13. 答え合わせ


■ 翌日


自分が生まれ変わっているかもしれない、そして夢の内容が、過去の自分の過ちかもしれない、そう気づいてから初のフォルティス家訪問になる。

緊張しているせいか、背中がむずむずする。


しかし、突然行くと決めたけど、メアリーは仕事を辞める事になっているのだろうか?

それとも、俺が行くことによって何かが起こるのか? 

んー、でも気づいてない時でも何とかなっていたもんな、それに行ってみないことには何も始まらない、うん。


あれこれと考えを巡らせているうちに、フォルティス家の門が見えてきた。

深呼吸して気持ちを落ち着ける。

よく考えろレイナード、二度目なのは自分だけだ、これがどれだけ有利なことか、大丈夫だ、よし行こう。


「ローデリック公爵閣下、ようこそいらっしゃいました」

フォルティス家の執事ブラッツが門の前に立ち、馬車を迎え入れた。


「やあブラッツ、外にいるなんて珍しいな、誰か辞めるのかい?」

「おお公爵閣下、その通りでございます! 侍女の一人が急に故郷へ戻ることになりまして、馬車を用意しておりました」


あ、自分から言ってしまった、落ち着け俺。まあ気づいていない、大丈夫だ。


「そ、そうか、それは大変だな」

「馬車は裏口から出ますので、お気になさいませんよう。あわただしくて申し訳ございません」

ブラッツは恰幅のいい体を揺らしながら屋敷の扉を開け、深々と頭を下げた。


「ありがとう、馬車の中のものは後で客間へ、この花束は自分で持っていくよ」

「かしこまりました」


屋敷に入り、侍女に案内されながら客間に向かうと、悲しそうな顔でリリアナが待っていた。

「やあ、リリアナ」

「レイナード、実はメアリーが急に仕事を辞めて故郷に戻ることになってしまって……」

「え、メアリーが!!」

おっと、声が大きすぎたかもしれない、やっぱり夢と同じように進んでいる、間違いない。

心臓の拍動を自分で感じる。


「そうなの……お見送りをしたいので、少しお待ちいただけるかしら」

「いや、私も一緒に見送ろう」

「え、レイも?」

「ああ、何度か会っているがとても良い子だった、そして君が心を開いていたのを知っている、見送らせてくれ」

「ありがとう」

リリアナの唇が少し震えている、きっと泣くのを我慢しているのだろう。なんて愛おしいんだ。


「そうだ、これ、君のために持ってきた花束だけど、メアリーにあげていいかな?」

持ってきた紅色のダリアの花束を、リリアナに渡す。

「まあなんて綺麗なダリア。ナール国といえばダリアですもの、きっとメアリーも喜びます」

「よし、では行こう」


客間を出て、裏口へ続く廊下に向かおうとした時、裏庭の木々の間からこちらを見つめるミレイアの姿があった。

リリアナは気づいていない。

同じようにそのまま気づかないふりをしてリリアナの肩を抱き、裏口への道を急いだ。



リリアナとメアリーは抱き合って泣いていた。

メアリーに至っては、子供のように泣きじゃくっている。


メアリーの父親が急な事故にあい、容態が思わしくないと連絡があったそうだ。

父の事はもちろんだが、この屋敷を去ることが悲しい、リリアナ様のことが心配だとメアリーは言う。

そして、結婚式には出られないかもしれない、でも必ずリリアナ様の元に戻ってきたいと涙をこぼし、私もあなたが必要よと、リリアナも涙をあふれさせていた。

馬車が出発したあとは、こちらから馬車が見えなくなるまでメアリーは手を振り続け、リリアナもそれに応えた。


「寂しくなります……」

馬車を見送った後、裏庭から屋敷に戻る廊下でリリアナが呟いた。

泣きはらした目、沈んだ表情、小さな肩を抱き寄せようとしたとき、正面に人の気配がした。


「あら、お姉さま、どうなさったの」

廊下の角から顔を出し、突然声をかけてきたのはミレイアだった。


「メアリーを見送りに……」

「ああ! 急に田舎に戻ると聞きましたわ、大変ですわね」

ミレイアはそう言いながら、目線をこちらに向け「レイナードおにいさま、挨拶が遅れて申し訳ございません」と、お辞儀をした。


会釈を返すが、背中に変な汗をかくのを感じる。

夢の中のミレイアの行動、言いぐさ、思い返すと全てが気に入らない。

ここにいるレイナードは夢の馬鹿レイナードとは違う、簡単に騙されないからな!


