りなおした。

俺の左肩に手をかけて、ゆっくりと耳元に唇が近づく。

左腕にふくよかな胸があたり、左耳に吐息がかかる。


「メアリーがお姉さまについてから三年間、ずっとです。見えない場所に体罰をしているという話も他の侍女から聞きました。いつも髪を短くしていたのは、長いと髪の毛を引っ張られて痛いからって……」


思わず横を見ると、目の前にミレイアの顔があった、悲しそうな表情で青い瞳は潤んでいる。


「私はずっと、メアリーを私付きの侍女に変えてほしいと頼んでいました、でもお姉さまがそれを許しませんでした、もう見ていられなくて……」

下唇を震わせながら、俺の両手をグッと握る。とても冷たい手だ。


「このままではいけないと思って、メアリーの父親が倒れたという偽の手紙を作り、今日無事にお姉さまから解放することができたんです」

「そんな……」


ミレイアの話を信じていいのか? あんなにメアリーと気が合うと言っていたではないか。

どうやって聞けばいいのだ……。

その時、扉を力強くノックする音が聞こえた。


「あ、ちょうどいいところに! レイナードおにいさまにも紹介しますわね」

さっと席を立ち、正面に座りなおしながら「どうぞ」と、扉に向かって声をかけた。


「失礼いたします」

扉を開けて入ってきたのは、真っ黒な髪を一つに結い上げ、この国にしては大柄で気難しそうな顔をした女だった。


「レイナード様紹介しますわ、こちらはハンナ。お母様の侍女を15年以上勤めているとても信用できる人よ。このハンナを、メアリーの代わりにお姉さま付きの侍女に推薦しようと思ってるの」


ハンナと呼ばれた大柄な女は、無言のまま動かない、何だこの威圧感は。

それにしてもミレイアは、なんて優しい子なんだ……。



*  *  *



「痛たた」

ベッドにもたれかかり、膝をついたまま眠っていたようだ。


一週間ぶりに夢を見た。


夢を見た後は心がモヤモヤする。

俺はミレイアの話を信じようとしていた、優しい子だとも思い始めてた。

くっそ、また肩におっぱ……くっそ、馬鹿レイナード!夢の自分が本当嫌いだ!

メアリーは辞めてしまうのか辞めさせられるのか。

とりあえず内容を忘れないうちに書き留めておこう。


黒髪の大柄な女、たしかどこかで聞いたような……あ!


慌ててベイツの報告書を取り出し読み返す。

カーティスの店の裏口に現れ、金を渡して消えた女、きっとこの女だ!

これをリリアナの侍女にだと、絶対にダメだ、こうしてはいられない。


侍従室に行き、明日の仕事の時間変更をクロードに伝える。

「突然どうなされたんですか?」

「フォルティス家に至急の用事ができた、手が空いたら連絡を頼む、あとこれに目を通すように」

そう言って日記の内容を記した手帳をクロードに渡した。


「あと、全ての準備が終わったら、ステラと一緒に部屋に来てくれないか」

「かしこまりました」


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