11. 決意


着替えを済ませると、クロードが温かいお茶を淹れてくれていた。

今日見た夢の内容を、あらためてクロードに話す。


「で、馬に踏まれながら後悔してたのか」

「そんな言い方ないだろ、俺死んでんだぞ」

「いや、自業自得感あるよ、リリアナ嬢の話聞いてなかったようだし、なぜかミレイア嬢に絆されてるし、馬に踏まれてやっと気づくって」

「言わないでくれ、決定的になった事が何かはわからないが、酷い後悔だけが残ってる。本当に胸が張り裂けそうだ、また死んじゃうよ俺」


思わず机に突っ伏すと、正面に座るクロードが小さな溜息をついた。


「とりあえずだ、同じ過ちを繰り返さないように、これから見た夢は毎回細かく書き留めること。それによって起こることをすり合わせれば生まれ変わっているということにも真実味が出るだろ」

「わかってる、絶対に婚約破棄なんかしない! 俺がどんなにリリアナのことを愛してるか目にもの見せてやる!」

「誰にだよ」

クロードが小声で突っ込むが気にしない。


そうだ、愛しいリリアナを悪女に仕立て上げるなんて、絶対に許さない。

まんまと嵌められた過去の俺、馬鹿レイナードめ、そんな自分も許せない。

しかしミレイアは、いったい何の理由があって姉であるリリアナを貶めようとしたのか。

それはこれから見る夢で少しは分かってくるのだろうか。


「決意はいいんだが、午後から隣町に行く仕事があるのを忘れないでくれよ、ローデリック公爵」

「ああ、そうだったな、思わずもう一度寝ようかと考えてた」

「駄目だぞ、こっちも準備があるんだ、後で呼びに来るからな」

そう言ってクロードは席を立ち、胸ポケットから取り出した眼鏡をかけながら部屋を出て行った。


静かになった部屋で、左耳の後ろを触ってみるが、特に変わった感覚はない。

これが本当に神がくれたやり直しのチャンスなら、もう簡単に騙されない。

だってリリアナのことはずっと信じているし、ミレイアのことは完全に要注意人物だと把握した。


よし、今日からいつも以上に寝る時間を増やすぞ。



■ 一週間後



おかしい、どうしたことだ、まったく夢を見ない。

毎朝スッキリしすぎなくらい快眠だ。

おかげで仕事は順調なのでいいのだが、生まれ変わったと思った自体、間違いだったのかと不安になりはじめていた。


ベッドから起き上がり、手鏡を持ち、姿見の前で耳の後ろを確認する。

「うん、消えてない」

焦っても仕方がないのか? その時が近づいてきたら見るんだろうか。

これは睡眠時間を増やしても、あまり意味がないのかもしれないな。


「レイナード様、おはようございます」


扉をノックする音とともに、聞きなれない若い女性の声がした。ん、誰だ?


「失礼いたします、レイナード様、お目覚めになりましたか?」

続けてクロードの声が聞こえ、入口の扉が開いた。

そこには侍女の制服を着た小柄な女の子が立っており、クロードと一緒に部屋へ入ってきた。


「おはよう、その子は誰だい?」


声をかけられた女の子は、姿勢をピッと正して深々と頭を下げる。


「本日よりローデリック家でお世話になります、ステラ・リドリーです。どうぞよろしくお願いいたします」

こげ茶の髪を肩まで切りそろえ、まだ初々しさがあふれている。

あれ、リドリーって確か。


「ステラかよろしく頼むよ、ところで君はベイツ・リドリーと親戚だったりするのかい?」

「はい、ベイツはわたくしの兄でございます」

キラキラした瞳をまっすぐにこちらに向け、ステラは笑顔で答えた。


「あぁ兄だったか、先日は大変世話になったんだ、またいつでも遊びに来るよう伝えてくれ」

「ありがとうございます!」


そう返事をしたステラの顔はどことなくベイツと似ていた、二人とも眩しいくらいの好青年だ。

横にいるクロードは、兄のような表情でステラを見つめている。


「ステラ、もしこの屋敷でわからないことがあったら、侍女のマリスに……」

「教育係をマリスに任せております」クロードが横から口をはさんだ。


「うん、マリスなら安心だ。後は、困ったことがあれば執事長に言えばいい」

「はい、かしこまりました」

ステラはクロードをちらりと確認して、深々と頭を下げた。


クロードは頭を下げるステラを見ながら、軽く咳ばらいをして話し始めた。

「このステラは、レイナード様の婚約者であるリリアナ様も通われたクレヴァ礼節学校を先月卒業したばかりでございます。また、兄と同じく剣の腕も優秀です、きっとこの屋敷でも良い働きをするでしょう」

「そうか、それは楽しみだ。くれぐれも無理はしないようにね」

「はい!」

溌剌とした声で返事をした後、ステラはまた深くお辞儀をした。


「では、私たちはこれで失礼いたします。何か御用はございますか?」

「いや、大丈夫だ」


俺の言葉にクロードは小さく頷き、二人とも部屋を出て行った。

うん、いい子が来てくれたようだ、当家は本当に人に恵まれている。


さてと、と、立ち上がった瞬間、気を失うかと思うほどの眠気が襲ってきた。

頭の中がぐらぐら揺れる。

このままじゃ危ない、倒れてしまう、ベッドに行かな……。

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