それ以上誰も話し出さないため、少しの間沈黙が続いた後、ミレイアが口を開いた。

「そうそう、お姉さまに話があるのです、少しお時間をいただいてもよろしいかしら」

「あら、今じゃないと駄目かしら? レイナード様はこちらにいらしたばかりなの」

答えるリリアナに、ミレイアは後ろをちらりと確認した。

どう見ても憔悴している姉に、よくもまあ時間をくれなどと言えたものだ。

この強引さ、妹だからというわけではなく性格の問題だろう、自分のことが一番なのだ。

ミレイアの目線の先を見ると、うっすらと人影が見える。

きっとあの黒髪の侍女が待機しているのだろう。


「リリアナ、私は構わないよ、ここからだと客間が近いからそこで話せばいい。ミレイア、私も一緒にいて大丈夫かな?」

「もちろんですわ、おにいさま」

ミレイアは満面の笑顔を見せ、くるりとドレスの裾を翻し、俺とリリアナの後ろについた。


おかしな空気のまま三人で廊下を進んでいくと、客間の扉が見えてきた、横に執事のブラッツが立っている。


「ローデリック公爵閣下、さきほどお言いつけを受けた……」

「ああ、あのものはもう中かい?」

「あ……はい、すべて運んでございます」

「手間をかけたね、ありがとう」

「では、あとでお茶をお持ちいたします、失礼いたします」

ブラッツはお辞儀をして、大きな体を揺らしながら厨房の方向へ歩いて行った。


そのまま客間の扉の前に立ち、スゥっと息を吸ってから扉をノックした。

リリアナとミレイアが、なぜノックをするのかと不思議そうな顔をしている。


「はい、お入りくださいませ」


扉の向こうから可愛い声がした。

扉を開けて中に入ると、ステラが小さな椅子から立ち上がり、深々と頭を下げていた。

リリアナとミレイアは驚いたような顔をして、部屋の外で立ち止まっている。


「さあ皆中へ入ってくれ、紹介するよ、彼女はステラ・リドリーだ」

名前を呼ばれ、ステラはもう一度深々とお辞儀をした、緊張で肩が上がっている。


「レイ、これはどういうこと?」

戸惑っているリリアナの後ろで、ミレイアも首をかしげている。


「急なことで驚かせてすまない、本日の訪問の目的は、リリアナが当家に来てくれる際に、世話係として仕えてくれる侍女を紹介する為だったんだ」

「まあ」

「本当は、メアリーも一緒に当家へ来てもらいたいと考えていたんだよ、だから今日は二人に挨拶をと連れてきたのだが、まさかメアリーが田舎に帰ってしまうとは……」


「まあそうだったの、急なことでお待たせした上に驚かせてしまってごめんなさいねステラ」

リリアナはステラに歩み寄り、優しく微笑みかけた。ステラは真っ赤になり、俯いてしまう。


後ろに残されたミレイアを見ると、何かを思案しているような暗い表情をしていた。

今のところ口を開く気配はなさそうだ。


「そうだリリアナ、ステラは先月クレヴァ礼節学校を卒業したばかりなんだよ」

「まあ、そうなの! メイヤー先生はお元気かしら」


リリアナの表情が少し明るくなった。

それに反応するかのようにステラも顔を上げ、リリアナの目をしっかりと見つめて話し始めた。

「はい! 私、メイヤー先生に二年間受け持っていただきました! フォルティス侯爵令嬢のお話もたくさん聞いております、研究など大変すばらしく皆の憧れです! お世話できることを大変光栄に思っております! 本当です!」


ステラは耳まで真っ赤にして一気に言った後、またぺこりと頭を下げた。

それを聞いていたリリアナも少し頬を染め、顔を下げたままのステラの手をとった。


「ありがとう恥ずかしいわ、顔を上げてちょうだいステラ。そして私もあなたに会えてとても嬉しい、これからよろしくね、あと私のことは名前で呼んでね」

ステラは慌てて顔をあげ、さらに顔を真っ赤にして「はい、リリアナお嬢様」と答えた。


うんうんいいじゃないか、思ってたよりいい感じになってる、ステラを連れてきたのは大正解だ。

ミレイア確認すると、入った時から一切動かないまま、眉を顰めてじっと二人を見つめていた。

もう怖いなー、なんだよその表情。誰も見てないと思ってるのか、顔に出しすぎだろ。

あの黒髪の侍女を連れてくるタイミングを見計らっているのだろうか。


あ! 良い考えを思いついた、いや、でもこれは上手くいくのか?

ステラにも申し訳ないし、あとでクロードにも怒られそうだ……。

ええい、ままよ!


「いやー二人が気が合うようでよかったよ……そうだ! リリアナは突然メアリーがいなくなってしまって大変だろう、ステラも侍女になったばかりで至らないところもあるかもしれないが、このままこちらで面倒をみてもらうというのはどうだろうか? 結婚式が終わったら一緒に屋敷に戻ってくればいいのではないかな」

「まあレイ! でも、そんなこと急に言われても、ステラが困ってしまうんじゃないかしら」


リリアナの言葉にかぶせるように、ステラは大きく首を横に振った。

「わたくしは嬉しいです! 精一杯頑張りますのでよろしくお願いします、フォル……リリアナお嬢様! 」

「まあステラ、ありがとう! 私も本当に嬉しいわ」


おおー上手くいったぞ、よかったー!

後のことは色々大変だがクロードに任せるとしよう……やっぱ怒られちゃうな。

さてミレイア、もうあの侍女の話は流石に言い出せないだろう、いったいどうする気だ。


「あの……」

今まで一言も発さなかったミレイアが、やっと口を開いた。

「あ、ごめんなさいミレイア、お話があったのよね」

「いえ、今でなくてもいい話でした、また今度にしますわお姉さま、私部屋に戻りますね」


ミレイアは少し伏し目がちのまま、にっこりと微笑むというより、口角を上げた。

そのままこちらに向き直り

「レイナードおにいさまも、ごゆっくりなさってくださいね」と、可愛くお辞儀をして部屋を出て行ってしまった。


やった! やったぞ! 思わず叫びだしたいのを我慢して、こぶしをギュッと握り締める。

とりあえず一安心だ、達成感半端ないな、よかったリリアナ、ありがとうステラ。

メアリーの父親の件も少し引っかかるので、後で調べたほうがいいだろう。

さて問題は、これから帰宅してクロードになんて言うかだな。


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